キムチと桜餅(三)
「しるふさんもきむちたべたら?」
「いえ、私は辛みがあるものは苦手でして。ただ、炎様がとても美味しそうに食べていらっしゃるので私も少しお腹が空いてしまいまして……」
「だったら、桜餅食べる? まだ一つ残ってるんだよ」
「ほんとですか!?」
嬉しそうな反応だった。聞いてみれば僕が食べている時もずっと気になっていたらしい。シルフの主食は妖精と同じ甘みを含んだ花びらや蜜、新鮮な果実。要するに甘いのが大好物。調理という概念がない精霊にとってはキムチもそうなのだけど、豆を潰せるくらいまで煮詰めて砂糖を加えた食べ物は未知数らしい。
シルフのサイズだと一個は寮が多すぎるから半分に分けて渡す。もう半分はネフィにあげた。
「さくらもちおいしーね、しるふさん」
「はい! シルフは塩気があるものは苦手なのですが、甘い物と一緒に食べるとこんなに甘い物だったのですね」
「うん!」
二人の会話を耳に入れながらキムチの残りを確かめる。サラマンダーのおかげで大分消費することができた。「我は満腹だ」と言って寝始めた頃にはパックに入っていた半分以上のキムチがなくなっていた。
あとは今夜のおつまみの材料にしよう。明日は日曜日。休日の前の夜、古川君は会社を出てからまず女の子とお食事に行く。だから夕飯は彼の分は作らなくてもいい。ただ、帰ってきてから晩酌を始めるから、酒の肴を用意しておくとえらい喜ぶ。
辛いものが苦手な古川君もあれなら嬉々とした様子で食べてくれるし、定期的に自分から「あれ作って!」と言うから好物になっているのだと思う。
「小僧、いいものをやろう」
「いいもの?」
「我に美味い物をたらふく食わせてくれたささやかな礼だ」
「私からもどうぞ。サクラモチ、とても美味しかったです」
「いつか偉大な錬金術師になるのだぞ」
シルフは緑色の、サラマンダーは赤色の光をそれぞれ目の前に作り出す。その光は強さを増していき、僕の掌にゆっくりと舞い降りた。光が消えたと同時に米粒ほどの大きさの石が現れる。緑色と赤色の宝石のように美しいそれからは、とんでもない質量の魔力を感じた。
「我たちの魔力を結晶化したものだ」
「こんなに高価なもの本当にもらっていいの?」
「人間にはこれがそんなに珍しいものなのですか?」
「天然の魔導結晶みたいなものなんだ。ドラゴンとかすごい魔物の討伐の時にしか使われなくて、市場には絶対に出回らないんだよ」
「すごいねー」
この大きさでも金額にしたら相当なものになるだろう。あとで大事にしまっておかないといけない。これは売りもしないし、魔導結晶の研究にも使わない。これは初めて精霊と仲良くなってもらった宝物だ。
夜の十時。ネフィも寝た頃に、やけに疲れた表情の古川君が帰ってきた。いつもなら「ただいま」のあとは今日一緒だった女の子の話をするのに、今日は「何かみんな大変なんだなぁ」だった。何があったのだろう。
気になりながらも、とりあえず後は焼くだけだった肴を熱したフライパンに載せる。真っ白な内側にたっぷり具を詰め込んだ油揚げたちの表面にほどよく焼き色がつくまで焼いたら出来上がり。皿に盛り付けてリビングで死んだ目で焼酎をちびちび飲んでいる古川君の元に運ぶと、目に生気が戻った。
「これすっっっごい酒に合うんだよね~。僕これならキムチでもガンガンいけちゃう」
匂いを嗅いでいたら僕も食べたくなったから一つだけもらう。水分を飛ばすまで焼いた油揚げは香ばしくて、その中には細かく刻んだキムチと納豆を混ぜたものが詰まっていた。ところどころが赤いけれど、納豆のおかげで大分マイルドな味に仕上がっていて、キムチの辛みも大分抑えられている。
キムチと納豆の二つの異なる食感と、ほぼ正反対の味はどうしてこんなに合うのか。同じ発酵食品だからこそ成せる技なのか。納豆の油揚げ包みだとキムチの代わりに刻みネギでも美味しいけど、ネットで調べて見たら納豆チーズがわりと鉄板らしい。今度試してみよう。
いずれにせよ、納豆を油揚げの中に包んで焼くことそのものが大変な発明だと僕は考えるのだ。こんがり焼いた油揚げの香ばしさが納豆を爆発的に美味しくさせている。
キムチ納豆油揚げ包みのおかげで少し元気を出した古川君が、今日一緒にご飯を食べた女の子について話し始めてくれた。どうやらその子は錬金術師らしく、高校時代錬金術をやっていた古川君と話があって、今日のお食事会に漕ぎついたそうだ。
「その子、サラマンダーをずっと飼ってたんだよ。その子自体はサラマンダーをすごい可愛がってたんだけど、両親が魔導火炎をずっと欲しがってたみたいで、彼女がいない時にこっそり催促してたんだって」
魔導火炎。今日、僕がサラマンダーからもらった天然の魔導結晶のようなものの名称だ。ちなみにシルフからのは魔導疾風。
ちなみにこれらは『ギフト』という総称がある。
「だけど、いくら食べ物をあげてもおだてても一向にくれないから、ついに怒ってサラマンダーに氷水ぶっかけたらしいんだよね」
「え、サラマンダー大丈夫だったの?」
「火の精霊が人間が用意した氷水かけられて死ぬわけないでしょ。でも、それで今まで溜まっていた鬱憤が爆発したっぽくて逃げ出したんだよね。もうその子と両親で修羅場になって、ずーっと愚痴聞いててさすがに疲れちゃった」
女の子はずっと半泣きで、次に会う予定を取り付ける暇さえなかったそうだ。何というか、本当に大変だったみたいだ。その子も古川君も。
「たまにいるんだよね。精霊を手懐けてギフトをもらって金儲けをしようとする連中。そんな人間の企みに精霊が気付かないはずがないのに。ああいうのはちゃんとした信頼関係を築いて、感謝の気持ちとしてもらうんだよ。そう、僕と女の子みたいに」
例えが下手だ。でも、すっかり調子を取り戻したみたいだし、古川君がそう思っているならそれでいいと思う。
それにしても、と昼間に会ったシルフとサラマンダーを思い出す。ただ桜餅とキムチをあげただけだけど、あれでちゃんと信頼関係は築けていたのだろうか。桜餅とキムチだけで貴重なギフトを貰ってしまったことが何だか申し訳なくなってきた。
もし、またうちに遊びにきたら今度はギフトのお礼でもっといろんなものを食べさせようと思う。