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牛タン(二)

 平日十時頃の地下鉄は閑散としている。一、二時間前の修羅場が嘘のような静けさにホッとする。僕には以前満員状態の地下鉄に何とか乗ったのはいいけど、降りれなくなってそのまま二つ先の駅まで行ってしまった暗い思い出があった。


 仙台駅で僕たちを含めた半分ほどの乗客が降りていく。

 仙台市青葉区、特に駅付近は宮城県の中枢と言ってもいい。様々な店やビルが立ち並び、常に人も車も行き交っている。観光にきたのか、獣人の集団が鳥乙女セイレーンのガイドの後ろについて歩いていた。頭部が獣の人も何人かいたけど、その目には好奇心で爛々とした光が宿っていて楽しんでいると分かる。

 昼は牛タンを食べに行くそうだ。獣人は肉好きが多いので、皆すごい喜んでいる。駅前でなら大体のものは食べられるけど、どうせ観光にきたのなら本場の味を堪能してほしいと密かに思う。

 と、隣で彼らの様子を少し羨ましそうに眺めているネフィに気付く。


「……僕たちもお昼は牛タンにしようか」

「ぎゅーたん! ぎゅーたん!」


 大好きだもんね、君。僕もあれには目がないけど。

 仙台には牛タン専門店がたくさんある。焼肉屋の薄平べったいのとはまた違う分厚い牛タンの味を思い出すと口の中に唾液が溜まった。




 魔法省という機関がある。その名の通り魔法に関わるあらゆる事柄を扱ったり、魔物の巣窟であり広大な広さを誇る空間『迷宮』の探索を行ったり、時折街に出現した魔物を討伐したりすることが主な仕事だ。こちらの世界は異世界に比べれば迷宮の数も現れる魔物の数も少ないけど、各国にいくつか設置されている。

 日本は札幌、東京、名古屋、大阪、福岡、沖縄、そして仙台に支部が建てられている。魔法省に就職できる人はまず生まれつき高い魔力と優れた学力が必要とされる。それから迷宮探索と魔物討伐のための戦闘力も求められる。文武両道の人間のみが就ける最高ランクの職業として、『魔法省に入るために今からレッスン』と幼少の頃から頑張る家庭もあった。

 大変だなぁと思う。昔に比べて今は塾がすごく重要視されているような。小学生どころか幼稚園児の頃から英才教育が始まっているのだ。今の時代に生まれてきていたら僕はどうなっていたのだろう。


「でっかいねー、ぱぱのかいしゃ!」

「古川君が経営してる会社ではないけどね」


 地下鉄仙台駅から歩いて五分のところにある魔法省仙台支社は五十階建てで、仙台ではトップクラスの超高層ビルだ。てっぺんを見ようとするうちに首が痛くなってきた。

 古川君が勤務しているのは確か三十七階。迷宮探索を主としている部署で、名前もシンプルに迷宮探索部。近所では女の子が大好きなお兄さんぐらいにしか見られていない友達が魔法省に働いている。さりげなくすごいことだと思う。

 古川君は「魔導結晶を綺麗に精製できる君もすごくない?」と言う。錬金術だけじゃなくて戦闘向けの魔術とか剣術にも長けている彼のほうがもっとすごいのではと僕は思っている。高校生の時に錬金術の中でも特に高い技術を要するホムンクルスの錬成だってやってのけて、それでネフィが生まれた。


「別に謙遜することじゃないよ」

「?」

「古川君はもっと自分のこと自慢してもいいと思うんだ。女の子好きなところはどうにかしないと、いつか刺されそうな感じがするけど」

「うん! ぱぱすっごくかっこいい」


 うんうんと頷くネフィと一緒に自動ドアを通って魔法省に足を踏み入れる。巨大なロビーには様々な種族の人が歩いていたり、何やら数人で話し込んでいた。あちこちから人の話し声や靴が床に触れる音が聞こえてくる。

 スーツ姿で剣や斧など武器を持っている人たちは今から魔物を退治に行くか、迷宮に向かうかのどちらかだ。異世界では鎧やローブなど各々自由な格好をしているものだけど、こちらの世界では魔法省の人間は黒いスーツを着ていることがほとんど。

 その代わり、特注であるスーツは特殊な布で作られていて防御力は鎧なんかよりずっと高い。さらにあらゆる属性攻撃を軽減させる魔法がかけられているそれは、近頃異世界でも着られるようになった。

 鎧と違って動きやすく、ローブと違って物理的な攻撃に対しても強い。とんでもなく高価だけど、買う価値はあると評判がいいのである。


「古川君くるまでちょっと待とうか」

「うん。あっ、あれきれいだね!」


 ネフィが指を差したのはロビーの中央にある噴水だった。水の色がゆっくりゆっくりと変化しているようで、赤から紫、紫から青、青から紫。赤→紫→青→紫→赤と三色を繰り返している。それが噴水の底にあるライトに照らされて淡く光っていた。噴水の縁には流水結晶らしき青い魔導結晶が填めこまれていた。あれから水を出しているようだ。

 前にきた時にはなかったものだった。いつの間に、と思いながらじっと眺めていると真横から視線を感じた。振り向くと、淡い水色の髪をツインテールにした女の子が僕を楽しそうに見ていた。

 彼女の瑠璃色の瞳と目が合うと鼻で笑われた。


「ふふん、どうかしら? あなたのような凡人でもこの私のウンディーリナ家が開発した流水結晶がどれほどすごいものか」

「えっ」

「何よ。理解もできないくらいのポンコツということなの? 今から私がじっくり語って……」

「そ、そうじゃなくて、ウンディーリナって」

「ええ。私は次期ウンディーリナ家当主のマリア。しっかりとこの名を覚えておきなさい」


 ウンディーリナ家。四大錬金術貴族と言われている名家の一つだ。四大錬金術貴族がなかったら、こちらの世界での錬金術の普及はもうしばらく遅れていたともされている。

 何でそんなすごい人がこんなところにいるんだろう。

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