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桃缶とドラゴンのアレ

 棚に置いてしばらく放置していた桃缶の存在に気付いたのはネフィだ。「もも! もも!」と桃缶を持って僕の周りを燕の如くビュンビュン飛び回るので、この日のデザートは桃缶になった。

 ただ、いくら大きめと言ってもこれを三人で分けるのは少し寂しい見た目になるので、かさ増しをしようとスーパーで夕飯のおかずと一緒にバニラアイスも徳用のを買った。バニラアイスはただ食べるだけじゃなくて、何かの付け合わせとして使える。


 熱々のホットケーキやアップルパイと食べるととんでもなく美味しい。熱によって溶け出したアイスは単品だと切ない気持ちにさせるけど、それが他のお菓子と一緒だと話は別だ。生クリームとは似て非なる甘さは癖になる。

 溶けたアイスがふんわり生地に染み込んだホットケーキの幸福感。サックリ生地の下に潜むコンポートされて甘酸っぱく柔らかくなった林檎と甘い甘いアイスが合わさったアップルパイの感動。


 とにかくバニラアイスはすごい。等のことを古川君に僕は熱弁した。僕にしては珍しくアイスも溶けてしまうほど熱くなっていたと思う。


「古川君理解できた?」

「アンバー君の口の動きがいつも五倍速で動いてて、気持ちわりーなって感想しか浮かばなかった」

「分かる」


 僕も周りから見たらこれは気持ち悪い奴なんじゃないかと薄々思っていたので、長年の友人からの指摘にもそんなに傷付かなかった。


「アンバー君がこんなに頑張って喋ってんだからって思ったけど全然話が頭に入ってこなくて……」

「いいよ。バニラアイスがすごいって分かってもらえれば……」

「うん、バニラアイスはすごい」


 というわけで桃缶を開けてバニラアイスも添えたのを用意した。


「お兄ちゃん、お兄ちゃん! もももあいすもあまくておいしいよ!」


 ネフィ大喜び。僕も食べてみる。さすがワンコイン缶詰だけあって桃がとろけるように甘くて美味しい。つるりと滑らかな食感と光沢はシロップ漬けの桃でないと出せないものだ。

 バニラアイスはホットケーキやアップルパイの時と違って、溶けずにそっと桃に寄り添っている。これはこれでアイス本来の冷たさを楽しめるし、いいものだ。スプーンで小さく切り分けた桃と一緒に口に運ぶと、とても贅沢な気分になる。アップルパイの煮詰めた林檎のように桃缶は酸味はあまりなく、ひたすら甘い。けれど、同じく甘いバニラアイスとの相性はいい。


 ネフィは喜んでいるけど、古川君はどうだろう。彼には少し甘すぎたかな? と心配になる。


「最の高」


 澄んだ目で大絶賛された。予想していなかった高評価に僕は心の中で小躍りした。


「アンバー君、これは国宝なんだよね。本来は国で厳重に保存されなきゃならないのを僕たちはこうして貪ってる。これが何を意味するか分かる?」

「どういうこと?」

「僕たちは石油王になったんだよ」

「石油王……」


 石油王とは最近流行りのドラマに登場する人物である。魔力が存在せず科学技術が発展した世界を舞台にしたそのドラマは、どこにでもいるOLが石油という燃料を発掘したことで巨万の富を手に入れた石油王に見初められる物語だ。

 現在九話まで進んでいるが、いまだ石油王の本名が明かされていない。そのため、OLも視聴者も石油王と呼んでいる。


「ぱぱとお兄ちゃんせきゆおーになったの!? ねふぃもなりたい!」


 小学生がなりたい職業ランキングも見事一位に石油王がランクインした。分厚い札束で人をビンタだってできるし、マンションだって買えてしまう強大な権力に誰もが惹かれ、強い憧れを抱いた。


「ネフィも石油王だってば~。一緒に幸せになろうね」


 強い憧れを……。


「うん!」


 憧れを……? はしゃぐ親子を眺めながら僕は首を傾げる。僕はそんなに石油王にいろいろな感情はなかった。マンションだって買っても管理が大変そうだし、石油の匂いが強そうだし、人を殴る時に札束なんて道具を使う必要性があるのだろうか。いざという時、頼れるのは己の拳だけだ。

 そんなことを考えていると、古川君が「アンバー君? そんな難しい顔をしてどうかした?」と聞いてきた。


「古川君は女の子に札束でビンタされるのと直接平手打ちされるのどっちがいい?」

「平手打ち!」


 親指を立てて答えた僕の友達は最高なのでは?

