カレーライスのあとの牛乳寒天
古川君は冷蔵庫からデザートに作っておいた牛乳寒天を用意していた。マリアさんにもあげたいと言うので了承する。
そういえばマリアさんはどうして家にきたのだろう。それが判明したのは、いくらか打ち解けてネフィと美味しいと言いながらマリアさんが牛乳寒天を食べていた時だ。
「私、今月から朧様の直属の部下になるの。今夜はその挨拶にきたのよ」
「えっ、そうなの? 僕もそれ初耳」
古川君は迷宮探索部の人だ。彼の下に就くということはマリアさんも迷宮に探索しに行くのである。僕より年下なのにすごい。
「その剣術において右に出る者はいない。その光り輝く剣を振るい魔物を切り裂くその姿はまさに剣聖。そんな朧様のお側にいるのはこの私なのよ」
「お姉ちゃんもつよいの?」
「あ、強いよ。マリアちゃんは高校、大学と魔導師選手権に出て毎年優勝してたくらいだし」
「すごいね! お姉ちゃんなんでもまほーつかえるの!?」
「ええ。火、水、土、風、木、雷、光、闇。すべての魔法が使えるわ。何て言ってもウンディーリナ家の長女だもの」
自身ありげに頬笑むマリアさんを見て僕は少しだけ気になった。マリアさんはウンディーリナ家、ウンディーリナ家とことあるごとにその名前を出す。
けれど、あまり好きじゃないように聞こえるのだ。自分の家のことが。なのに、何度も口に出す姿に妙な引っ掛かりを感じる。僕だったら好きじゃないものはあまり名前を出したくないし、考えたくもないのに。
「今日は美味しい夕飯をご馳走してくれてありがとう。デザートも嬉しかったわ。私、牛乳が大好きだったのよ」
玄関前で青い傘を開きながらマリアさんが頬笑む。外はまだ雨が降っていて小さな雨音が夜の中から聞こえる。
古川君が送っていこうかと尋ねると、「あなたの部下になる女が一人で夜道も歩けないでどうするのよ」と返ってきた。何だか強い。
「お姉ちゃんまたね。またかれーたべようね」
「え、ええ。分かったわ、ネフィ」
けれど、ネフィにそう言われて顔を真っ赤にしているその姿はやっぱり年相応に見える。僕の隣でそれを見ながらにやけている古川君が気持ち悪い。
「あ、あと、あなた」
「は、はいっ」
「……何て言うの」
「えっ」
「だから名前よ、名前! アンバーって言うのは朧様のあだ名でしょ。本名は?」
「……雨宮です」
「雨宮ね……じめってしてそうな名前ね」
僕も時々そう思う。
「でも、私は好きよ。……雨」
「あ、ありがとござ」
「それじゃ、次は魔法省で会いましょうね朧様」
「うん、またねマリアちゃん」
僕の礼の言葉は遮られ、マリアさんは最後に古川君に別れを告げるとそのまま歩き出した。青い傘と水色の髪が夜に溶け消えていく。
カレーはもういいから牛乳寒天を食べよう。タッパーいっぱいに作った牛乳寒天を皿に載せて戻ると、テレビではオルゴール師の新商品の開発を取り上げていた。
アナウンサーが掌に乗った金色に光るオルゴールを不思議そうに眺めている。そのオルゴールの振動板には透明な疾風結晶で埋め込まれている。
『ぜんまい、回してみてください』
『はい、では失礼して……』
オルゴール師に言われてアナウンサーがぜんまいを数回回すとシリンダがゆっくり回転を始めて、シリンダの突起を弾いた振動板から音が流れ出す。
アナウンサーが驚いたのはその直後だった。オルゴールが流れ始めたと同時にオルゴールから柑橘類の香りが漂ってきたのだという。
香りの正体は疾風結晶だ。振動板には少量の魔力が練り込まれており、音を鳴らす時に魔力を放出する。それによって疾風結晶が発動するように作られていた。
アナウンサーが驚愕したのはそこだけではなかった。
『香りを宿した疾風結晶なんてどこで手に入れたんですか!?』
『そこは企業秘密です。少しだけ明かしてしまうと、凄腕の錬金術師が協力してくれたんですよ。結晶もオルゴールそのものも商品化するにはまだまだなんですがね』
『で、でも、それにしても……!』
苦笑するオルゴール師と絶句するアナウンサーの映像を観ながら牛乳寒天を食べ進める。カレーをたくさん食べたあとだから、その優しい甘みに心と体が癒される。かと思いきや、固める時に入れたみかん(の缶詰のみかん)の甘酸っぱさもあって美味しい。今度はみかんじゃなくて、他の果物を入れて作ってみたい。桃とかいちごとかで。
そう思っていると、一緒にテレビを見ていた古川君が変な顔をして僕に聞いてきた。
「……そういえばさ、なんか最近工房みかんとかそっち系の匂いしない?」
「うん、材料だから。今日も一日それに一球入魂状態だったんだ」
「……ちなみに何結晶?」
「疾風結晶」
昨日のうちに他の魔導結晶の在庫は補填して、例の疾風結晶ばかりを精製していた。調整とかがまだ全然上手くいかないから魔力を無駄に消耗してしまったけど、いずれは量産化できるようにしたい。
オルゴールの疾風結晶を振動板に埋め込むことによって、僅かに音の質が悪くなる点に関しては必ず克服してみせると言っていた。僕は僕のできることをしないといけない。
「え、え~~~~~? 君さぁ、君さぁ……」
古川君が脱力してテーブルに突っ伏した。
「ほんっっっっともったいねーなぁ~……」
彼が何を言いたいのかは何となく分かる。けれど、これが僕なんだということをしっかり理解しているからこそ、直に言おうとはしないのだ。僕のことを気にかけてくれる反面、僕の考えもちゃんと尊重してくれるのだから、ありがたい友達だなと僕は思うのである。