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牛タン(三)

 呆然としているとマリアさんは勝手に喋り出した。


「自動的に水の色を変化させられる流水結晶は今まで開発されてこなかったわ。それをついにウンディーリナ家は精製することに成功したの。それまでに約十年の月日がかかったわ。結晶のレシピはすぐに判明したけど、実際に精製するとなるとなかなか上手くいかなかった。それでも、ウンディーリナ家は諦めなかったの。その結果がこれよ!」

「はぁ……」

「はぁ? その淡白な反応は何? もっと驚きなさいよ」

「え、えっと雑誌で読みました……」


 月に一回刊行される錬金術に関する雑誌がある。二ヶ月前の号でウンディーリナ家が水の色が三色に変わる流水結晶の精製に成功したと大きく取り上げられていた。それにニュースにもなった。思い出していると、さっきからずっと静かだったネフィが不満そうに声を上げた。


「お兄ちゃんはぼんじんじゃないしぽんこつじゃないもん。お兄ちゃんにあやまって!」

「あら、ホムンクルスってことは……あなたもその冴えない見た目で錬金術師ってことなの?」

「はい。でも、この子は僕じゃなくて友達が造ったんです」

「そ、そう。そうよね。ホムンクルスの精製なんて並みの錬金術師ができることじゃない。あなたみたいなのができるはずがないわ。ろくな魔力も感じないもの」

「お兄ちゃんかえろうよ! ここやだ!」

「で、でも古川君が……」


 珍しく本格的な癇癪を起こしているネフィを何とか宥めようとしていると、マリアさんが目を丸くした。


「……あなた、今古川って言ったわよね?」

「言いました」

「ま、ま、ま、まさか古川ってあの……」


 マリアさんの声が震えている。すると、転送魔法陣テレポットから目当ての人物が姿を現した。よかった、ナイスタイミング。


「アンバー君ごめんね~。それがないとシフト作成進まな……」

「朧様ぁぁぁぁぁ!!」


 すごい勢いでマリアさんが古川君にタックルするように抱き着いた。動きが速すぎて残像が見えた。

 けれど、古川君は特に驚く様子もなく、マリアさんの背中に手を回している。それを見て僕は「まずい」とハッとした。早く帰らないと。


「マリアちゃんどうしたの~? 今日はやけに情熱的だねぇ」

「この程度で情熱的だなんて。もっと私と熱くならない?」

「マリアちゃんとなら大歓迎ー……っと、その前にアンバー君手帳……」

「はい、こ」


 れ、と僕が言葉を発したと同時にネフィが僕の手から手帳を奪い取った。


「ネフィもきてくれたんだ。えへへ~可愛い娘がパパの会社にきてくれるなんて世界中の父親のあこが」


 バシン、と大きな音とともに手帳が古川君の顔面に思いきり叩き付けられた。手加減なしに手帳を父親の顔に投げたネフィの目は濁りきっている。


「ぱぱなんて、だいっきらい」


 その表情はあまりにも冷徹で、僕を含めた一部始終を見ていた人たちを凍り付かせるには十分すぎる威力を誇っていた。





「ネフィ、機嫌治しなよ」

「お兄ちゃんをいじめた人となかよしのぱぱなんてだいきらい」


 牛タン屋にきてからもネフィは頬を膨らませたままだし、僕のスマホは震え続けている。もう電源切るか?


「別に僕だからいじめたってわけじゃないと思う。ああいう人なんだよ」

「でも、お兄ちゃんのことさえないっていった! ぱぱよりかっこいいのに!」

「それ古川君に言わないでね。後が怖いから」


 性格云々については僕も人のことはあまり言えないから、これ以上触れたくはない。ウンディーリア家の人とも知り合いというか、ああいう関係の古川君には驚いたけど。

 頬がぷっくり膨らんだネフィにフグみたいだと思っていると、牛タン定食が運ばれてきた。


「こちらのテープスープにはお好みの量で胡椒を振ってください」

「ぎゅーたん! てーるすーぷ!」


 食べ物は偉大だ。一瞬でネフィの怒りを鎮火させてしまった。

 真っ白な皿に盛り付けられた厚切りの牛タンと野菜の浅漬け。テープスープには白髪ネギと煮込まれた牛テールが沈んでいる。


 まずはスープから。胡椒を振ってかられんげでネギと一緒に掬って口に運んだ。濃厚な味のスープは鶏ガラとも違う肉の風味がたくさん詰まっていた。ネギはしゃきしゃき、牛テールはとろりと柔らかく肉としての食感もちゃんと残っている。これだけでもかなり美味しい。

 そして、メインの牛タン。焼肉でよくある刻み葱をたっぷり載せて食べる薄い牛タンも大好きだけど、仙台民としてはこの分厚いバージョンの美味しさを皆にはもっと知ってもらいたい。

 歯ごたえの良さは肉の中でもトップクラスだと思う。でも、固いわけじゃなくて食べやすい。もぐもぐという擬音がとても似合うような気がする。

 噛むたびに溢れる牛タンの旨み。古川君は酒に合うからと塩味が一番好きだけど、下戸の僕はご飯に一番合うと思う味噌味が好きだ。濃すぎない味噌の味わいが肉の美味しさを引き立てている。深い肉の味でご飯がよく進む。あっさりとした浅漬けが口の中をリセットしてくれる。漬物と一緒に肉を食べるのも結構乙なものだと思う。


「おいしー!」

「うん、美味しいね」


 幸せそうに牛タンを頬張るネフィに同意してスープを啜る。うん、完全に機嫌も治ったようだし、そろそろいいかもしれない。


「またおにいちゃんと『ふたりだけ』でたべにいきたいなぁ」


 前言撤回だ。全然よくなかった。ネフィの笑顔からいまだ燻り続けている憤怒の炎が垣間見えた気がして僕はひたすら頷くしかなかった。ごめん、古川君。


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