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サンドイッチ(二)

 古川君の車に乗せられて出発する。古川君は車には僕とネフィ以外は乗せない。女の子を乗せたあと、何か私物を落としていったり、香水の匂いが残されているためだという。古川君の場合、不特定多数の女の子と仲良くしているので、誰か一人を乗せてしまうと後に大変なことが起きると真剣な表情で語られた。


「僕との関係を遊びだって割り切ってる子ならいいけど、自分以外の女の子とは遊ばないでって言う子もいるからさぁ」


 そうは言うけど、古川君。普通は浮気を容認するような子なんてあまりいないと僕は思うし、そんな『そういう子も中にはいるんだよね』的な口調で言うのはおかしいのではないだろうか。

 でも、一度乗っただけで香水の匂いが染みつくというのは少し意外だった。匂いってそんなに強いんだと感心していると「違う違う」と苦笑される。


「香水を座席シートに少し染み込ませるんだよ……こっそりとね……」

「こわ……嘘だよね……」

「あの執着心がたまんないんだよね……」

「こわ……」


 幸せそうに語る古川君に鳥肌が立った。と、禍々しい空気を払拭するかのようにネフィが「みてみて!」と声を上げた。


「お山でっかいの!」


 窓の外からは青とも茶とも言えない曖昧な色の山が見えた。車も気が付くと山道を走っている。花見会場までもうすぐだ。


「アンバー君はいつから仕事始めるの?」

「着いたらすぐにでも始めようかな。どういう状態なのかも気になるし」

「……お兄ちゃん、いっしょにおはなみしないの?」

「う……」


 ネフィに寂しげな声を出されるのに弱い。だけど、僕は古川君と違ってあくまでも仕事をするために行くのであって、飲み食いを楽しむためではない。

 仕事は楽しんでやるものだとよく言うけど、それとはまた違う『楽しむ』だし。


「いいじゃん、アンバー君。仕事の先でも後でもいいから櫻景色を楽しんでおきなって」


 悩んでいると古川君にそう言われた。


「でも、仕事終わるの遅くなって置いてけぼりにされたら立ち直れそうにない……」

「え1? 置いてけぼり!? するわけねぇだろ、そんなの! 僕めちゃくちゃ最低な奴だろ!!」


 一抹の不安を打ち明けたところ、ものすごい勢いで否定された。


「仕事しにきた親友こんな山の中に置いて帰るとか僕そんな血も涙もない人間じゃないからね……」

「そうなんだ……よかった」

「そうなんだって君ねぇ。というより、僕ガンガン酒飲むから帰りの運転お願いしたいんだけど」

「……!? 別にいいけど……」


 僕がハンドルを握れば、この車のどこかに傷が付く。仮免十二回落ちた僕をこの人は過大評価していないだろうか。

 人は絶対に怪我させちゃいけないって思ってるから人身系は絶対にやらかさない自信あるけど、この車には思い入れがそんなにないので一思いにいく可能性が高い。

 また一つの悩みができてしまった。


 今のうちから心の中で古川君に謝っていると、会場に到着した。小さめの駐車場にはすでに何台も車が停まっていたし、降りて外に出るとどこからか喧騒が聞こえてくる。居酒屋でよく聞くアレだ。


「お兄ちゃん、おてつだいするね」

「あ、いいよ。僕一人で持てるから」

「おてつだいいっぱいするから、おはなみしてほしいの……」


 これ花見に参加しなかったら罪悪感で命を落とす奴だ。今にも泣いてしまいそうなネフィの顔を見て僕はそう悟る。


「じゃあ……少しだけ、なら」

「やったー! お兄ちゃんありがとう!」

「うんうん。そうしたほうが楽しくていいよ」


 そうは言うけど古川君、今にも中指を立てそうな顔をしている。

 こういう時の彼が僕に言わんとしている言葉は二パターンある。「ネフィを泣かせるやつぁ友だろうが拳をお見舞いしてやる」か「おっと、それは僕の地雷解釈だ……腹割って話し合おうや」だ。

 今回は前者と言える。この場合なら僕がだいたいネフィに配慮を欠いた言動をしてしまっていることが多いのですぐに反省するが、後者なら僕も握り拳を作って相手を待ち構える。僕も古川君もアニメや漫画に関することに対しては、一切互いを配慮せずに発言するので生傷が絶えない。


 荷物を持って会場に行くと桜の木が満開になっていて、どこもかしこもピンクだらけだ。僕が桜が綺麗だなと思う理由の一つが、その色だろう。ピンクと言っても「ピンクッッ!!!!!!」と自己主張するような過激なピンク色ではない。目に優しい。

 その代わりその桜の木の下で飲んでいる人々の顔が真っ赤に染まっていた。何杯飲んでいたのか、呂律が回っていない人もいる。


「見て見て、アンバー君。すごいのがいる」


 古川君にそう言われて視線を向けた先には、ネクタイを頭に巻き付けて豪快に笑っている人がいた。


「本当にすごい。ネクタイターバンだ……」

「ほら、ネクタイターバンに絡まれてオッサン怠そうな顔をしてる……」

「ネクタイターバンなんて本当にいたんだ……都市伝説かと思ってた」

「え、君がびっくりしてんのそこ?」

「うん」

「あれを都市伝説なんかにしちゃったらUFOが可哀想でしょ……」


 魔法技術が発達したこの世界だけど、宇宙の謎はまだまだ解けずにいる。なのでUFOはいまだに実在するものなのかよく分かっていない。


「いや、得体が知れないって共通項があるわけであって……」

「だってUFOは写真とかビデオ撮っても許されないけどネクタイターバンは許されないよ。勝手に撮ってるのバレたら訴えられる……」

「……でも、痛車の運転手ってたくさんの人に注目してもらいたいものだって誰かが言ってた」

「まあ、あれは……え? まさか、UFOも宇宙人の痛車みたいなもんだって言ってるの? アンバー君!?」

「あっ、ぱぱ! マリアお姉ちゃんいたよー!」


 UFO談義になっていた僕たちにネフィがそう教えてくれる。

 マリアさんたちが使っているレジャーシートは黄金色で、ぶっちゃけ桜よりも目立っていた。




 



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