深き闇を睨む者
「参ったものだ」
アルアは部屋の外で、頭を抱えていた。それはどこか嬉しそうな顔であり、とても悩ましげにしているようにも見える。
「全部お前のせいだぞ、ベネイス」
腕を組み、大きなため息を吐き出して文句を言い放つ。ベネイスはそんな親の顔をするアルアを見て、楽しそうに微笑んでいた。
「私はとても嬉しいですよ」
「お前にとっては都合がいいからな」
「ええ。ロキもどことなく角が取れていますし、いい方向に行っています」
「私にとってはよろしくない」
アルアがウンザリと言葉を吐き出し、天井を見上げる。だが、その目は懐かしむように優しいものとなっていた。
「あれから十年ほどか」
それは、とても冷めた口調だった。
十数年前、アルアは忘れられない出来事が立て続けに起きた。その一つが、ガルディラ戦争だ。
「まさか私が開発したマギカドールで、戦争をしようとは思っていなかったな」
浮かんでくるのは、胸を貫かれて魔石となっていく人々の姿。死してなおも戦わされる無残な光景。どうして、なんで、誰がこんなものを、と叫ぶ地獄のような惨状。
どれもこれも、アルアが望んだ未来ではなかった。
「恨まれても仕方がない。確かにそうかもしれませんね」
アルアの気持ちを汲み取ったベネイスは、敢えて言葉にした。するとアルアは、自嘲するように頬を綻ばす。
「今さら、私を許そうとする者はいないさ」
「それでも償うのでしょう?」
「ああ、そうだ。だが、時折思うよ。私は一体誰に許してもらいたいのだろうってね」
ベネイスはその言葉を聞き、黙り込んだ。一瞬だけ口を開こうともした。
だが、それを告げることはない。静かに、ただ静かにアルアを見つめていた。
「まあ、研究が完成したら盛大に発表してやるさ」
強がりといえる言葉。浮かぶ笑顔は、とても憎たらしい。
アルアはベネイスにニッと笑いかける。するとベネイスは、どこか呆れたような顔をして、笑い返していた。
「騎士団長」
そんなやり取りをしていると、一人の騎士がやってきた。ベネイスが振り向くと、その騎士は手を添えて耳打ちをし始める。
「そうか、わかった」
ベネイスの顔が曇った。アルアはそんな珍しい表情に、目が若干鋭くなる。
「引き続き頼む」
騎士は返事をして、去っていく。その背中を見つめるベネイスは、少し真剣な顔つきとなっていた。
「嫌な情報か?」
「そんなところです」
「その内容、当ててやろうか?」
「結構ですよ」
ベネイスが遠慮気味に言葉を言い放つ。だがアルアは、容赦することはない。
「反マギカドール協会の死亡者数が、合っていないんだろ?」
ベネイスの顔が、思わず引きつった。
アルアはその顔を見て、少しだけ勝ち誇ったかのように笑う。
「当たりだな」
「ええ、その通りですよ」
「まあ、あんな目に合えば勘のいい奴は行き着くさ」
ロキがバケモノに襲われていたのと同時刻。アルアもまた同等のバケモノと呼べるマギカドールに襲われていた。それはロキと似たものであり、コアとなる魔石も三つ使われている代物だ。
「隊長がいたから時間稼ぎができたが、あれはただの騎士ではどうにもできなかったな」
「それはどうも」
「それで、いくつ足りなかったんだ?」
「一つです。調査によれば、一人が生死不明なんですよ」
「名前は?」
ベネイスは首を振った。それを見たアルアは、残念そうに息を吐き出す。
「まあ、それ以上は私が専門外か」
「そういうことです。ただ、一つ意見を伺いたいのですが、いいですか?」
アルアは訝しげに見つめた。しかし、ベネイスは気にすることなく質問をする。
それはアルアにとって、当たり前のことだった。
「もしもです。相当前の魔石をコアにして、マギカドールに装着した場合、どうなりますか?」
「障害が起きる。それも一つや二つじゃない障害がな。下手をすれば、起動しないだろうな」
その答えを聞いたベネイスは、また顔を曇らせた。
だが、アルアの答えを聞いて、どこか納得したようにも見えた。
「わかりました。ありがとうございます」
ベネイスはそう言い残し、通路の奥へと進もうとした。だが、三歩踏み出した瞬間に、足を唐突に止める。
「ああ、忘れていました。国王様からの伝言です。『来るなら早めに頼む』だそうですよ」
ベネイスは振り返ることなく、進んでいく。そんな大きな背中を見て、アルアは面倒臭そうに微笑んだ。
「じゃあ、言われた通りにするよ」
あの時と変わらない騎士。変わることない英雄。
馬車に轢かれそうだった娘を助けた男の背中は、いつの間にか消えていた。
「…………」
だが、気になることがある。それはおそらくベネイスの追い求めているものかもしれない。
そう思いながら、アルアは部屋の前から離れた。




