サンドイッチ(一)
春は何を着て外に出ればいいのか一番迷う季節だと思う。三日連続で寒い日が続いたので今日も寒いだろうとダウンジャケットを着てすごく後悔したのは昨日のことだ。
日差しはそんなに強くないのに歩いているだけで暑いし、家に帰ってからも暫く体の中に溜まった熱を逃がすことができなかった。まだ春なのに扇風機を取り出すか真剣に迷うくらい悩んだ。
アニメ雑誌の発売日だったから本屋に行ったのだけれど、店員には火照った顔をした暑そうにしているオタクとして捉えられただろう。
見苦しいものを見せてしまい、何だか申し訳ない。なので、漫画も一冊買った。僕も楽しみができたし、本屋も儲かる。win-winの関係だ。
結晶作りは気温や湿度に影響されやすい。なので工房の中は疾風結晶を使って一定の温度に保っているからいいけど、外の世界はやっぱりそうもいかない。天気予報を見るのってすごく大切なことなんだな。僕はそう思い知らされた。
「よく女の子が愚痴るんだけど、ファッション雑誌で今の時期にぴったりコーデ特集ってあんまり役に立たないらしいんだよね」
「何で? あまり服の組み合わせが好きじゃないとか?」
「ううん、服はめっちゃいいんだけどさぁ……ほら、ああいう雑誌って東京辺りで作ってるじゃん? 関東の気候を参考にしてるから東北民にはまだ寒いというか……春と言っても結構な差があるもんだよ」
こういう会話を以前古川君とした記憶もある。この季節だから寒い暑いという概念を頭から外す必要がある。春でも寒い日があれば暑い日も存在するのである。
大事なのは気温だ。春用コーデじゃなくて、17~20℃コーデを紹介して欲しい。できれば、安物の服で。
「え……それはファッション雑誌に甘えすぎでしょ……」
僕のファッションに対する熱い思いを語ったところ、古川君に引かれたのはたった今の出来事である。
「君、今時じゃ小学生だって洒落てるのにどうしてそんな他力本願なのさ」
「だって…………………………………服ってそんなに大事?」
「そんな『どうして人間は生きないといけないのですか?』って聞くような顔しないでよ……ほら、個性だよ、個性。古川君はこういう服着る人なんだな~~~へぇ~~~イケメン!! とかあるじゃん」
「そういうものなのかな……」
「そういうものなの。服っていうのはとても大事な物なんだから服を安物で済ませたり、コートとかダウン着てるからって下に超ダサい服着て仙台駅辺りを歩いちゃいけない。もっと……自分を大事にしないと……」
自分を大事に……。
まさかたかが『春って何着ればいいか本当に分かんない』なんてくだらない議論でそんな道徳的な言葉が聞けるとは思っていなかった。
はぁ~と古川君の服論に目から鱗状態になっていると、ずっと部屋に籠っていたネフィがびゅんっと飛んできた。
「ぱぱー! お兄ちゃーん! きょうはこれきてくの!」
ネフィは桜の花びらが生地に散りばめられた白いワンピース姿だった。うん、とっても可愛い。三十分くらい何を着ていく悩んでいたようだけど、決まってよかった。
古川君が真顔でスマホを構えようとしたので僕は止めた。
「別にまた家出てもないのに撮らなくても」
「でも、この神聖な姿を前にして僕の手は無意識に写真を撮らねばという使命感に駆られてしまい……」
「落ち着けよ……」
朝からシャッター音がうるさい。
「ねふぃかわいい? いっしょうけんめいえらんだの」
「うんうん! すっごく可愛いよ!」
「えへへ、これでさくらさんにあいにいくの」
「えへへ、桜だけじゃなくて男どもが全員ネフィに夢中になると思うけど、ネフィに触ろうとする奴は僕ガ殺すから安心してね」
四月になると魔法省では花見が行われる。ただ、魔法省は仙台支部だけでも相当な社員がいるので、複数の場所で開かれるし、部署によって日にちも異なる。
古川君がいる迷宮探索部の花見は今日。場所は仙台市内ではないということだけお伝えしようと思う。魔法省の人間とその家族以外には知られていない秘密の場所らしい。
そんな花見に僕も行くことになった。ホムンクルスとは言え、古川君の娘であるネフィは当然として、なぜ僕も同行するのか言えば僕もそこに行く用事ができたからだ。
用事というよりは仕事だろうか。ネフィに近付く男への殺害予告をしている友人のストッパーとしてではない。
「それで僕は何を着ていこう……今日どっちかって言えば寒い気がするけど、さっきニュースみたら女の子たち短いスカートだったし……」
「おしゃれは我慢だからねぇ」
「お兄ちゃん、がんばって! かっこいいふくきないとおはなみ行けない!」
「厳し……」
サンドイッチの具考えてるほうが楽だったかもしれない。食事は一応魔法省側からも出るそうだけど、持ち込みは各自自由だった。持っていくべきか、持っていかないべきか。少し悩んでから僕は食パンを買いに行った。あってもなくてもいい、ならあったほうがいいだろう。
サンドイッチはもう作り終わっている。あとは僕が着ていく服を決めるだけだった。だったけど、もう面倒臭くなってしまって錬金術師ローブなるものに決めた。
「よし……」
「本当にそれでいいの? アンバー君……」
「うん、一応仕事で行くわけだし」
「でも、お兄ちゃんそのふくがいちばんにあってるね」
錬金術師ローブは錬金術師になったら国から贈られるもので見た目はただの白いローブだけど、布地に魔法がかけられているおかげで、あらゆる熱や冷気を遮断してくれる優れものだ。要するにローブの中は常に快適な温度ということになる。
さすがにこれで外を歩くのは抵抗があったけど、今回は仕事なので仕方ない。自分にそう言い聞かせることにした。
「まあいいや……アンバー君そういうところは無頓着なんだって伝えてはいるから……」
「えっ、どこに僕の情報発信してるの」
「僕の部下。ほら、四月から四人僕のところに入ってきたんだよね。一人はマリアちゃん」
「マリアお姉ちゃんもいるの?」
と、ネフィが嬉しそうに反応する。僕はともかく、さすがに大人が大勢いる花見にネフィは……と及び腰だった古川君に連れてくるようにと説得したのは、マリアさんだったらしい。
初対面はどうなるかと思ったけど、仲良くなれたようで本当によかった。




