生姜焼き弁当(後)
生姜のすりおろしをたっぷりぶちこんだタレに浸けた豚バラを焼き、千切りキャベツを敷き詰めた白米に乗せる。
その他にはおかずもない、全体的に茶色い弁当が二つできあがってしまった。僕と古川君の分だけということで、栄養もへったくれもない男飯である。
米と肉中心で、唯一の野菜担当キャベツも栄養面を考えたわけではなく、タレが染みたキャベツは美味しい。ただそのために入れただけだった。
「お昼用の飲み物も用意したよ」
「何?」
「ジンジャーエール」
「ヒュ~」
甘い炭酸ジュースに生姜焼きを乗せた白米。
野郎二人だからこそ許される禁断の組み合わせである。
甘辛いタレが染みた肉とキャベツと米を一気に掻き込み、咀嚼して飲み込んだらジンジャーエールを煽る。
どうして、生姜焼きはこんなにも米と相性がいいのか。というより、肉が米と仲がよすぎる。タレやら肉汁やらを吸ってくたくたになったキャベツも美味しい。
そして、それらを嚥下したあとに飲むジンジャーエール。甘い炭酸水がいつもより美味しく感じる。
「うわぁ、何これ。めちゃくちゃ美味しいよアンバー君」
「うん。正直生姜焼きだからってジンジャーエールはありかなって思ってたらけど、全然美味しいね」
「うちの親父が見たらぶん殴りそうな組み合わせって感じ。背徳の味がする」
「背徳の味……」
この安物の弁当箱には罪深さも詰まっていた。安物と言っても蓋の部分に炎熱結晶の欠片を埋め込んでいる。そのおかげで温かいままのご飯と生姜焼きが食べられるのだ。
自然の中で食べるご飯は美味しい。などと、僕たちにそんな情緒など存在せず、二人して来期のアニメの話をしていた時である。
古川君の動きが止まった。
「アンバー君静かに。誰かいる」
「誰か?」
古川君は魔物に対して「誰か」という表現は使わない。動物と同じように「何か」と言う。
ということは、人間がいるのだろう。しかも、古川君が少し警戒している様子からして、魔法省の人ではないのかもしれない。
素早く弁当を片付けて草むらに隠れる。すると、遠くから人の声のようなものが聞こえてきた。
しかも、複数。
声が近付くにつれて、足音も混ざり始める。古川君はどうやって彼らを感知したのだろう。聞いてみたい気もするけど、真顔で剣を握って集中しているので邪魔をしないことにする。
男性が三人、女性が二人の計五人の集団だ。男性たちは剣やら斧やらを持っていて、女性たちは小さめのリュックを背負っている。
「よし、この辺でいいな」
「魔物も大したことがなかった。あとは葉っぱを採ってずらかるだけだな」
「でも、魔法省の見張りも緩いわねぇ」
どうやら彼らは香蜜草目当てでここにやってきたらしい。女性二人が香蜜草をもいでリュックの中に入れていく。
男性たちはリュックから何枚か摘まむと、それを美味しそうに食べ始める。それからすぐに緩んだ表情になったのを見て僕はぎょっとした。
「どうしたの?」
それに気付いた古川君が耳元でそう聞いてきた。
「あの香蜜草食べてる人たち、結構な中毒者だと思う。あれ、中毒者特有の顔だし」
「うーん。売り捌くためにきたのか、自分たちの分を確保するためにきたのか……」
「あの人たちどうする? 魔法省に連絡いれる?」
普通の麻薬と違って香蜜草絡みの事件は魔法省が担当している。まあ、そもそも魔法省によって一般人は立ち入り禁止となっているこの山に入った時点で、魔法省案件なんだろうけど。
僕の質問に古川君は首を横に振った。
「魔法省というか、ここの管轄の部署にはもう連絡してるよ」
「えっ、いつしたの」
「君があいつら見てる時。迷宮の中じゃ無駄な時間割いてらんないから連絡は早くできるようにしてんの」
さすが。こういう時の行動は早い。
魔法省の人も今こちらに向かっているようなので、あとはあの集団がこれ以上何か危険なことをしないか見張るだけでいいようだ。
そう安心していた時だった。
「うわわわ、何だこいつ!?」
不法採集集団が騒ぎ出した。魔物が現れたのである。ここは迷宮がある山だ。魔物が出現すること自体は何らおかしくもない。
