南瓜の煮物(前)
「日曜日に駅前に子供服専門の店がオープンするらしいんだよね。十時開店らしいからその前は家出るということで」
「行ってらっしゃい」
「え、君に行くに決まってるでしょ。荷物持ちは一人より二人のほうがいいじゃん」
「え、そんなに買うの?」
「居候として荷物持ちは当然じゃん」
古川君が即答する。僕の人権は存在していなかった。
朝からそんな会話をする。件の店については前々から古川君がチラシを眺めていたので知っていたけど、まさかここまでとは思わなかった。男二人かがりで行かなきゃいけないほどとはどれだけ買うつもりか。ネフィ専用の洋服タンスをもう一つ購入する時がきたかもしれない。
ネフィ本人は僕たちの会話に興味がないのか、黙々と赤い実を食べている。
「ネフィ、日曜日にたくさん服を買ってあげるよ。帰ってきたらファッションショーしようね」
「んー、にちようってなにもしない日なんでしょ? ネフィお兄ちゃんとおひるねしてたい!」
「おい!」
親馬鹿は拗らせると怖いとよく聞くけど、その分かりやすい例が目の前で僕と同じごはんを食べている。百人中百人が「こいつは親馬鹿だ」と断言するだろう。恨めしそうな目で僕を見てくる。困る。
「昼寝はいいとして何で僕じゃなくてアンバー君なわけぇ!? 親の僕を差し置いて君がネフィと寝るっておかしいでしょ!?」
「ネフィ何で?」
頬を膨らませている古川君は放って、僕も疑問に思ったので聞いてみる。
「パパとおひるねすると、ネフィがねるまでずっとネフィをみてるからこわいの。あとあたまとか、せなかをなでるのくすぐったいの」
その答えを聞いて僕は椅子を少し後ろに引いたし、精神的にも引いた。ほんの僅かでもいいから古川君と距離を取らなければならない。
「見たり撫でるのやめてくれたら、またパパと昼寝してくれる?」
「やだー!」
「ネフィお願い! 何でもするから僕以外の男と寝ないで!」
二人の酷い(主に父親のほう)会話を聞きながら南瓜の煮物を箸で取る。昨日の夕飯のおかずだったけど、作りすぎてしまったせいで朝の食卓にも並ぶことになったのである。四分の一だと少ないと思って二分の一を買ってそれを丸々使ったのだけれど油断した。死んだ目をしながら山盛りになったオレンジ色の塊を黙々と消費していた古川君には申し訳ないことをしてしまったと思う。
僕の作る食事に関してはほとんど文句を言わない彼の優しさがこの時ばかりは痛かった。
というわけで食べきれなかった煮物の残りが青い器に盛られている。煮物とかカレーはどうして二日目になると美味しさが増すのだろう。何というか、味が前日よりも染んでいるのである。そのおかげか、食べ飽きたはずの南瓜も美味しく食べ進めることができた。
煮崩れせず綺麗な形で仕上がったそれは南瓜のほくほくとした食感と甘みがたっぷり詰まっていて、醤油風味のしょっぱさもちゃんと存在している。食べ応えもたっぷりだ。
ただ、何か違う。
「……………………」
「君だってネフィと一緒に寝たらどうなるか……あのさ、どうかしたの?」
「え?」
「南瓜、僕が全部食べよっか?」
「ううん。大丈夫」
とっても美味しい。南瓜の煮物なんて初めて作るからいろんなレシピを見ながら作ったおかげで無事に成功した。古川君も「美味しいよ」と昨日言っていた。
ただ、「これじゃないなぁ」という引っ掛かりが僕の中でずっと抜けないのだ。美味しいのだけど、僕が求めていた味ではないというか。これよりももっと美味しい南瓜の煮物の味を僕の舌が探している。
さっきまでどうやって古川君の暴走を止めようか考えていたのに、今は南瓜の煮物のことで頭がいっぱいになっている。親馬鹿なんて直しようがないんだから、そんなことより南瓜だ。
昼寝が云々とまだぶつぶつ言いながらスーツに着替えた古川君が家を出ていくのを見送ってから、僕は家の裏にある工房に向かった。ここが錬金術師である僕の職場である。木のドアを開くと嗅ぎ慣れた薬草の匂いがぶわっと中から溢れ出した。
錬金術師はその辺に転がっている石ころを宝石や金塊に変えたり、人造人間を造り出すなど『物質』を操り様々な物を精製する力を持つ。
錬金術の祖と言われた人は伝説の『賢者の石』を作ったともされた。莫大な力を秘めた賢者の石は生命のサイクルすらも自在に操作し、そこから不老不死の秘薬も生み出すと言い伝えられている。
ただし、賢者の石は本当に作られたものであるかはいまだに分からずにいる。錬金術の本場である異世界でもまだ精製の手がかりが何一つ掴めていない状態だ。
もしかしたら、人々の願いや妄想が在りもしない真実を作り出したのかもしれない。古川君は昔そう言っていた。
さて、僕がこの工房で作っているのは貴金属や宝石でなければ、ホムンクルスでもない。自然の力を魔法によって凝縮して作り出す『魔導結晶』だ。全十種類の結晶は使用者の念に応え、その宝石のような姿の中に封じ込められた力を解き放つ。
炎熱結晶であれば火を起こし、流水結晶であれば水を出す。それらは魔法が使えない人たちにとっての強い味方となり、錬金術最大の発明とされた。
魔導結晶は薬草や魔物の部位、鉱物などの様々な材料を煮込んだところに魔力を注いで作る。技術が発達した今では機械によって大量生産が行われるようになったけど、僕たち錬金術師への需要がなくならないのは結晶のできが大きな要因だった。
錬金術師が手間暇かけて作り上げた魔導結晶はどれも透き通った美しさを持っているのに対し、機械で作られた結晶はどうしても結晶に輝きがない。普通に石にペンキを塗ったぐらいの見た目で、結晶とは到底言い難い。しかも、前者はいくら使い続けても数年は軽く持つのに、後者は半年ほどで砕け散って消滅する。
もちろん、値段は大量生産されたもののほうが安いけれど、それでも美しさや耐久性を求めて錬金術師が自ら精製した魔導結晶を求める人は多い。メールで毎日のように届く魔導結晶の注文は、錬金術師としてとても嬉しいものだ。お金の問題とかでなくて、僕みたいな奴でも誰かの役には立てているんだなと実感できる。
「お兄ちゃん、お兄ちゃん! きょうは何からつくるの?」
「今日は疾風結晶の注文が結構きてるから、それからかな。ネフィ、『夜風の果て』が入っている瓶と『シルフの羽』取ってもらえる?」
「はいっ!」
ネフィは僕の助手もしてくれている。精神年齢はまだまだ子供だけど、知識の量ならそこらの錬金術師よりもずっとあった。棚に並んでいる様々な素材の中から僕が頼んだ物を間違わずにちゃんと持ってきてくれる。
古川君がネフィを造ったのは僕たちが高校生の時。彼の血液を元にして作られたせいか、生まれた時点で当時の古川君の頭の中にあった知識を丸々受け継いでいたのである。
「『よかぜのはて』と『しるふさんの羽』もってきたよ!」
「ありがとう」
「こまったことがあったらねふぃになんでも言ってね」
「うん」
ネフィの言葉に南瓜の煮物がつい脳裏に浮かんでしまい、僕は首を横に振った。結晶作りに集中しないと。