南瓜の煮物(後)
・疾風結晶の材料
夜風の果て(深夜一~三時頃、上空で吹いている風をシャボン玉のような物体の中に閉じ込めたもの。シャボン玉の中では常に風が吹き続けている)
シルフの羽(四大精霊で風を司るシルフの背中に生えている。透明なトンボのようなもの。一週間に一度抜け落ちるのでその時にもらうこと)
風花の果実(半透明な風花の木に実っている果実。花や根も果実も何もかも半透明。果実は無味無臭だが、食べると一時的にふわふわと浮遊することができる)
これらを結晶作り専用の壺に一週間清めた水とともに入れて静かに掻き混ぜていく。壺には溶解の魔法がかけられていて、中の者は次第に溶け始めて水と混ざり合う。疾風結晶の材料は無色透明であることから水の色に大きな変化はない。これが他の結晶だと赤くなったり青くなったりする。
材料が完全に溶け切ったら魔法で壺の中から液体を宙に浮かびあがらせて、その状態から好みの形に凝固させる。これが僕にとっては一番楽しい作業だ。ぷかぷか浮かんでいる液体から一部を切り離して丸くしたり四角にしたり。粘土細工とやっていることは近いかもしれない。
忘れてはいけないのは、この時に疾風結晶なら風の、炎熱結晶なら火の魔力を液体に絶えず練り込ませること。これをしないと綺麗な結晶が作れても、いろんなものを溶かして固めただけの結晶にしかならない。しっかりと魔法の素を加えておく必要があった。
「お兄ちゃん、お水よういしたよ」
「ありがとう」
ネフィがもう一種類ある壺に水を注いだものを僕の元に浮かせて運んできてくれた。その中に形を作ったものを一つ一つ静かに入れる。この壺には定着の魔法がかかっていて、結晶の形が崩れないようにしっかりと固定してくれるのだ。ここまでくれば、あとは二時間待てばいい。その合間に他の結晶を作る作業に入る。これの繰り返し。
二時間後に壺の中から取り出した結晶に魔法で出した温風を当てて乾かすこと数分。最後にちゃんと魔法が使えるかどうか一つ一つ発動させて確かめる。
約五キロの鉄の塊を浮かせることができたら商品として出荷することができるけど、そうでなかったものは取り除く。商品として使えない結晶も別なものに再利用するから僕は捨てないようにしている。
最後に小瓶の中に結晶を入れていけば完成。窓から差し込む太陽の光を受けてキラキラと輝く疾風結晶。満足のいく仕上がり。
「しっぷーけっしょーできた!」
「ネフィが手伝ってくれたからだね」
「ねふぃ、いい子?」
「いい子だよ」
そう答えるとネフィは僕の背中に抱き着いて、頬を擦り寄せた。ほんのり温かなこの子の体温が伝わってくる。古川君があそこまで親馬鹿になる気持ちも分かるかも、と一瞬思ってすぐに撤回した。
ホムンクルスには結婚制度はないけど、番という言葉は存在する。ネフィがいつか懸想の相手を連れてきたら、古川君はそのホムンクルスを殺してしまうかもしれない。あんまり友達を犯罪者に仕立て上げたくないけど、彼ならそれぐらいやりそうなものだ。過激派は怖い。
自分はあんなに女の子が大好きなくせに心が狭い。
「じゃあ、一旦休憩しようか」
「うん!」
「ちょっと僕、買い物に行ってくるからお留守番お願い」
「おかいもの? ねふぃもいくー!」
「ごめんね、色んなところに寄って大変だから今日はお家でお花の面倒見ててもらいたいんだ」
もうこれは完全に僕だけの問題なのでネフィを巻き込むのは悪い。そう思って言ったらネフィの緑色の瞳が潤んだ。あっ。
「ねふぃ、いっしょにいくのだめ……?」
「う、ううん。ダメじゃないよ。ダメじゃないけど」
「お兄ちゃんといっしょがいい……」
「えっと、えっと……でも、色んなお店に回るから大変だよ?」
「お兄ちゃんとならどこでもへいきだもん」
だからダメ? と半泣きで首を傾げるネフィに僕は降参した。ネフィを悲しませたくて置いて行こうとしたわけではないけど、ここまで言われてしまうと断れない。それに強引に一人で出かけたら後で古川君に何を言われるかも分からない。
仕方ないと僕はネフィを連れて出かけることにした。
「え、今ってハロウィンじゃないよね」
また時間給を使って早めに帰宅した古川君が机の上を見て唖然としている。そこには白いプラスチック容器に入った南瓜の煮物が大量に並べられている。
すべてスーパーで買った惣菜で、それぞれ微妙に色や形が違う。違うスーパーで買ったのだから当然なのだけれど。
