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親子丼(前)

 行きつけのスーパーが開店十周年セールなるものを本日日曜日に開催することとなった。二、三日前にチラシが入っていたのだけれど、その格安ぶりは歓喜を通り越してもはや恐怖である。「閉店を開店って誤字ったとかじゃないよね? 怖い……」と古川君が怯えていたので、僕は「閉店十周年なんて祝わないと思う」と答えた。

 ちなみに僕はこの日に限って流水結晶の注文が大量に押し寄せて午前中は結晶を精製するだけの生き物に成り下がるしかなかった。

 というわけで戦場には古川君一人で行ってもらうことになった。古川君は「ネフィも一緒に行ってくんないといかない!」と、ネフィを助手にする気満々だった僕に抗議した。

 それに対してのネフィのコメントがこちら。


「おつかい一人でいけるひととけっこんするー!」


 先日、某おつかい番組を観た影響と思われる。

 満面の笑みを浮かべてそう言い放った一人娘に古川君は「アンバー君、お使いメモちょうだい」と僕に言ってきた。扱いやすくて本当に助かるし、この人は現世のうちに結婚できるのかと疑問も生まれた。

 とりあえず買ってきてほしいものリストをチラシを見ながら作成する。別にこんなもの、メールかLINEに送れば済むのでは……? と疑問を覚える僕に古川君はメモ帳での作成を要求した。


「五歳児がメールとかLINE見ながら買い物するのは何か違うと思う」


 真剣な表情で訴える友達に、僕もどう反応を返せばいいか分からない。僕の記憶が正常ならば、彼は僕と同い年のはずである。


「古川君……」

「おつかいって言うのは親が書いたメモを見ながら頑張って買うものなの! 僕は臨場感を出したいの!! ネフィに褒められたいの!!!」

「臨場感……」


 前々から思ってはいた。この人は……この人はわりと馬鹿な生き物だ。けれど、この熱意に応えなければ僕も友達とは言えない。

 僕は親指を立てた。


「全力出してみる」

「こういうのに全身全霊で協力してくれるところがすごい僕の友達って感じがするんだよなぁ」


 五歳児向けのおつかいメモなら買うものは全部ひらがなで書くのが前提条件だし、そんなに難しいものは書かない。

 だが、しかし。目の前にいる男は成人式を終えて数年経っている大人。あまりにもイージーすぎる内容は物足りないかもしれない。

 ここは辛くて思わず茨城に住む彼の両親に頼りたくなるようなヘルモードを……。


「できたよ」

「どれどれ」


・米十キロ

・美味そうな肉

・特濃牛乳

・卵1パック

・使いそうな野菜

・ネフィが喜びそうなおやつ


 考えた結果、古川君にはこれがベストな気がした。普段、この家の台所は居候である僕の支配下にある。そもそも古川君は料理をあまりしない。そんな人間にとって一番大変なのは『自分で何を買うか考えて買う』ことだ。

 そんな僕の読みは当たったようで、古川君は早速難解な顔をしている。


「君……これはどぎついよ」

「米十キロあるけど卵割らないでね」


 昼ごはんが強制的に卵料理になってしまう。


「それもあるけど、肉と野菜の部分適当すぎない???? 僕に何を望んでるわけ?」

「特には……」


 この人が何を思い、何を買ってくるのか。正直言うと僕はそれが今から楽しみだった。予測のつかなさがワクワクさせる。


「何だろ……おつかいという名の動物実験やらされる心地になってきたぞ……」

「ぱぱ、がんばってね」

「う、うん」


 彼が一番不安がっているのは、ネフィが好きなおやつを正確に買ってこれるかだ。これはサービスのつもりで書いたのだけれど、「もし違ってたらどうしよう」と心配しているようだ。余計なことをしてしまった。


「やだ……娘への愛が試されてる……?」

「元気出しな」

「あっ」


 僕が指定した物を買ってくれれば、あとは古川君が欲しいものでいいとメモの一番下に書き足すと喜んでくれた。買いすぎはよくないから千円までに設定する。


「そんだけ使えると結構買えたりするんだけどいいの? 君と僕のおやつ買ってもお釣り返ってくるよ」

「僕のはいいよ。君の好きに買ってきて」


 これはあくまでも一人で行ってきてくれる古川君へのご褒美とお礼を兼ねたものだ。自分の物を選んでもらいたい。


 さて、そろそろ古川君には旅に出てもらいたい。今回のセールに目を付けているのは僕たちだけではないはずだ。今頃は近所の主婦たちが全員戦略を練りながら、スーパーを目指しているだろう。遅れをとってはならない。

 古川君死なないといいなぁ。ただし、特濃牛乳が半額なのは本当にレアだから、四肢のうち一本失ってでも買ってほしい。


「ぱぱ、いってらっしゃーい!」

「パパ、おつかい頑張るからね。帰ったらいい子いい子って頭撫でてね」


 娘相手に出す声じゃなさすぎて引いてる。この声は狙った女の子を確実に落とす時に出すものだ。


「生きて帰ってくるんやで」

「なんかあったら怖いから電話するね」

「うん。結晶作ってるから多分出れないよ」


 十キロの米が待ち受けているので、いつものように徒歩ではなく車で出て行った古川君。帰ってきた時、彼はどんな顔をしているだろうか。


「お兄ちゃん、お兄ちゃん、りゅーすいけっしょーたくさんつくろうね!」

「うん」


 基本的に魔導結晶は全種類ある程度多めに作って在庫にしている。突然の大量注文がきた時に備えてのことだ。

 だけど、昨日の夜に届いた流水結晶の注文数はその在庫数を遥かに上回るものだった。しかも、一ヵ所からの大量注文だ。お客さんは異世界の人のようで、今度向こうで水族館を開くそうだ。


 そのために大量の流水結晶をある錬金術師に注文していたらしいけど、実際に送られてきた結晶はすべて手作りとは思えない見た目も悪い品ばかりだった。精製には時間がかかりと言われ、数週間待ったというのにだ。怒ってその錬金術師の元を訪ねれば、その住所には誰もおらず、結晶も機械で大量生産されたものだと発覚した。

 最近、ちょくちょく聞く錬金術詐欺というやつだ。ニュースにも取り上げられていて、社会問題になっている。


 幸い、金銭にはまだ余裕があるから、代わりの結晶は揃えられる。けれど、水族館開館のスケジュールに間に合わせるには流水結晶を二日ほどで揃える必要がある。

 質がよく、それで大量の結晶。今から複数の錬金術師に頼んで何とか掻き集めようかという話になり、知人にもいい錬金術師がいないかと相談してみたところ、一人の錬金術師の名前が挙がった。

 それが僕だった。

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