 僕は殴る側。古川君は殴られる側。それゆえに結論に辿り着く過程は違えど、僕と彼の間に強い友情を感じた。

 そう、別に石油王にならなくたって人は幸せに生きられるのだ。こんな桃缶の桃とバニラアイスがあるだけでこんなにも幸福感に満たされる。

 マンションを買う金はなくてもある程度欲しいものは買える物だ。


「398円が一点、68円が一点……」


 レジの店員さんが籠に入れたものの値段を淡々と読み上げて行く。

 398円というのは茗荷を好き勝手成長させた成れの果てのような見た目をした果実・ドラゴンフルーツだった。昨日食べた桃缶は確か宝くじが当たった時に買ったものだ。そして、その際にドラゴンフルーツも買おうして、他の客に取られて断念したのだった。

 そのうち、買おうと思ってすっかり忘れていたことを思い出した。また忘れてしまう前にやり遂げねば……僕は迷いもなく果実コーナーにあった赤いそれを真っ先に籠に入れた。


「お兄ちゃん、つよくなれるね!」


 強くはなれないと思うけど、目標は一つ達成できた。あとは食べるだけだと思いながら僕は帰路に就いた。


 さて、見た目はアウトローなドラゴンフルーツだけど、持ってみるとモサァっとした部分は案外柔らかかったりする。もっと固く手を傷付けてしまう危険があるのかと思っていた。


「はやくたべようよ、お兄ちゃん!」

「そうだね」


 せっかくなので新鮮なうちにいただくことにする。味次第で後日また買って古川君にも食べさせよう。

 どう切っていいか分からないので、メロンのように縦半分でいくことにし、包丁を沈めてみる。予想していたよりもかなり柔らかいかもしれない。下手をすると林檎や梨よりも力を入れずとも切れた気が。


「……………………」

「きゅーにゅーにごまいっぱい入れたみたい!」


 鮮やかなショッキングピンクの外見とは裏腹に中身は今まさにネフィが言ったような見た目をしていた。雪のように白い果肉に無数の黒い粒のようなものが散らばっている。

 これはいったい……。僕は一度包丁を置き、ネットで調べてみることにした。その結果、ドラゴンフルーツはこういう食べ物であることが分かった。様々な種類があるようだけど、基本的には中身は白か赤の場合が多いらしい。

 しかも、これらは甘みがそんなにしないそうだ。何もドラゴンフルーツそのものが甘みがない果実というわけではなく、中身が黄色いのは普通に甘いといくつかのサイトで説明されていた。

 切り方もサイトに載っていたのでそれを頭に叩き込んで再び包丁を握った。僕だけなら行儀も関係なく齧り付いているところだけど、ネフィの教育に悪いのでちゃんと切る。

 それを一口食べてみる。うん。


「さっぱりしてるねー」

「してるね」


 甘みがないの意味が分かった。確かに甘みという甘みがほとんど感じられない。けれど、無味なわけではなく、微かに食べたことのないような風味を感じる。形容しがたいのだけれど、何とか語彙力を駆使して説明するとしたら『南国』風味だ。マンゴーやライチとは違う海の向こうにある南国を彷彿させる風味があった。

 甘くないだけで食べやすいかと聞かれたらイエスと僕は答える。とても瑞々しくて、林檎や梨に近いシャリシャリした食感。中々いいのではないだろうか。


 ただ、せっかくだからもう少し美味しくしたい。冷蔵庫からプレーンヨーグルトを取り出して、蜂蜜で甘くする。そこにドラゴンフルーツを入れてドラゴンフルーツヨーグルト。


「ねふぃ、こっちのほうがすき!」

「うん、美味しいね」


 甘くなったヨーグルトをドラゴンフルーツがさっぱりとしてくれる。他にもサラダにして食べる方法もあるそうだ。


「でも、あまいどらごんふるーつもたべたいね」

「日本でもそういうのが栽培できればいいんだけどね」


 僕が石油王だったらもっと美味しいものが食べるために金を使いたい。僕はそう思いながらヨーグルトをまた一口食べた。

 










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