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それでも我輩は君に笑いかけよう  作者: 小日向 ななつ
第2章 空を覆う厚い雲
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夢を抱く少女

「いやはや、面目ない」


 目覚めたニールはとても恥ずかしそうにしながら、頭を擦って笑っていた。その顔には先ほど見せた勇ましさはなく、ただただ気のいい中年と言い表せた。


「無事で何よりだ。どうなるかと思ったぞ?」

「こう見えても、頑丈さだけはありましてね。しかし、先ほどの魔法は一体……?」


 頭を傾けて考え始めるニール。それを見たロキは、リディアに目配せをした。

 気がついたリディアは、「おじさん」とニールに声をかける。するとニールは、大きな声を上げたのだった。


「もしかして、お嬢ちゃんの魔法だったのかい?」

「う、うん」

「そっか。じゃあ、俺の思い違いかな」


 ニールはどこか安心したかのように笑っていた。だがそれは、少し寂しそうなものだ。

 ロキは大きなあくびをした。しかし、ニールはそれに気づくことなく、懐から黄色い魔石を取り出していた。


「すいません、少し外してもいいですか?」

「ああ、大丈夫だ」


 少しだけ遠くへ行くニール。おそらく仲間に連絡するんだろう、とロキは考えながらアルアに顔を向けた。


「一つ聞いていいか?」

「なんだ?」

「我輩達を襲ってきたこいつらは、なんだ?」


 アルアは一度だけ躊躇った表情を浮かべる。だが、どこか観念したかのような顔をして、ロキに話した。


「反マギカドール協会。それが私達を襲ってきた奴らの名前だ」

「聞いたことはある。確か、マギカドールを徹底的に弾圧する組織だな」


 ロキは面倒くさそうな顔をして、少し昔のことを思い出していた。

 襲ってきた組織は、ガルディラ戦争後に作られたもの。二度とあの悲劇を生み出さないために結成された存在だ。

 だが、それは庶民にとっても危険な組織だった。


「ああ、そうだ。困ったことに、戦闘能力がないマギカドールすらも攻撃対象だ」

「マギカドール自体に恨みがあるからだろ? まあ、あの戦争を経験していれば無理ないが」


 ロキはかつて経験した戦争の光景を頭に浮かべた。

 空間を斬り裂く悲鳴。煤けた臭いが溢れる中、ガルディラ地方は真っ赤に染まっていた。

 襲い掛かってくる人の姿をしたバケモノは、感情なんてものを気にせず人々を殺して魔石に変えていく。

 母親もロキを守るために、マギカドールに立ち向かい、目の前で死んでいった。そして、その戦争によって、一緒に残された妹は死んだ。

 だが、そんな状況を作り出したのは帝国である。だからこそロキは、冷めたようにしながら言葉を口にした。


「恨むべきは帝国だ。貴様ではないだろう?」

「なぜ、そう言い切れる?」

「貴様の態度と言動だ」


 どんなことがあって、アルアがマギカドールを作ったのかは知らない。しかし、決して人の不幸を望んで作ったものではないだろうと、ロキは感じていた。

 もしそうであるならば、アルアを恨む男にマギカドールを与えようとはしない。リディアもあのような言葉を口にすることはない。


「幸せを願って作ったのだろ? なら、胸を張って誇れ」


 ロキはただ感じたことを口にする。するとアルアは、そんなロキを抱き上げた。


「生意気を言うな。このニャンコが」


 その顔は、いつもの憎たらしい笑顔に戻っていた。ロキはそんなアルアを見て、鬱陶しそうに息を吐き出す。

 何気なく空に目を移すロキ。すると若干曇ってきたのか、太陽が隠れ始めていた。


「お待たせしました」


 空が少し唸り声を上げ始めた瞬間、ニールが戻ってきた。

 アルアと共にロキは何気なく顔を向けると、ニールはどこか疲れた表情を浮かべていた。


「どうした、隊長?」

「いやー、まあ、こってりとお叱りを受けましてね」


 ニールがとてもバツ悪そうに言葉を濁している。ロキはそれを見て、とても嫌な予感がした。


「君の上司にか?」

「ええ。まあ、あと三十分でこちらに着くそうなのですが……」

「誰が来るんだ?」

「騎士団長です」


 予感は確信に変わる。

 背筋に走る悪寒。汗などかくはずがない身体が、異様にぐっしょりと濡れていく。


「お、おい、どうしたんだ?」


 ロキは暴れた。アルアの腕から抜け出し、この場から逃げるために暴れた。

 だが、思うように動けない。それどころか、アルアは暴れるロキを必死に抑えつけてくる。


「騎士団長が来るの!?」


 恐怖に支配されるロキ。しかし、リディアは全く違う反応を示した。

 その目は星のように煌めき、その顔は見たことがないほどの輝きを放っている。それはまるで、夢でも叶えたかのような嬉しそうな笑顔だった。


「ホント? ホントなんだよね!?」

「あ、ああ。そうだけど」


 リディアは静かに立ち尽くす。だが、数秒もするとクルリとアルアへ振り返った。


「お母さん、私のカバンどこ?」

「教えてやらない」

「お母さん!」


 その豹変ぶりに、ロキは目を丸くしていた。子供らしく大はしゃぎをするリディア。頬を大きく膨らませ、懸命にアルアへ抗議するその姿は、とても新鮮だ。


「このままじゃ来ちゃう!」

「そうか。ならそのままの姿を見せてやれ」

「ヤダ! おめかしするの!」


 ロキは言葉を失っていた。

 一体何がリディアをそこまで動かすのか。考えてみるが、全くわからなかった。


「もういい。自分で探す!」


 怒ったリディアは、馬車へと向かっていく。一生懸命に荷物を漁り、叫ぶ姿はなんだか可愛らしかった。


「あの、娘さんは一体……」

「ベネイスの大ファン。ただそれだけさ」


 ロキはキョトンとしていた。

 ニールもまた、呆然としながらリディアに目を向けるのだった。


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