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親子丼(後)

 流水結晶の原材料は主に三つ。ウンディーネの毛髪、白糖花の朝露、氷晶の瞳である。


 ウンディーネは四大精霊の一人で、水を司る。普段は水の中に棲んでいて体は半透明。水に魂が宿って生まれたような存在なので、体も水でできている。それから、稀に人と恋をすることよって人と同じ肉体を得るという珍しい性質を持つ。

 流水結晶の材料になる毛髪は水のままのウンディーネからもらうもので、見た目は透明な絃を束ねたような感じだ。けれど、水の魔力を練り込んで作った手袋を着用しないと、掴むことすらできない。元から多く水の魔力を宿した人魚族マーメイドでなければ、そのまま掴もうとしてもすり抜けてしまう。シャワーのノズルから降り注ぐ水を横から触ろうとする感覚に近いかもしれない。


 白糖花は砂糖の原料としては用いられている。見た目は真っ白な薔薇のようだけど、やや肉厚な花弁の中にはたっぷりの水分が含まれる。水分を抜き切って一週間ほど乾燥させると、花弁が形を保てなくなって砂状になる。これが砂糖だ。

 元は異世界産の植物だけど、今はこちらの世界でも作られている。味は砂糖きびで作ったものとほとんど変わらない代わりに、白糖花の砂糖は非常に栄養価が高い。だから同じ量で普通の砂糖の倍近くの値段で販売されている。

 異世界では迷宮探索や魔物退治をする人たちにとって手早く摂取できる栄養食で、何も加工しない状態でも食べられることからお菓子代わりにもなっているそうだ。僕も一度花弁の状態を食べたことがあるけど、表面はパリッとしていて、中は柔らかく瑞々しい花肉。花肉は砂糖水を染み込ませたような甘さだった。食感だけなら葡萄やさくらんぼに近いかもしれない。


 で、白糖花そのものの説明がずいぶん長くなってしまったけど、この植物は明け方になると花弁の表面から水を排出する。これが白糖花の朝露。見た目は雨が降ったあとの光景といったところか。花弁の表面に雫がいくつか乗っている。

 朝露はしばらくすると蒸発してしまうので、その前に採取しなければならない。僕は庭に白糖花を植えていて、自分で採ったものを使っている。


 最後、氷晶の瞳。野球ボールぐらいの大きさの球体で雪のように白い。けれど、一部分だけが丸い薄青の模様がある。その見た目が眼球のようだということで、この名が付いた。何かの目玉というわけではない。触ると氷のように冷たいし、温かい場所に置いていると溶けて水になってしまう。

 正体は海に棲む貝のような生物で目玉のような部分は外敵から身を守る役割を持っている。熱には弱いけど衝撃には非常に強い。模様の中心にはよく見ると小さな穴が開いていて、そこから海中に漂うプランクトンを取り込んで食べているそうだ。そして、中にいる本体は死ぬと体が水と同化してしまい、この殻だけがこうして残される。それを僕たち錬金術師が素材として使わせてもらっている。


 これら三つをすべて溶解の壺に入れて溶かしていく。すると水が少しずつ青くなってくる。氷晶の殻の色素が溶け込んでいるからだ。


「それで……えーと……」

「お兄ちゃん、どうしたの?」

「形、今回は指定きてるんだ。できれば魚とか海の生き物の形っぽいのにして欲しいって」


 壺の中をお玉でぐるぐる掻き回しているネフィにそう答える。

 流水結晶も飾りの一種に用いたいらしい。代わりの結晶を精製してくれる錬金術師を捜していた理由の一つにはそれも含まれる。

 水の魔力を注いだ結晶の素を壺の中から取り出して、宙にぷよぷよと浮かせる。その一部を千切り取って、魚のようなものに変えているとネフィが「すごーい!」と目をキラキラさせた。


「おさかなさんかわいーの!」

「ありがとう」


 魚だけでは物足りないから、他にも作っていく。タコ、イカ、ヒトデとか。その度にネフィが名前を挙げていくので、ちゃんと形になっているようだ。試しにナマコを作ってみたら「でっかいみみずさんだね!」と言われたので、これは没にすることにした。

 全部青いのがちょっとちょっと残念だ。濃淡を変えることは可能だけど、色そのものを大きく変える技術はまだ開発されていない。それができたらもっと楽しめるのだけれど。


 形が決まった流水結晶を定着の壺に入れて、そしたらまた別の結晶の形を作っていく。それを延々と繰り返していくと、机の上には完成した流水結晶がたくさん積み上がっていた。目標としていた数よりもいくらか多い気がする。いろいろな形を作るのが楽しくてハマってしまった。


 悩みつつも完成品の画像や水を出しているところの動画を撮って、お客さんにメールで送るとすぐに返信が返ってきた。『想像以上の出来です。今すぐ受取に行きたいです』という文章にホッとする。


 あとは他に注文がきている結晶を箱に詰めて……と考えていると外から車の音がした。どうやら古川君が戦場から帰ってきたようだ。休憩を取るついでに工房から出て見に行く。


「ただいま~~~~!! なんかめっちゃ買ってきた!」


 そう言いながら車から荷物を出す古川君のテンションは高かった。うるさい。聞けばスーパーは主婦がいっぱいだったそうだ。


「スーパー超最高!!!!!!!! もう肩と肩が触れ合った瞬間、恋が始まると思ったし!!!!!」

「卵は?」

「大丈夫大丈夫。ちゃんと守ったから」


 言葉通り、袋から取り出された卵パックは無事だった。よかった。


「ぱぱおめでとー! おつかいがんばったね!」

「ネフィ~~~~~~~!!」


 笑顔で飛んでくるネフィに古川君は持っていたものをすべて投げ出して両手を広げた。そう、すべて投げ出した。何の躊躇いもなく。

 ぐちゃっ、と地面のほうから嫌な音がした。


「あっ……」

「あっ……」







 醤油やみりん、出汁を混ぜて作ったタレの中に卵液、先に軽く焼いた鶏肉を入れて軽く煮込む。半熟程度で火を止めて丼の中に敷き詰めた炊き立てご飯の上に載せる。中心に生の黄身を落として、三つ葉もぱらり。余った白身は鶏ガラスープの中に葱と一緒に具として入れた。

 古川君が鶏肉も買っておいてくれてよかった。最初はオムライスにしょうかと思ったけど、何故か三つ葉も買っていたので親子丼にすることにした。


「うまっ! 鶏肉香ばしいし、卵がふわとろなんだけど」

「たまごおいしいよ! すーぷもおいしい!」


 ネットでレシピを見て最後に黄身を落としてみたのは成功だった。味をまろやかにしてくれるし、黄身そのものにコクがあって美味しい。さすが、開店セールとだけあっていい卵を扱っているようだ。

 三つ葉の苦みも合うけど、七味を少しだけかけて優しい味にピリッとした辛みをなかなかいい。辛いのが苦手な古川君は賛同してくれなかったけど。




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