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それでも我輩は君に笑いかけよう  作者: 小日向 ななつ
第2章 空を覆う厚い雲
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魔王と呼ばれた科学者

 襲いかかってきた者達。それを全員捕まえたロキは、静かに闇の中へ沈んだ男の傍に立っていた。

 男は何かを叫びながらもがいている。まるで水の中で溺れているように見えた。


「ディプレス」


 短く、言葉を口にする。すると男を包み込んでいた闇は、水玉が割れたように弾けて消えていった。


「ハァ、ハァ――」

「楽しかったか?」


 懸命に息を整えようとする男に、ロキは声をかけた。すると男は、驚きのあまりに目が飛び出てしまいそうになるほど広げていた。


「猫が、なんでっ?」


 その怯えように、ロキはつい意地悪げに笑ってしまう。それだけに男の顔がひどく、そしてとても滑稽なものだった。


「それは私のペットさ」


 ロキが何かを言おうとしたタイミングだった。目を向けるとアルアが、どこかつまらなさそうに見下ろしていた。


「お、お前!」

「さて、答えてもらおうか。お前達は一体どこの組織なのか。まあ、大方は予想がついているがな」


 男は、眉を吊り上げながら歯を食いしばっていた。

 それはあまりにも激しい憎悪。ロキはその怒りに、訝しげな目を向ける。


「お前が、お前さえいなければ!」


 アルアはまっすぐ男を見つめる。隣でリディアが心配していることなど、気づくことなく。


「お前がいなければ、あんな戦争は起きなかったんだ! 俺は、あの時のまま幸せでいられた。何も変わることがなかった! 家族も、恋人も、何もかも失わずに済んだんだ!」


 その怒りを、アルアはただ静かに聞いていた。悲しそうな色を浮かべた瞳で、ジッと見つめていた。

 動いてない口が、何かを言いたげにしている。しかし、アルアはずっと口を閉ざしていた。


「返せよ、俺の幸せを。返せよ、あいつらを!」


 あまりにも辛い言葉だった。ロキはその言葉に、つい同情心を抱いてしまう。

 しかし、アルアは男にとって最も残酷な言葉を送る。


「奪われたものは返ってこない。私にできるのは、新しく身体を提供することだけだ。もし魔石があるなら、マギカドールを無償で与えよう」

「いるか、そんなもの!」


 男は拳を震わせながら叫んだ。剥き出しになった殺気をアルアに突きつけ、さらに鋭く抉っていく。


「戦争の道具を与えるだと? ふざけるな、ただ不幸にするだけの兵器なんて、いらねぇんだよ!」


 アルアは、とても苦しげな顔をしていた。必死に堪え、下唇を噛んでいた。

 何かを言いたげにしているが、開こうとしない。ただ悔しげにうつむいていた。


「お母さんは、悪くない!」


 その言葉に、アルアは驚いたように顔を上げた。ゆっくりとリディアに振り返る。するとリディアは、男に立ち向かうように言い放った。


「お母さんは、みんなを幸せにするためにマギカドールを作った。みんなが笑って暮らせるように、願いを込めて作ったの。もう一度、かけがえのない人と再会するために生み出したものを、あなたが否定する権利なんてない!」


 あまりにも力強い言葉だった。だからなのかアルアは、目から一筋の涙を零していた。

 しかし、男は二つの想いを踏みにじる。


「笑わせるな。俺はそいつが作った兵器に大切なもの全てを、奪われたんだ。そんなものに、幸せなんか作れるか!」


 リディアはあまりに強い言葉に、言い返せなかった。男はそんなリディアを見て、さらに畳み掛けていく。


「血も肉もない人形がなんだ! あいつらは、俺達の奴隷。奴隷が、家族になるか。なってたまるかァァ!」


 どんなことがあっても認めない。何があっても認められない。

 それが、戦争によって生まれた障害で、傷跡だ。

 アルアとリディアは今、それを目の当たりにしている。

 あまりにも辛い現実は二人を苦しめるイバラだ。だが、そのイバラは簡単に千切れる。


「我輩は違うぞ」


 それはあまりにも意外な言葉だった。

 思わず目を向けるアルアとリディア。ロキは、二人が見つめていることなど気にせず、男に言い放った。


「確かに幸せとは言い難がった。だが、その兵器によって少しは救われていた。共に過ごすうちに、家族とも思えるようになったさ」


 男は目を大きく見開いていた。ロキはそんな男に、決定的な決別の言葉を送る。


「あいつらは兵器だった。だが、だからと言って心まで兵器だった訳ではない」


 男は何も言い返さなかった。ただただバツの悪そうな顔をして、目を逸らしている。

 ロキはそんな男から目を外した。


「ニールを起こしてくる。頼りない奴だが、後処理ぐらいはできるだろう」


 ロキは何事来なかったかのように、アルア達の横を通り過ぎようとした。

 だが、二人はそれを許さない。だからロキに、言葉を送る。


「私はいいペットを持ったよ」

「ありがとう、ロキ」


 ロキは振り返らない。ただ静かに、尻尾を揺らして気絶しているニールの元へと向かうのだった。


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