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たこ焼き(前)

ワイは空気を吸って今日も生きてます。

 さて、どうしよう。僕は三枚のチケットを見詰めながら、ひたすら悩んでいた。


「お兄ちゃん、それなーに?」

「水族館のチケットだよ。もらった」


 ネフィにそう説明すると、「すいぞくかん!」と目をキラキラと輝かせた。ネフィは実はまだ水族館に行ったことがない。

 いや、正確には一度だけあることはある。ただし、ネフィが生まれて間もなく、まだ自我もほとんど芽生えていない時だ。一つの命として生まれたネフィはこの時点ですでに二、三歳の肉体を持っていたけど、中身は空っぽに近かった。古川君に何を言われても、ぼんやりした表情で見返すだけだった気がする。

 古川君は自分のホムンクルスの誕生に狂喜乱舞し、ネフィを連れて水族館だけでなく、遊園地や動物園など子供が好きそうな施設をはしごしまくった。


 その際、僕は「もう少し成長してからでいいんじゃないの?」と彼に聞いた。親友のぶっ飛んだ行動を心配する気持ちもあったし、「この野郎」という気持ちもあった。僕もなぜか、その旅に同行する流れになっていたからだ。

 学生とは言え、ホムンクルスの女児を連れているとは言え、男二人で遊園地やら水族館を巡るのである。アニメショップに行くのとは違う。どう考えても地獄を感じるスケジュールを見直して欲しかった。


 そして、古川君からの返答は「我慢できないんだもん……」の一言だった。特に深い理由はなく、自分の欲求も抑えられない友人の我儘に付き合わされるという事実に、僕は一瞬目の前が暗くなった。

 僕を道連れに選んだ理由は聞かないことにした。恐らく、女の子と行ったらネフィを優先しすぎて痴話喧嘩が発生するし、長時間一緒に遊びに行くような男友達は僕以外にはいなかったからだろう。親子(と言っても創造主とホムンクルスの関係なのだが)水入らずで遊んでこいと言いたかったけど、結局僕もついていった。

 何だかんだで僕には友人と明確に呼べる人物が古川君しかおらず、誘われたこと自体は嬉しかったからである。


「お兄ちゃん、これどうしたの?」


 懐かしい思い出に浸っていると、チケットを凝視しながらネフィが不思議そうに聞いていた。


「前に水族館の人が流水結晶をたくさん作って欲しいって僕に依頼したの覚えてる?」

「あっ、おさかなさんとかたこさんのかたちした『けっしょー』いっぱいつくってたね!」

「そう、それ」


 詐欺紛いの被害に遭ったせいで急遽大量の流水結晶を調達しなければならなくなった水族館の依頼を引き受け、急いで流水結晶を作った時があった。今回のチケットはそのお礼のようなものだと同封されていた手紙に書かれていた。

 報酬は僕が提示した金額よりも割高でもらうことになっていて、僕にしてみればそれだけでも十分なお礼だ。が、せっかくなので水族館にきて楽しんでもらったらどうかと言う声がスタッフの中から挙がったらしい。


「さんまいあるよ、ちけっと! ぱぱとお兄ちゃんとねふぃの三人でいけるね!」

「うーん……」

「お兄ちゃん、すいぞくかんにがて?」

「ああ……いや……」


 ネフィに聞かれて即答できずに思い悩む。僕が作った流水結晶が使われている水族館だ。どうなっているか見に行きたい気持ちは強い。

 しかし、首を縦に振れない理由が僕にはあった。


 先日、僕はある映画を観た。アクション系映画で、主人公は某国の元スパイで世界の危機を救うために異世界からやってくる魔物たちを次々と倒していく内容だった。

 主人公は様々な場所で魔物と遭遇する。近所のスーパー、幼稚園、アニメショップとお構いなしに魔物は現れる。

 そして、水族館にも現れた。タコのような見た目をしたその魔物は水族館内の水槽をすべて叩き割り、中にいた魚などを解放してしまった。

 溢れ出す水に飲まれていく人々。


「それが本当に起こったらどうしようって怯えてた時にこのチケットですわ」

「それはいくらなんでも被害妄想暴走しすぎじゃない? そんなこと行ったらスーパーにもアニメショップにも行けないでしょ」

「そうは言うけど、すべての生物は海から生まれた存在であって、始まりが海なら終わりも海だと僕は思ってるから……」

「何でかな~。君、たまに知能指数低くなるんだよねぇ。僕は結構面白くて好きだけどさぁ」


 自分でもどうしようもない不安感を帰宅した古川君に打ち明けたところ、彼はひどく困惑してしまった。


「アンバー君、水族館行かないの? 二人より三人で行ったほうが楽しいと思うよ」

「????? ネフィと古川君と、もう一人誰か誘えばいいんじゃないの……」

「待って。君このチケット何でもらったか忘れてない?」

「何でって僕の……」

「だったら、君が行くこと大前提じゃないのかなぁ!? 君と家族みたいなもんな僕とネフィが行くのは百歩譲って分かるとして、最後の一人が僕の知人とか居たたまれないからね!?」


 古川君の悲痛な訴えを聞いて僕はハッとする。そうだ、これ僕に来て欲しくて送られたチケットだった。


「こういう機会あんまりなかったから、ピンとこなかった。僕は固定メンバーかぁ……」

「それに魔物出たとしても僕がいるんだから何とかなるよ」

「頼もしいけど、出てきたらトラウマになって二度と水族館に行かない気がする」


 古川君ならそこらの魔物など1ターンで始末できるだろうけど、僕としてはまず出てくること自体が問題だ。ゴキブリに近いものがある。ゴキブリは水槽をぶち壊したりしないけど。


 今の時期は気分的にあまり行きたくない。しかし、わざわざもらったチケットを使わないわけには行かないし、あまり日を跨ぐのもいい印象を与えないだろう。

 少し日にちが経った頃に行って、「仕事が忙しくて行く暇がなく、やっと時間を作れました」なんて言い訳するわけにもいかない。遠回しに「お前がチケット送り付けてきたからスケジュール狂ったべや」とイチャモンをつけているようなものだ。

 そもそも、二日前にもアニメショップに行って、推しのキャラソンを買った僕に言う資格はない。


「……古川君は魔物が出た時に瞬時にカタをつけられるようにフル装備してくれる?」

「ガチな武器持っていたら悪目立ちしそうだから隠し武器持っていくよ。仕込み杖的なの……」

「じゃあ、行こうかな……」

「ほんと!? やった~~~~~!!!!!!」


 事情を知らない人間が聞けば物騒でしかない会話をしているうちに、僕はうっかり行くと言ってしまっていた。まだ決心していないのに、話の流れで本当に、うっかりと。


「じゃあ、ネフィにも言ってくるよ! やっぱりアンバー君も行くって!!」

「……行ってらっしゃい」


 古川君が滅茶苦茶喜んでるし、まあいいか。



 



 

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