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それでも我輩は君に笑いかけよう  作者: 小日向 ななつ
第3章 憧れは未来を作り出す
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深き闇を睨む者

「参ったものだ」


 アルアは部屋の外で、頭を抱えていた。それはどこか嬉しそうな顔であり、とても悩ましげにしているようにも見える。


「全部お前のせいだぞ、ベネイス」


 腕を組み、大きなため息を吐き出して文句を言い放つ。ベネイスはそんな親の顔をするアルアを見て、楽しそうに微笑んでいた。


「私はとても嬉しいですよ」

「お前にとっては都合がいいからな」

「ええ。ロキもどことなく角が取れていますし、いい方向に行っています」

「私にとってはよろしくない」


 アルアがウンザリと言葉を吐き出し、天井を見上げる。だが、その目は懐かしむように優しいものとなっていた。


「あれから十年ほどか」


 それは、とても冷めた口調だった。

 十数年前、アルアは忘れられない出来事が立て続けに起きた。その一つが、ガルディラ戦争だ。


「まさか私が開発したマギカドールで、戦争をしようとは思っていなかったな」


 浮かんでくるのは、胸を貫かれて魔石となっていく人々の姿。死してなおも戦わされる無残な光景。どうして、なんで、誰がこんなものを、と叫ぶ地獄のような惨状。

 どれもこれも、アルアが望んだ未来ではなかった。


「恨まれても仕方がない。確かにそうかもしれませんね」


 アルアの気持ちを汲み取ったベネイスは、敢えて言葉にした。するとアルアは、自嘲するように頬を綻ばす。


「今さら、私を許そうとする者はいないさ」

「それでも償うのでしょう?」

「ああ、そうだ。だが、時折思うよ。私は一体誰に許してもらいたいのだろうってね」


 ベネイスはその言葉を聞き、黙り込んだ。一瞬だけ口を開こうともした。

 だが、それを告げることはない。静かに、ただ静かにアルアを見つめていた。


「まあ、研究が完成したら盛大に発表してやるさ」


 強がりといえる言葉。浮かぶ笑顔は、とても憎たらしい。

 アルアはベネイスにニッと笑いかける。するとベネイスは、どこか呆れたような顔をして、笑い返していた。


「騎士団長」


 そんなやり取りをしていると、一人の騎士がやってきた。ベネイスが振り向くと、その騎士は手を添えて耳打ちをし始める。


「そうか、わかった」


 ベネイスの顔が曇った。アルアはそんな珍しい表情に、目が若干鋭くなる。


「引き続き頼む」


 騎士は返事をして、去っていく。その背中を見つめるベネイスは、少し真剣な顔つきとなっていた。


「嫌な情報か?」

「そんなところです」

「その内容、当ててやろうか?」

「結構ですよ」


 ベネイスが遠慮気味に言葉を言い放つ。だがアルアは、容赦することはない。


「反マギカドール協会の死亡者数が、合っていないんだろ?」


 ベネイスの顔が、思わず引きつった。

 アルアはその顔を見て、少しだけ勝ち誇ったかのように笑う。


「当たりだな」

「ええ、その通りですよ」

「まあ、あんな目に合えば勘のいい奴は行き着くさ」


 ロキがバケモノに襲われていたのと同時刻。アルアもまた同等のバケモノと呼べるマギカドールに襲われていた。それはロキと似たものであり、コアとなる魔石も三つ使われている代物だ。


「隊長がいたから時間稼ぎができたが、あれはただの騎士ではどうにもできなかったな」

「それはどうも」

「それで、いくつ足りなかったんだ?」

「一つです。調査によれば、一人が生死不明なんですよ」

「名前は?」


 ベネイスは首を振った。それを見たアルアは、残念そうに息を吐き出す。


「まあ、それ以上は私が専門外か」

「そういうことです。ただ、一つ意見を伺いたいのですが、いいですか?」


 アルアは訝しげに見つめた。しかし、ベネイスは気にすることなく質問をする。

 それはアルアにとって、当たり前のことだった。


「もしもです。相当前の魔石をコアにして、マギカドールに装着した場合、どうなりますか?」

「障害が起きる。それも一つや二つじゃない障害がな。下手をすれば、起動しないだろうな」


 その答えを聞いたベネイスは、また顔を曇らせた。

 だが、アルアの答えを聞いて、どこか納得したようにも見えた。


「わかりました。ありがとうございます」


 ベネイスはそう言い残し、通路の奥へと進もうとした。だが、三歩踏み出した瞬間に、足を唐突に止める。


「ああ、忘れていました。国王様からの伝言です。『来るなら早めに頼む』だそうですよ」


 ベネイスは振り返ることなく、進んでいく。そんな大きな背中を見て、アルアは面倒臭そうに微笑んだ。


「じゃあ、言われた通りにするよ」


 あの時と変わらない騎士。変わることない英雄。

 馬車に轢かれそうだった娘を助けた男の背中は、いつの間にか消えていた。


「…………」


 だが、気になることがある。それはおそらくベネイスの追い求めているものかもしれない。

 そう思いながら、アルアは部屋の前から離れた。


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