夢を抱く少女
「いやはや、面目ない」
目覚めたニールはとても恥ずかしそうにしながら、頭を擦って笑っていた。その顔には先ほど見せた勇ましさはなく、ただただ気のいい中年と言い表せた。
「無事で何よりだ。どうなるかと思ったぞ?」
「こう見えても、頑丈さだけはありましてね。しかし、先ほどの魔法は一体……?」
頭を傾けて考え始めるニール。それを見たロキは、リディアに目配せをした。
気がついたリディアは、「おじさん」とニールに声をかける。するとニールは、大きな声を上げたのだった。
「もしかして、お嬢ちゃんの魔法だったのかい?」
「う、うん」
「そっか。じゃあ、俺の思い違いかな」
ニールはどこか安心したかのように笑っていた。だがそれは、少し寂しそうなものだ。
ロキは大きなあくびをした。しかし、ニールはそれに気づくことなく、懐から黄色い魔石を取り出していた。
「すいません、少し外してもいいですか?」
「ああ、大丈夫だ」
少しだけ遠くへ行くニール。おそらく仲間に連絡するんだろう、とロキは考えながらアルアに顔を向けた。
「一つ聞いていいか?」
「なんだ?」
「我輩達を襲ってきたこいつらは、なんだ?」
アルアは一度だけ躊躇った表情を浮かべる。だが、どこか観念したかのような顔をして、ロキに話した。
「反マギカドール協会。それが私達を襲ってきた奴らの名前だ」
「聞いたことはある。確か、マギカドールを徹底的に弾圧する組織だな」
ロキは面倒くさそうな顔をして、少し昔のことを思い出していた。
襲ってきた組織は、ガルディラ戦争後に作られたもの。二度とあの悲劇を生み出さないために結成された存在だ。
だが、それは庶民にとっても危険な組織だった。
「ああ、そうだ。困ったことに、戦闘能力がないマギカドールすらも攻撃対象だ」
「マギカドール自体に恨みがあるからだろ? まあ、あの戦争を経験していれば無理ないが」
ロキはかつて経験した戦争の光景を頭に浮かべた。
空間を斬り裂く悲鳴。煤けた臭いが溢れる中、ガルディラ地方は真っ赤に染まっていた。
襲い掛かってくる人の姿をしたバケモノは、感情なんてものを気にせず人々を殺して魔石に変えていく。
母親もロキを守るために、マギカドールに立ち向かい、目の前で死んでいった。そして、その戦争によって、一緒に残された妹は死んだ。
だが、そんな状況を作り出したのは帝国である。だからこそロキは、冷めたようにしながら言葉を口にした。
「恨むべきは帝国だ。貴様ではないだろう?」
「なぜ、そう言い切れる?」
「貴様の態度と言動だ」
どんなことがあって、アルアがマギカドールを作ったのかは知らない。しかし、決して人の不幸を望んで作ったものではないだろうと、ロキは感じていた。
もしそうであるならば、アルアを恨む男にマギカドールを与えようとはしない。リディアもあのような言葉を口にすることはない。
「幸せを願って作ったのだろ? なら、胸を張って誇れ」
ロキはただ感じたことを口にする。するとアルアは、そんなロキを抱き上げた。
「生意気を言うな。このニャンコが」
その顔は、いつもの憎たらしい笑顔に戻っていた。ロキはそんなアルアを見て、鬱陶しそうに息を吐き出す。
何気なく空に目を移すロキ。すると若干曇ってきたのか、太陽が隠れ始めていた。
「お待たせしました」
空が少し唸り声を上げ始めた瞬間、ニールが戻ってきた。
アルアと共にロキは何気なく顔を向けると、ニールはどこか疲れた表情を浮かべていた。
「どうした、隊長?」
「いやー、まあ、こってりとお叱りを受けましてね」
ニールがとてもバツ悪そうに言葉を濁している。ロキはそれを見て、とても嫌な予感がした。
「君の上司にか?」
「ええ。まあ、あと三十分でこちらに着くそうなのですが……」
「誰が来るんだ?」
「騎士団長です」
予感は確信に変わる。
背筋に走る悪寒。汗などかくはずがない身体が、異様にぐっしょりと濡れていく。
「お、おい、どうしたんだ?」
ロキは暴れた。アルアの腕から抜け出し、この場から逃げるために暴れた。
だが、思うように動けない。それどころか、アルアは暴れるロキを必死に抑えつけてくる。
「騎士団長が来るの!?」
恐怖に支配されるロキ。しかし、リディアは全く違う反応を示した。
その目は星のように煌めき、その顔は見たことがないほどの輝きを放っている。それはまるで、夢でも叶えたかのような嬉しそうな笑顔だった。
「ホント? ホントなんだよね!?」
「あ、ああ。そうだけど」
リディアは静かに立ち尽くす。だが、数秒もするとクルリとアルアへ振り返った。
「お母さん、私のカバンどこ?」
「教えてやらない」
「お母さん!」
その豹変ぶりに、ロキは目を丸くしていた。子供らしく大はしゃぎをするリディア。頬を大きく膨らませ、懸命にアルアへ抗議するその姿は、とても新鮮だ。
「このままじゃ来ちゃう!」
「そうか。ならそのままの姿を見せてやれ」
「ヤダ! おめかしするの!」
ロキは言葉を失っていた。
一体何がリディアをそこまで動かすのか。考えてみるが、全くわからなかった。
「もういい。自分で探す!」
怒ったリディアは、馬車へと向かっていく。一生懸命に荷物を漁り、叫ぶ姿はなんだか可愛らしかった。
「あの、娘さんは一体……」
「ベネイスの大ファン。ただそれだけさ」
ロキはキョトンとしていた。
ニールもまた、呆然としながらリディアに目を向けるのだった。




