カレーライス(三)
僕は一杯目は目玉焼き載せカレー+ソースを食べる。ソースは小さな椀に少量確保していたので、マリアさんから借りる必要はない。フォークで黄身を軽く突くと膜みたいなのが破れ、鮮やかでとろとろの黄身を溢れ出すのでルーと一緒に頬張る。我が家の中辛カレー(林檎のすり下ろしも入ってる)がさらにまろやかになって美味しい。そこにソースを一部分にのみ少量投入すると旨味のある酸味が現れる。
あっという間に一杯目が終わったからおかわり。次は福神漬け+醤油。醤油はソースのように椀に確保済みだ。
真っ赤な福神漬けをカレールーとご飯と一緒にスプーンで掬って、ぱくっと一口。福神漬けの甘じょっぱさが不思議と辛いカレーに合う。カレー単体では味わえないしゃくっという食感もいい。
醤油は純粋にしょっぱい。それがいい。味の濃いカレーにしょっぱい醤油が訪れて味の殴り合いが始まると思いきや、カレーの味を引き立てている。カレーうどんなんてものがあるくらいだ。カレーは和食風味な味にも変身できる。
ネフィとマリアさんを見てみれば二人とも黙々と食べていた。けれど、その目と表情を見れば感想なんて声にしなくともだいたい分かる。
食べ物はこうして食べてみないと分からないものがいっぱいある。だから食べるのが楽しい。
「……ネフィって言ったわね」
「?」
スプーンを操る手を止めてマリアさんが口を開く。
「目玉焼き、美味しい。……馬鹿にして悪かったわね」
「あのね、あかいのとおしょーゆとってもおいしかったよ。ねふぃもいっぱいおこってごめんなさい」
ネフィも素直に頭を下げる。
「私は……怒られて当然だから。それから、あなたにも謝らないと」
「僕?」
話振られると思ってなかった。
「以前、いろいろ酷いこと言ったのに全然怒らないし、こうしてカレーもごちそうしてくれたし……ありがとう。そして、ごめんなさい」
「あ、そのこと……僕自身忘れてたから気にしないでください」
僕としてはさっきの口論が気になったし、結果的に二人が仲直りしてくれたならそれでいい。古川君はそんな二人を優しそうな目で眺めている。君だって自分のために二人が喧嘩するより、仲良くしているほうが嬉しいじゃないか。
申し訳なさそうに謝るマリアさんにそう告げて、空になった僕の皿に米を盛り、カレールーを追加しに台所に行く。
戻ってくるとマリアさんは両目をかっ開いて叫んだ。
「あなた何杯食べるつもりなの!??!?!?!!!?!!?」
大丈夫、大きめの鍋で作ったからマリアさんがおかわりする分は十分ある。
マリアさんが白目を剥いていたけど、何も僕だって毎日カレーを何杯食べるような暴食生活をしているわけではない。今日はたまたまだ。
魔導結晶の精製に魔力は付き物だ。精製する数が多ければ多いほど消耗する魔力の量も増えていく。
今日は少し作る量が多かったため、僕の中にある魔力も大分使ってしまった。魔力の大量消費は危険を伴うもので、体が何とか失った魔力を補充しようと生気を魔力に変換し始めるのだ。
魔力なんて時間経過で徐々に回復していくのに、一気に消耗してしまうと勝手に体が何とかせねばと余計なことをし始める。強力な魔物との戦闘ではそれが有利に働く時もあるけど、結晶作りで生気をガンガン失って倒れてしまうのは考えものだ。怪我を癒す魔法はあっても、生命力そのものを回復させる魔法は存在しない。
僕の場合は特異体質のようで、食べたものをそのまま魔力に変換する体になっている。魔力そのものを火に例えるなら、食べ物は薪のようなものだった。
……等の説明をマリアさんにすると、呆れたようにため息をつかれた。
「あなたが錬金術師ということは認めるけど、結晶を作った程度でそうなるなんてやっぱり根本的に魔力が足りていないんじゃないの? いくつ作ったの?」
「十個です」
正直に答えるとマリアさんはぎょっとした様子だった。
「十個!? 普通は二十個は精製できるものよ。一日にそのくらい作ったくらいで魔力が尽きるなんて、魔導結晶売りとしてあまりにも少ないわ。うちのウンディーリナ工房の錬金術師たちなんて四十個以上の精製が可能なのに……いえ、言葉がすぎたわね」
「大丈夫です。あ、ちょっと席外します。あと一杯だけ……」
最後は何も載せずかけず普通のカレーにしよう。そう思いながら皿を持って台所に行くと、なぜか古川君もついてきた。おかわりかと思って皿を寄越すように手を差し出すと「いや、違うから」と言われた。そういえば手ぶらだ。
「アンバー君、十個しか作ってなくて魔力切れ起こったってマジ?」
「うん」
「えっえ~~~~? だって君、百個精製してもけろっとしてんのに十個でバテるもんなの?」
「今日はいつもと違うの作ってたんだ」
これで五杯目。今日はこのくらいにしておこう。カレーは恐ろしい食べ物だ。炭水化物を大量摂取する上に、何杯おかわりしてもおいしい。食べたあとに体重計に乗ってはいけない食べ物ベスト10に絶対入ると思う。
鶏肉、豚肉、牛肉。何でも肉は美味しいし、野菜は人参もじゃがいもも玉葱も柔らかくなって美味しい。隠し味どころじゃないくらい入れた林檎のすり下ろしのおかげで辛みはあってもフルーティーな味に仕上がっている。