理想の南瓜の煮物を見付けたい一心で何店舗も巡って買ったものだ。ちなみにネフィはずっと楽しそうにはしゃいでいて、むしろ僕が歩き疲れて死にそうになっていた。今は庭で花と会話をしている。
「何でこんなに南瓜にはまったか知らないけどさぁ、ほどほどにしておきなよ? 脳みそが南瓜になるよ。本当にさ」
「………………えっ」
「冗談だよ。なるわけねーだろ」
冗談でよかった。安堵しながら南瓜の煮物を口に運ぶ。
これは調味料の味が濃いめ、これはオレンジ色が少し薄め、これはあんかけがかかっている。色んな南瓜の煮物を食べていく。全部美味しいけど、やっぱり何か違う。
何でかなと真剣に悩んでいると、古川君が「そういえば」と口を開いた。
「高校の時に君、僕が実家から送ってもらった南瓜と人参分けてあげたら、それを一緒に煮込んだことあったよね」
「そんなことあったかな……」
「あったよ。しかも、調味料も分量が適当だし、煮崩れ寸前でまさに素人の料理って感じでさ。でも、美味しかったよね」
「………………」
言われるまで全然思い出せなかったけど、少しずつ記憶亜が蘇ってくる。あの頃はまだあまり料理ができなくて、とりあえず醤油とかいろいろ入れた水に南瓜と人参を放り込んで火にかけた。落し蓋なんて言葉なんて知らなくて、とりあえず水が蒸発するまでひたすら煮込んでいた。
そうだ、そうだ。それで古川君が「何で人参入れてんだよ馬鹿じゃねーの!?」って混乱していた。
「よく覚えてたね。僕そんなこと覚えてなかった」
「君が水が全然少なくならないって静かにパニックになってたのが面白かったから覚えてたんだよね。顔面蒼白で僕のほう見てた」
「そうなんだ……」
その話を聞きながら僕は煮物と一緒に買った四分の一カットの南瓜のことを考えていた。タイミングがいいことに人参も一本丸々ある。
「……ふるか」
「待て待て待て。二日連続で夕飯南瓜の煮物てんこもりはやだよ!? せめて一日間を置いてくんないと!!」
僕が言うより先に先手を打たれてしまったので、南瓜の煮物は翌日作ることになった。
南瓜は大きめ、人参は少し小さめ。味付けは醤油とみりんと酒で僕がちょうどいいかなと思ったぐらいに。水の量も適当。あとは火にかけて水がなくなるまで煮詰め続ける。煮崩れが怖いから鍋の中もあまり弄らないようにする。
「お兄ちゃん、またかぼちゃさんたべるの?」
ぐつぐつという音に耳を傾けていると、僕の後ろからネフィが不思議そうに覗き込んできた。
「古川君が思い出させてくれた作り方でやってみたくなったんだ。僕も忘れてたのに」
「パパはたいせつなこといっぱいおぼえてるもんね」
「そうなのかな」
鍋の中の水がほとんどなくなったので火を止めた。南瓜は箸で取ろうとする形が崩れそうになったので、お玉で掬い取ることにした。そのついでに人参も一緒に取る。
小皿に載せた南瓜と人参は綺麗に色付いていた。まずは南瓜から。
「甘い……」
ほくほく感はほとんどないと言ってもいい。油断しているとぐちゃっとなってしまいそうなくらい柔らかくなった南瓜は、ねっとりとした食感と甘みがあった。そこに加わる醤油のしょっぱさが南瓜の甘さを引き立てた。
人参もすっかり柔らかくなって、ほんのりと控えめな甘みが口の中に広がった。
何というか、ご飯のおかずというよりはお菓子を食べているような気分になってくる。けれど、僕の心は大きな達成感でいっぱいになっていた。これだ。この味を僕は求めていたのである。
「お兄ちゃんうれしそう。かぼちゃさんすっごくだいすきなんだね」
南瓜というより、この南瓜の煮物の味が僕は大好きなのかもしれない。僕がいいなと思った味で煮込んだからなので当たり前のことなのだろうけど。
他の人のレシピより自分好みの味付けのほうがより美味しいと感じる。家庭の味とはこういうことを言うのかもしれない。僕はそう思いながらまた南瓜を一つ口の中に入れた。
「でも、僕は南瓜と言えば冬至だと思う」
「ええぇ~おっさんくせぇ……ハロウィンのほうがいいじゃん。女の子に悪戯という大義名分の下、いろいろやらかせるんだよ?」
「ハロウィンなんて……僕たちは日本人なんだから冬至だよ。お風呂に柚子浮かべようよ」
「日本人なんだからって何だよ。とにかく南瓜と言えばハロウィンだね」
「冬至」
「ハロウィン!」
「……もうこの話題やめない? 中身はどうあれ解釈違いというのは流血沙汰になりかねないし、僕はいざとなった時のために拳の用意はできてるんだ」
「そうだね……僕も闘る気満々でイメトレしてたけど怪我はよくない。なんか声荒げちゃってごめんね」
「気にすんなや」
「おう」