君が求める強さとは
「ロォーキー!」
ベネイスの後押しもあり、仕方なくアルアとリディアに顔を見せることにしたロキ。すると姿を見せた瞬間に、抱き上げられてしまった。
ロキは鬱陶しそうに顔を歪めさせながら、頬をスリスリとしてくるアルアに言葉をかける。
「離せ、暑苦しい!」
「離すものか! 私はこの心地よさをずっと待ち望んでいたんだぞ!」
「我輩は貴様の人形ではない!」
叫びながら肉球でパンチをするロキ。そんなものを頬に受けたアルアは、若干目をうるませながらも幸せそうに微笑んでいた。
「ロキ」
アルアと仲良くケンカしていると、リディアが声をかけてきた。
その評定はいつもと変わりない。だが、どこか安心したかのように、そんな柔らかい笑顔を浮かべでいた。
「ケガはないか?」
「うん」
「そうか」
ロキは胸を撫で下ろした。そんなロキを見たアルアは、静かに微笑んでいた。
「ロキ、これ」
リディアは思い出したかのように、赤い魔石を懐から取り出した。それを見たロキは、首からなくなっていることに気づく。
「ヒモ、ボロボロだったから」
そう言ってリディアは、ロキの首にかけようとした。
だが、ロキは首を横に振る。
「貴様が持っていろ」
「大切なものなんでしょ?」
「だからこそ、貴様に預ける」
ロキはあの戦いで感じていた。
この身体では、何もかもが守れないと。たまたま〈アカシック・アンサー〉が発動したからこそ、どうにかなった。しかし、そんな幸運は何度も続かない。
「でも……」
「必要となれば返してもらう。その時まで、貴様に預けるだけだ」
冷たい、だがどこか温かい言葉。それを感じ取ったリディアは、静かに笑って頷いた。
「話がまとまったな」
「ああ。アルア、一つ貴様に聞きたいことがある」
「なんだ?」
「なぜ、この身体には痛覚がある? 不便だ」
「神経回路がないと不便なんだ。それに、痛覚はとても大切だぞ?」
「自己治癒能力がない身体に、不必要だと思うが……」
「だからこそ、必要だ。特にお前みたいな奴にはな」
ロキはどこか納得できないのか、顔をしかめさせていた。だが、アルアは気にしない。それどころか「そのうちわかるさ」と囁く。
ロキはひとまず感じた疑問を置くことにする。そして、アルアの腕から抜け出した。
「まあいい。ひとまず我輩を直してくれたことに感謝しよう」
「ああ、感謝しろ。そして崇め讃えよ」
「先ほどの言葉は撤回しよう。アルア、いつか貴様を泣かしてやる」
ロキは自分なりの感謝を口にして去ろうとした。だが、背中を見せた瞬間に「待って」と呼び止められてしまう。
目を向けると、とても真剣な目をしたリディアの姿がそこにあった。
「どうした? 小説はまだ読み終わってないだろ?」
「違う。それじゃない」
「魔石か? それは先ほども言ったが――」
「それでもない!」
ロキはその力強い叫びに、思わず怯んでしまった。
リディアはとても力強い目をして、ロキを見つめている。どうしてそんな目をしているのかわからず、ロキはつい見つめ返してしまった。
「魔法」
「魔法?」
「魔法、教えて」
その言葉は、とても意外だった。だが、アルアは何かを察したようにため息を吐く。どこか疲れたようなウンザリとした表情は、とても新鮮だった。
「まあ、いいだろう」
アルアはゆっくりと歩き、ロキの隣を通り過ぎていく。そして、扉の前に立つと「後は任せた」と言い、しっかりと閉めて出ていった。
ロキはよくわからないまま、アルアの背中を追うように扉を見つめていた。
「ロキ」
声をかけられて振り返る。すると、頭がぶつかりそうになるほどの近さに、リディアの顔があった。
「魔法、教えて」
「い、いいが、どうして急に……」
リディアは少しだけ元気なくうつむいた。
ロキはそんなリディアを静かに見上げる。するとリディアは、少し恥ずかしそうにしながら口を開いた。
「私、上手く魔法が使えない。ちゃんと詠唱しても、上手に発動しないの」
ロキは先ほどの戦いを思い出す。
バケモノと呼べるマギカドール。それに捕まった時、リディアが魔法を発動させていた。しかし、本来の効力とは違う効力が発揮していた。
「どうしてなのか、わからない。魔法書の通りにやってるのに……」
その力ない弱々しい顔に、ロキはどこかかわいらしさを感じた。
そして同時に、ロキはかつてぶち当たった壁と試練を思い出していた。
「教えて、ロキ! 私、魔法を使えるようになりたい!」
ロキは一度、教えてやろうかなと考える。だがすぐに、その思いを消した。
魔法が使えれば便利だ。だが、力を持った人間は相応の強さがないと驕ってしまう。
それにロキ自身、そんなものを教える資格はなかった。
「リディア、一つ聞かせろ。なぜ、我輩から魔法を教わりたい?」
単純な問いかけ。それにリディアは、頬を赤く染めていた。
照れくささそうに視線を外して、どこか口籠っている。しかし、数秒もすると吹っ切れたのか、しっかりとロキに目を向けた。
「私、騎士になりたい」
「……ハァ?」
「ヴェニタス騎士団に入りたい。騎士団長のように、強くて優しい騎士になりたい。だから、魔法が使えるようになりたいの!」
思いもしない言葉だった。だからロキは、大きな戸惑いを抱いてしまう。
一体どんなことがあって、どうして騎士になりたいのか。いろいろと問いかけたいロキだが、リディアの顔を見てやめた。
その決意に満ちた真剣な表情は、そんな問いかけを求めていない。
「それは、貴様の夢か?」
「うん」
「忠告をするが、地獄がマシだと思える世界だぞ?」
「覚悟はしてる」
ロキは諦めたかのようにため息をした。その覚悟は、どれほどのことを想定しているのか、聞きたくなってしまう。
だが、そんなものを聞いても仕方がない。だからこそ、口にしそうな愚問を飲み込み、リディアが求める答えを放った。
「わかった。教えてやろう」
たった二言。
その二言を聞いたリディアは、とても嬉しそうに目と口を大きく開いていた。
子供らしい反応を見たロキは、やれやれと頭を振る。しかし、その顔はどこか満更でもないものになっていた。




