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それでも我輩は君に笑いかけよう  作者: 小日向 ななつ
第3章 憧れは未来を作り出す
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扉の先にあるもの

 黒に染まった世界。そうとしか表現できない場所の中心に、ロキは立っていた。


『ここは――』


 何気なく世界を見回してみる。すると、真後ろに一つの扉が存在した。それは、世界とは対照的。純粋と言えるほど、何も混ざっていない真っ白な扉だった。


『これは、なんだ?』


 ロキはそれに触れようとした。だが、指先が触れた瞬間に突き刺さるような痛みが走ってしまう。顔を歪め、思わず手を引いて抑えるロキ。目を向けると、そこは白く染まっていた。


『へぇー、お客さんかぁー。こんな所に来るなんて、珍しいね』


 澄み切った声。自分と何かが重なり、くぐもっているそれは、異様な耳障りを感じさせた。

 ロキはゆっくりと振り返る。するとそこには、一つの白い人らしい何かがアグラを崩して座っていた。


『なんだ、お前?』

『それはこっちのセリフさ。ま、ここに来たってことは、どうせろくでもない奴だろうけどね』


 少し癇に障る言葉に、ロキは眉を潜めた。しかし、白い何かはそんな顔が面白いのか、喉の奥を震わせて笑っている。だからなのか、ますますロキは訝しげに睨んだ。


『せっかくだ。僕がどういう存在なのか教えてやろう』


 白い何かは、おもむろに立ち上がる。そして、ゆっくりとロキの目の前に移動し、右の手首を掴み上げた。

 途端にロキは、胸が苦しくなる。何が起きたのかわからないまま、めまいに襲われてしまった。

 意識が飛びかける中、白い何かは歯を剥き出しにして笑う。そして、憎たらしい笑顔を浮かべてその答えを口にした。


『僕の名はノワール。資質を持つ魔法使い、つまり気高き者の〈裏側〉となる存在さ』


 締め付けられるような痛みが、一層に強くなっていく。

 力が抜け、崩れ落ちるロキ。そんなロキを見たノワールは、少しつまらなさそうに見下していた。


『資質はある。だけど君は、まだ〈強さ〉が足りないようだ』


 ノワールは握る力を弱めた。すると、一気に痛みが和らぎ、呼吸が楽になる。

 ロキは懸命に息を整えていた。そして、落ち着いたと同時に顔を上げる。


『まあ、扉を開けたという事実は変わりないけどね』


 ノワールは楽しげに笑っていた。ロキはその笑顔に、思わず目を大きく見開いてしまう。

 なぜならそこにあったのは、かつて魔法に魅せられた幼いロキの顔だったからだ。


『強くなれ。気高く生きろ。さすれば扉の先へと導かん』


 その無邪気な笑顔は、とても忌々しいものだった。

 力いっぱい握られる手首。途端に鼓動が激しく唸る。

 何が何なのかわからないまま、ロキは一秒も立たないうちに意識を失った。



◆◆◆◆◆



 温かい日差し。あまりにも眩しいそれが、目に入ってくる。ゆっくりと起き上がると、懐かしい部屋が広がっていた。


「夢?」


 だが、それよりも気になることがあった。しかし、確かめようにも確かめようがない。

 ロキはひとまず、ベッド代わりになっていたカゴから抜け出した。そして、やっとのこと懐かしい空間へと意識を向ける。


「まだ、飾っているのか」


 味気ない白い壁。質素な木の扉に、石畳の床。

 かつて在籍していたヴェニタス騎士団寮は、あの時と変わりないものだった。

 しかし、あの時と違う箇所がある。それは、飾られている多くのペナントが変わっていること。

 変わりないといえば、ウロボロスを模ったベネイスのペナントと、赤いドラゴンを模ったニールのもの、そしてなぜか存在する銀翼のカラスを模ったロキのペナントだった。


「目が覚めましたか?」


 懐かしむように眺めていると、とても嫌な声がロキの耳に入ってきた。振り返るとそこには、ニッコリと笑っているベネイスの姿がある。

 ロキは思わず目を背け、舌打ちをしてしまう。そのあまりにも苛つく笑顔は、ロキにとってあまりいい思い出がない。


「なんで我輩のものを飾っている?」

「待っているからですよ」

「戻る気はない。あの時に言っただろ?」

「だからと言って、引き下がると思いますか?」


 強情に、張り合うロキとベネイス。互いにペナントを静かに見つめる。

 そんな張り詰めた空気の中、ベネイスが思いもしない問いかけで切り出した。


「扉を開きましたか?」


 ロキは思わずベネイスの顔に目を向けた。するとベネイスは、いつもとは違う真剣な顔つきでロキを見つめていた。


「そんなことを聞いてどうする?」

「開いたようですね。全く、どうしようもないバカです」

「おい、誰がそんなことを言った?」

「あなたは話をはぐらかせようとする時、決まって肯定になります」


 ロキは思わず言葉が詰まった。

 ベネイスはそんなロキを見て、何かを確信したかのようにしてため息を吐く。


「何年の付き合いだと思いますか? あなたの癖は、大体わかりますよ」

「何もかも見透かしているような、そんな態度が嫌いだ」

「私は何もかも隠そうとするあなたの態度が、嫌いです」


 ロキはその言葉に、思わず舌打ちした。

 そんなロキから視線を外し、ベネイスは背中を向ける。そして、少し嬉しげにしながら、言葉を口にした。


「少しは素直になりなさい。あなたは元々、根がいい子なんですからね」


 それに、とベネイスは何かを言いかけた。だが、それ以上のことを口にはしなかった。


「何でもありません。忘れてください」


 ロキは眉を潜める。だが、ベネイスは気にすることなく、部屋の出口である扉へと向かっていった。


「ああ、そうですね。隣に君のご主人達がいますよ。すごく心配していましたから、顔を見せてきなさい。そしてしっかりと、快復した姿を見せなさい」


 その言葉に、ロキは面倒臭そうに顔を歪めた。

 だが、ベネイスはそんなロキの顔を確認して、優しく微笑む。


「扉は開けておきますよ」


 ベネイスはそう言って、静かに去っていく。

 余計な気遣いをされたロキは、さらに面倒臭そうにしながらため息を吐いた。


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