サンドイッチ(五)
「騒がしい場所が嫌いってわけではないんですよ。ただ、食べるのも飲むのも花見るのも大勢とじゃなくて、一人か気を許した相手とかじゃないといまいち楽しめないというか。それでも、俺たち新入社員の歓迎会も兼ねての花見って感じだったんで……」
「そういうことなら古川君に相談すればよかったのに……」
「いやいや、あんた……直属の上司に自分の歓迎会行きたくないって言えるわけないでしょ」
「古川君、僕みたいなのと一緒にいるから結構寛大ですよ」
絶対無理だと首を横に振る柊君に僕も首を横に振った。古川君はわりと自分勝手に生きている人なので、「他の人も自由に生きていいじゃん」と思っているタイプだ。無理強いをするのもされるのもそんなに好きではない。
去年も柊君みたいな新入社員がいて、泥酔した上司の話を延々と聞かされた挙げ句、具合が悪くなって帰ろうとした。が、上司にこれも仕事のうちだと言われて帰してもらえず困っていたところを、古川君がその上司の頭をビール瓶で殴って黙らせた逸話が存在する。
立場的に古川君が上だったからこそできた荒業だったが、彼は新入社員の頃にデートを優先して上司との飲み会を断りまくった実績がある。なので、柊君が悩みを打ち明けたところで古川君が苦言を呈するはずがないのだ。というより、権利がない。
しかし、柊君も人混みに疲れたなら、一人になるのが一番のはずなのにどうして僕についてきたのだろう。そこが少し疑問だ。同じ人見知りの存在を探知したとでもいうのか。
じっと柊君を見詰めながら考えていると、柊君と目が合った。
「あ、すみません。ずっと見てしまって……」
「別に謝らなくていいですよ。こっちこそすみません、ついてきてしまって。一人になったらなったで、女性陣が話しかけてくるんで誰かと一緒にいたほうがいいと思ったんです」
ものすごい嫌みのような悩みなのだが、本人にしてみれば死活問題なのだろう。心底疲れ切った様子で語る柊君に僕は相槌を打った。
古川君が明るい系のイケメンであるなら、柊君はクール系のイケメンと言ったところか。当方、いまだにモテ期なるものを味わったことがないので二人の気持ちをあまり理解できない身である。
女の子たちに人気があるということは嬉しいことであると同時に大変なことでもあるんだなと、年下の青年の顔を見て僕は思った。
「あっ、見えました。あれが病気になってる桜の木です」
「えっ、あれ桜?」
「桜です」
柊君が困惑した声を漏らすが、桜と言ったら桜である。数メートル離れたところで見る限り、桜ではなく茶色の枯れ木なのだが、それも病気のせいでああなってしまっている。
しかし、花が枯れてしまう病気なわけではない。木の側まで近付いてみるとそれがよく分かる。
淡い薄紅色だったはずの花弁は目玉のような模様が無数に浮かび上がっていた。しかも、目玉はギョロギョロと蠢いている。遠くから見ると枯れ木のように見えたのは、白眼の部分が薄茶色になっているからだった。
花を咲かせる植物のみ発症する病気で眼花病。幸い、他の木にまで移る感染タイプではなく、木そのものを衰弱させるわけでもないけれど、見た目がとにかく最悪になる。
「うっわ……エグい……」
柊君がドン引きしている。眼花病は珍しい病気だし、病気のことを知る人もあまりいない。ただ、花を扱う職業の人たちにとっては大きな天敵だ。
荷物の中から如雨露と、水が入ったペットボトルを取り出して、如雨露に水を移していると、柊君が不思議そうに尋ねた。
「その水……何ですか?」
「砕いた樹木結晶と眼花病の菌を死滅させる薬を混ぜたものです。薬は無色透明だから、この緑色の粒みたいなのは全部樹木結晶なんです」
「樹木結晶?」
「眼花病の薬は効き目は強いんですけど、副作用というか植物も弱らせてしまうんですよ。なので、樹木結晶を砕いたものを栄養剤として一緒に撒くんです」
「………………」
気のせいだろうか。柊君の目がすごく輝いているような。新しい沼ジャンルに出会った時のオタクみたいな顔をしている。
「でも、まあ……よくある治し方なので……珍しくもなんともないので……」
「そうなんですか。俺、錬金術には疎いので……」
「あ、いや、錬金術楽しいので……色々難しいけど、始めるとわくわくしますから……是非……」
「は、はぁ……?」
まずい。会話に困って錬金術を勧め始めている自分に気付く。自分が大好きなものに相手が興味を持っていると知ると、積極的に勧誘するというオタクの血が騒いでしまった。是非って何だ、是非って。
その後、何だか気まずい空気の中、花見の会場に戻ってハーレムを作っている古川君に声をかけ、僕たちは一足早く帰ることにした。
夜に通販で頼んだゲームが届くことを僕も古川君もうっかり忘れていた。指定配達時間までに自宅に帰らなければならない。僕たちは慌てて車に乗り込んだ。
発進した車の中で僕は古川君の顔色が悪いことに気付いた。誰かに毒でも盛られた?
「どうしたの?」
ネフィが後部座席で眠っているので、小声で聞いてみると古川君は「怖かっただもん」と呟いた。
「え? 何かあったの?」
「上杉君がびっくりするくらい怖かったです」
柊君だったらあの後、僕の作ったフルーツサンドを食べていたし、帰り際には「今日はありがとうございました」と言いながら笑っていたし、特に怖い印象はなかったような。しかし、古川君によるとそれが怖いのだという。
「僕もマリアちゃんも露花ちゃんも上杉君が笑うところなんて初めて見たからね。去年の夏くらいから顔は見てたけど、その間笑顔なんて一回も見てないから……」
「それはびっくりだ」
「君に親近感覚えたのかもねぇ。花見に参加するって言った時は無理してるんじゃないかなって思ったけど、彼は彼なりにいいことがあったみたいでよかった」
「いいこと……」
よく分からないけど、柊君がいいことがあったと思えたのならそれはきっといいことだ。そう思いながら僕は欠伸をして目を閉じた。今夜のゲームに備えて今のうちに仮眠をしなくては。




