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カレーライス(二)

「ねふぃ、このお姉ちゃんきらい」

「見た目は可愛いくせに中身は生意気なホムンクルスね」


 リビングの空気がとんでもないことになっているからあまり近付きたくない。台所でカレールーを箱から出していると、古川君がやってきた。カレーの手伝いはいいから、あの二人を何とかしてほしい。


「大変よ、アンバー君」

「何が?」


 大変なのは僕も十分に理解している。


「今僕めっちゃ嬉しい。僕のためにここまでギスギスしてくれるのってこんなに心温まることだったんだって初めて知っちゃった……どないしよ……」


 そんなにやけ顔でそんなIQ低いことを言われても困る。それにこの状況はどう考えてもハートフル要素ないし。

 ちなみに言うならネフィが怒っているのは僕が何やかんや言われたからであって、別に古川君のために起こっているわけではない。むしろ、マリアさんと仲良くしている裏切り者として認識している可能性も高い。この場合、古川君はただ巻き込まれたのに近いので今回は少し同情せざるを得ない。

 ただ、僕もしてもどうしたらいいか分からない。本当に気にしていなかったので何度もネフィにはそう言っていたのだけれど「お兄ちゃんはダメ! やさしすぎるの!」と逆に怒られた。

 僕の地雷は相手のことをよく分かってないのにいろいろときついことを言い散らす人じゃなく、相手の思考・主張をしっかり理解した上で完全に潰しにかかろうとするタイプだ。


「あのさ、マリアちゃんのこと悪く思わないでね。あの子口がちょっとキツいんだけど、家の育て方がアレだったというか……悪い子じゃないんだよね」

「何でマリアさんはあんなに古川君を気に入ってるの? よりにもよって」

「よりにもよってって何だ、根暗男子……」


 今日の僕は失言が多い。


「でも、よく分かんない。ナンパしたのは僕からだったけど、あんなに簡単に心を開いてくれると思わなかったんだよね。すごい可愛かったから何としてでも仲良くなりたいって必死だったのバレたからかな」

「頑張ったね」

「うん」

「褒められることではないと思うけど」


 とりあえずルーを入れて掻き回し、林檎のすり下ろしをいっぱい入れてカレーは完成したので二人でリビングに戻る。まだネフィとマリアさんが睨み合っていた。


「やめて、二人とも。喧嘩するくらいなら僕を構ってよ」

「ぱぱはだまって」

「朧様、今大事なところだから静かにしててくれないかしら」


 古川君のこの説得に応じたらどうしようと思っていたから、二人の最高にクールな返答に少し安心した。


「私は絶対にカレーは福神漬けにしょうゆ派よ」

「ねふぃはめだまやきとそーすだもん」


 でも、喧嘩の話題がすり変わっている。僕の話はどこに行ってしまったのだろうか。確かに台所からのカレーの匂いは食欲をそそるものだけど。

 僕もそろそろお腹が空いてきた。


「目玉焼きとソースなんて何考えてるのよ! だったら目玉焼き単体でソースかけて食べなさいよー!」

「あかいのはにんじんだけでいいんだもん! おしょーゆ入れたらかれーがしょっぱくなっちゃう!」

「まあまあ、マリアちゃんもネフィも。僕はどっちも好きだから……」

「どちらかを選びなさい、朧様!」

「どっちもはダメー!」


 八方美人は時に痛い目に遭う。高校時代の担任が言っていた言葉が今僕の脳裏に蘇る。カレーの食べ合わせ如きでこんな泥沼な展開になるなんて僕も古川君も想像してなかったと思うけど。

 二人に挟まれた古川君を置いて台所に行く。まずは目玉焼きを二個焼かなければ。僕も話聞いていたら食べたくなった。透明だった白身が真っ白に染まって、黄身も少し固まったところでおしまい。カレーに載せるなら半熟のほうが美味しい。

 それから冷蔵庫から福神漬けを取り出す。カレーに赤いのは福神漬けしか認めない! とネフィが言うので我が家では「大人の味」とされている。

 あとは平皿に炊き立てのごはんとカレーを盛り付けてリビングに運ぶだけだ。と、思ったら古川君がひょっこり現れて手伝ってくれることになった。カレーで白熱する二人が怖くて逃げてきたらしい。

 そんな彼は僕が用意した皿を見て目を丸くした。


「あれ? 何で?」

「食べてみたほうが結論出しやすいかなと思ったんだ。それに多分、あの人お腹空いてるんじゃないかな」


 見えない火花が散るリビングのテーブルに皿を置いて行く。

 古川君、ネフィ、僕、それとマリアさんの分。君の分だと古川君が伝えるとマリアさんはきょとんとした顔になった。


「彼が君が夕飯まだだと思って言ってね」

「よく分かったわね。えっと、お腹の音聞こえたのかしら?」


 少し恥ずかしそうに尋ねるマリアさんに僕は首を横に振った。食べ物のことであんなに白熱するのはお腹が空いている証拠、それが今すごく食べたいからだって何かで聞いたことがあっただけだ。


「あ、あの、頼んでないけど………………ありがとう」

「いえ……」

「……でも、これはそっちの子の分じゃないの?」


 違います、と意を込めて僕はまた首を横に振る。その目玉焼き載せカレーも側にあるソースもマリアさんの分である。

 そして、固まっているネフィの前に置かれた福神漬けを脇に盛ったカレーも醤油さしもネフィの分。


「お兄ちゃん、これお姉ちゃんのだよ?」

「ううん、ネフィのだよ。いただきます」


 僕も最初は二人が好きだって言い張っていたカレーを用意するつもりだったけど、その最中に「そんなの美味しくないって食べなくても分かるわ!」や「きっとおいしくないもん!」と聞こえてきたので路線を変えることにした。

 人の大好きな食べ物を美味しくないと真っ向から否定するのはあまりよくないと思う。しかも、その味も知らないのに、だ。

 だからお互いに食べてみて、どうして相手がその味が好きなのか考えてみてもらいたかった。


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