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それでも我輩は君に笑いかけよう  作者: 小日向 ななつ
第2章 空を覆う厚い雲
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蠢く闇は雷鳴の如く

「ふざけるな、クソが」


 空を覆う雲が、唸り声を上げている。徐々に、大きくなっていく唸り声は、男の心を刺激していた。


「心を持つだと? そんなこと知るか」


 背中に回された手。拘束している縄を切るために、裾からナイフを出した。

 慎重に右手で受け止めた後、談笑している一団に気づかれないように縄を切っていく。


「殺してやる。あいつを、絶対に」


 眉間にしわを寄せながら、笑っているアルアを睨みつける。その喉元を噛み千切るためにも、懸命にナイフの刃を押し当てていた。

 だが、そんなことをしていると男に一つの影が差し込んでくる。顔を上げるとそこには、見知った存在が立っていた。


「お前か。ちょうどいい、この縄を――」

「残念ですよ、先輩」

「あぁ?」


「でも感謝をしています。あなた達のおかげで、材料は手に入りました。それに、最後の最後で面白いものを見つけられた」

「お前、何を言って……」


 それはとても怪しく、醜く微笑んでいた。

 男はその歪んだ笑顔を見て、思わず表情を強張らせてしまう。


「これはお礼です」


 それは、男の口を掴み、無理矢理塞いだ。懸命にもがき、暴れる男。しかし、それはただ楽しげに見下ろすだけだ。

 ゆっくりと腰から抜かれるナイフ。それを目にした男は、簡単に想像できる最後に震えていた。


「ああ、お礼ついでに。あなた達は、いいピエロでしたよ」


 音もなく、ナイフが胸に突きつけられる。滴る血と、力なく倒れる男。それは徐々に、淡い光の粉となって空間に溶けていく。


「さてと」


 光の中から現れた一つの黒い魔石。それを手に取ったそれは、静かに微笑んでいた。


「死んですぐに悪いのですが、働いてもらいますよ」


 怪しく微笑んでいる存在は、指を弾いた。ゆっくりと、地面から一つの棺桶がせり上がってくる。もう一度指を鳴らすと、フタが開かれた。

 中から現れたのは、腕が六本もあるマギカドールだった。


「まあ、あなたに与えるのは失敗作ですがね」


 それは静かに、黒い魔石を胸にはめた。すると、そのマギカドールの瞳が赤く輝き始める。徐々に、徐々にだが蠢き出す腕。それを見た存在は、少し楽しげに笑っていた。


「さすがにコアが三つもあれば動きますか」


 堪えられない笑み。その鋭くも狂った目は、幸せそうにしている一団へと向けられていた。


「行ってきなさい。私が欲しいものを、手に入れるために」


 言葉に従ってゆっくりと動いていくマギカドール。

 その歪な姿を見送った存在は、静かに姿を消した。



◆◆◆◆◆



「お待たせ」


 ロキは目を丸くしていた。

 絵本でしか見たことがないような青と白が混ざったドレス。それはどこか豪華さを感じるものの、施されているフリルとリボンが妙な子供っぽさを醸し出していた。

 履かれた赤いヒールも同様である。

 だが、それ以上に子供っぽさを感じたのがリディアの髪飾りだった。大きな一輪の花が左側頭部に添えられている。しかし、その花が問題だった。


「お嬢ちゃん。どうしてひまわりなんだい?」


 ロキと同様に感じた疑問を、ニールが質問した。

 それはどこかの絵本に出てきそうなデザインだった。とても砕けていて、そのせいでとんでもなく幼稚に見えてしまう。


「私が作った。ラッキーアイテムだから」

「そ、そうなんだ。おじさんてっきり、どこかで買ってきたかと思ったよ」

「これは世界に一つしかない。オンリーワンの代物なの」


 胸を張って自慢するリディア。そんな姿に、ロキはどこか呆れていた。

 しかし、親であるアルアは違った反応を見せる。懸命に噴き出しそうになるのを我慢しているのか、口を抑えて身体を小刻みに震わせていた。


「に、似合ってるよ、リディア。ホント、最高だ」

「ホント? さすがお母さん。頑張ったかいがあるよ」


 アルアの顔は、悪魔も神も呆れてしまいそうなほど、面白いものとなっていた。

 そんなひどく歪んで、今にも噴き出しそうになっているアルアを見たロキは、冷めた視線を送ってしまう。


「ハ、ハハハ。まあ、個性的でいいですね」


 さすがのニールも付き合いきれないのか、若干引き気味に笑っていた。

 大きなため息を吐きつつ、ロキはアルアの腕から抜け出す。もし予定通りならば、あと五分ほどで騎士団長はやってくる。


「にしても、ベネイスか」


 まだ幼かった自分のことを思い出すロキ。貧乏で、食っていくのも大変だったが、幸せだった。戦争なんてものは知らず、ただ楽しく穏やかな時間を過ごしていた。

 そんな時間の中に、一人の旅芸人がやってきたことを覚えている。一泊する代わりの代金として、ちょっとしたショーを見せてもらった。

 それはあまりにも綺麗で、面白くて、心が揺れ動くもの。ロキにとってそのショーが、魔法との出会いだった。

 そして、ベネイスとの出会いでもあった。


「あの時のあいつは、なぜか身分を隠してたな。一体どうしてだろうか」


 どうせろくなことじゃない。そう思いながらも、懐かしい光景が蘇る。

 忘れられない感動。忘れることができない輝き。だからこそ魔法を、自分も使いたいと思ったのだ。

 そんなロキを見守るベネイスは、どこか嬉しそうにしていた。だからなのか、あの時の優しい笑顔が忘れられない。


「まあ、今となっては昔か」


 遠くを見つめながら、ロキはため息を吐いた。

 もう戻ることがない時間。それにロキは、ただただウンザリした。


「顔を見せるぐらいはするか」


 少しだけ、会ってやろうという気持ちになる。

 もしかしたら懐かしい時間に戻れるかもしれない。そう思えたからだ。

 だが、そんなロキに一つの影が差し込んだ。ロキは何気なく振り返る。するとそこには、異様な姿をした何かが覗き込んでいた。


『タ、タタ、タスケ、テ――』

『イヤ、イヤ、イヤダ!』

『イタイ、イタイ、イタイ、イタイヨ!』


 重なる三つの声。ロキはそのバケモノに、思わず身体が固まってしまった。


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