魔王と呼ばれた科学者
襲いかかってきた者達。それを全員捕まえたロキは、静かに闇の中へ沈んだ男の傍に立っていた。
男は何かを叫びながらもがいている。まるで水の中で溺れているように見えた。
「ディプレス」
短く、言葉を口にする。すると男を包み込んでいた闇は、水玉が割れたように弾けて消えていった。
「ハァ、ハァ――」
「楽しかったか?」
懸命に息を整えようとする男に、ロキは声をかけた。すると男は、驚きのあまりに目が飛び出てしまいそうになるほど広げていた。
「猫が、なんでっ?」
その怯えように、ロキはつい意地悪げに笑ってしまう。それだけに男の顔がひどく、そしてとても滑稽なものだった。
「それは私のペットさ」
ロキが何かを言おうとしたタイミングだった。目を向けるとアルアが、どこかつまらなさそうに見下ろしていた。
「お、お前!」
「さて、答えてもらおうか。お前達は一体どこの組織なのか。まあ、大方は予想がついているがな」
男は、眉を吊り上げながら歯を食いしばっていた。
それはあまりにも激しい憎悪。ロキはその怒りに、訝しげな目を向ける。
「お前が、お前さえいなければ!」
アルアはまっすぐ男を見つめる。隣でリディアが心配していることなど、気づくことなく。
「お前がいなければ、あんな戦争は起きなかったんだ! 俺は、あの時のまま幸せでいられた。何も変わることがなかった! 家族も、恋人も、何もかも失わずに済んだんだ!」
その怒りを、アルアはただ静かに聞いていた。悲しそうな色を浮かべた瞳で、ジッと見つめていた。
動いてない口が、何かを言いたげにしている。しかし、アルアはずっと口を閉ざしていた。
「返せよ、俺の幸せを。返せよ、あいつらを!」
あまりにも辛い言葉だった。ロキはその言葉に、つい同情心を抱いてしまう。
しかし、アルアは男にとって最も残酷な言葉を送る。
「奪われたものは返ってこない。私にできるのは、新しく身体を提供することだけだ。もし魔石があるなら、マギカドールを無償で与えよう」
「いるか、そんなもの!」
男は拳を震わせながら叫んだ。剥き出しになった殺気をアルアに突きつけ、さらに鋭く抉っていく。
「戦争の道具を与えるだと? ふざけるな、ただ不幸にするだけの兵器なんて、いらねぇんだよ!」
アルアは、とても苦しげな顔をしていた。必死に堪え、下唇を噛んでいた。
何かを言いたげにしているが、開こうとしない。ただ悔しげにうつむいていた。
「お母さんは、悪くない!」
その言葉に、アルアは驚いたように顔を上げた。ゆっくりとリディアに振り返る。するとリディアは、男に立ち向かうように言い放った。
「お母さんは、みんなを幸せにするためにマギカドールを作った。みんなが笑って暮らせるように、願いを込めて作ったの。もう一度、かけがえのない人と再会するために生み出したものを、あなたが否定する権利なんてない!」
あまりにも力強い言葉だった。だからなのかアルアは、目から一筋の涙を零していた。
しかし、男は二つの想いを踏みにじる。
「笑わせるな。俺はそいつが作った兵器に大切なもの全てを、奪われたんだ。そんなものに、幸せなんか作れるか!」
リディアはあまりに強い言葉に、言い返せなかった。男はそんなリディアを見て、さらに畳み掛けていく。
「血も肉もない人形がなんだ! あいつらは、俺達の奴隷。奴隷が、家族になるか。なってたまるかァァ!」
どんなことがあっても認めない。何があっても認められない。
それが、戦争によって生まれた障害で、傷跡だ。
アルアとリディアは今、それを目の当たりにしている。
あまりにも辛い現実は二人を苦しめるイバラだ。だが、そのイバラは簡単に千切れる。
「我輩は違うぞ」
それはあまりにも意外な言葉だった。
思わず目を向けるアルアとリディア。ロキは、二人が見つめていることなど気にせず、男に言い放った。
「確かに幸せとは言い難がった。だが、その兵器によって少しは救われていた。共に過ごすうちに、家族とも思えるようになったさ」
男は目を大きく見開いていた。ロキはそんな男に、決定的な決別の言葉を送る。
「あいつらは兵器だった。だが、だからと言って心まで兵器だった訳ではない」
男は何も言い返さなかった。ただただバツの悪そうな顔をして、目を逸らしている。
ロキはそんな男から目を外した。
「ニールを起こしてくる。頼りない奴だが、後処理ぐらいはできるだろう」
ロキは何事来なかったかのように、アルア達の横を通り過ぎようとした。
だが、二人はそれを許さない。だからロキに、言葉を送る。
「私はいいペットを持ったよ」
「ありがとう、ロキ」
ロキは振り返らない。ただ静かに、尻尾を揺らして気絶しているニールの元へと向かうのだった。