問題はその魔物が卵のような本体から無数の触手を出している気持ち悪い見た目であり、その触手が彼らの体に巻き付いていることだ。男たちが剣や斧で攻撃しても効き目がまったくと言っていいほどない。
「えぇ~~~……何この突然の触手プレイ……むさい野郎に触手が群がってる光景見てもキツいだけなんだけど」
「でも、一部の層には需要あると思うよ古川君」
「まあ他人の萌えは自分の萎え、自分の萌えは他人の萎えって言うけどさぁ。あんな魔物僕でも見るの初めてだよ」
うえぇ、とめっちゃ引いてる古川君。そりゃ古川君は見たことがないだろう。
「あの魔物、僕は本で見たことあるよ。香蜜草を大量に摂取した人間は普通の人とは違う汗を分泌するようになるんだって。その汗が好物の魔物があれって書いてあった」
「へぇ~~」
基本的に凶暴でもないから、ああやって好物が現れない限りは出てこない。あんなキツい外見でも魔物の中では温厚であり、レア度は高い。
人間襲っといて温厚も何もないだろって話だけど、香蜜草を食いまくったほうが悪いと思う。思うのだけど、さすがにこのまま放置しておくのが人間としてアレなので助けたほうがいいだろう。
あの触手、物理攻撃は効かないけど、魔法はバンバン効く。特に炎をぶちかますとよく燃えるらしい。
しかし、あの卵っぽい中身がどうなっているのか解剖したい気持ちもあるので、ここは一つ魔法攻撃もできる古川君に卵を極力焼かない程度に頑張ってもらいたい。
との旨を本人に伝えたところ、
「ダメ。僕はまだ動かないよ」
こんな回答が返ってきた。
「えっ……加減が難しいようなら一思いに殺してもいいよ」
「いや、助けることは助けるけど、もう少し待とうよ。ほら、あれを見てみな」
古川君の指差す先には触手に捕まっている女性二人の姿があった。
「こんな光景この先一生二度と見れないかもしれないじゃん。いい? 企画とか撮影とかなしにガチで触手に襲われている女の子の表情! それを見てアンバー君は何とも思わないの!? 僕は思うよ!! 僕は自分で女の子を穢す趣味はないけど、他の奴に穢されるところを見る趣味はあるの!!」
世間的にはドクズと言われても仕方のない古川君の結構ヤバい性格、実を言うと僕は好きである。正直、友達の縁は切るべきかもしれないと思いつつも、女性たちが魔物に襲われているのは自業自得だし、古川君の好きにさせてやることにした。
「でも、古川君。ヤバいと思ったらすぐに助けに行くんやで」
「分かってる分かってる」
「うわ……嬉しそう。良かったね」
「うん」
魔物に舐められまくってる者たちの悲鳴を聞きながら古川君は元気よく頷いた。
数分後。
「それじゃあ、行ってくるね」
「行ってらっしゃい」
ヤバいと思ったので、触手を燃やすべく古川君がのそのそと茂みから出て行った。
不法採取集団の身ではなく、僕たちの精神が耐え切れなかったのである。
野生の触手に人体が蹂躙される光景は思ったより萌えなかった。というか、普通に触手が気持ち悪すぎて古川君は女性に意識を向けることができずにいた模様。
魔物は古川君が右手から出した炎によって丸焦げにされて死に、ちょうどその直後に魔法省の人たちが駆け付けた。
なので、僕たちは後片付けを魔法省の人たちに任せてさっさと帰ることにした。ネフィが家で待っているし。
「アンバー君、今日の夕飯何?」
「魚介以外にしようよ。触手見たから生臭そうなのあんまり食べたくない」
「エグすぎてびっくりしたね」
「ただ、あれで興奮する人はいると思うよ」
「超級者……」
「古川君だって言ってたじゃない、自分の萌えは他人の萎え、自分の萎えは他人の萌えだって」
山を下りた頃には既に辺りは薄暗くなっており、葡萄色の空には数多の星が輝きつつあった。
「あの星たちみたいにこの世には数え切れないほどのせいへ……萌えがあるんだよ」
「うん……」
「そんな顔して泣くなよ……」
「何か興奮できなかったことがすごい悔しくて……」
「大丈夫だよ。僕だって相当きつかったし」
この日の夕飯は肉じゃがになった。




