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キムチと桜餅(二)

「しるふさんとさらまんだーさんは、どうしてここにいるの?」


 翅が生えた小人は風の精霊シルフ、赤い蜥蜴は火の精霊サラマンダーだ。こんな小さな体をしているけど、魔物の中でも最上級と言われるドラゴンにも匹敵する力を持っている。

 火、水、風、土。魔法や錬金術が誕生した頃、世界はこの四つの属性によって構築されているとされていた。これは四大元素と呼ばれていて、それぞれの属性を持つ精霊の存在も確認できた。

 火のサラマンダー、水のウンディーネ、風のシルフ、土のノーム。錬金術を世に広めた四大錬金術貴族の家紋はそれぞれの精霊をにモチーフしている。

 以前会ったマリアさんのウンディーリナ家は水の中で祈りを捧げるウンディーネをイメージした家紋を持つ。


「ようやく春らしい天候になってくれましたので。久しぶりに散歩をしてみようかと思ったのです」

「我はそのついでだ。我の適温時期は夏なのだが、風のがやけに楽しそうなのでついてきてみた……へっくしゅん!」


 サラマンダーがくしゃみをすると、ぼおっと小さな炎が口から出てきた。隣にいたシルフがびっくりして僕の肩に避難した。


「大丈夫ですか、炎様?」

「サラマンダーがくしゃみするところ初めて見たな。小さな火炎放射器みたい」

「ぬう……ぶえぃくっしゅ!!」

「またほのおでたー!」


 サラマンダーのくしゃみが止まらない。四月、くしゃみ。僕の脳裏に「花粉症」という言葉が浮かぶ。

 だけど、実際は違った。


「だからやめたほうがよかったのです。春はまだ炎様にとっては肌寒い時期でしょうに」

「さらまんだーさんさむいの?」

「ううむ……小僧よ、一つ頼みがあるのだが」

「何?」

「この家にはレッドペッパーはないか? 体を温めたいのだ……」


 どうやら体が冷えて鼻風邪を患っているようだった。ちなみに精霊は花粉症にはならないらしい。なのに鼻風邪は引く彼らの生態が僕はよく分からない。


 早速台所に向かい、野菜庫を物色してみる。レッドペッパー、つまり唐辛子なのだけれどあっただろうか。新しい魔導結晶の精製の材料として野菜を使うことは時々あった。流水結晶を作る時に唐辛子や黒胡椒など辛い食べ物を加えてみるとどうなるか、疾風結晶を作る時に果汁などを加えてみるとどうなるか。お客さんからの要望とかじゃなく、完全に興味本位でいろいろなやり方で結晶の精製をするのが僕の趣味だった。

 確か三日前にも唐辛子を買って、けれど他にもやりたいことがあったからそのままにしておいたはずだ。探してみると、見覚えのある赤色が目に入った。


「あった」

「本当か!」

「よかったね、さらまんだーさん」


 サラマンダーはネフィの小さな掌に乗っていた。その上には庭で育てている植物の葉っぱを布団のようにかけられている。ティッシュでもよかったけど、くしゃみをした時に吐き出した火が燃え移ってしまう恐れがあった。この葉っぱは炎に対して高い耐性があって、火で炙ってもそう簡単には燃えない性質になっている。おまけに葉そのものに発熱作用があるので、サラマンダーの冷えた体を温めるにはちょうどよかった。


「切ったほうがいい?」

「いや、そのままでいい。くれ!」

「どうぞ」


 とりあえず一本渡してみると、サラマンダーは口を大きく開けて思い切り唐辛子に齧り付いた。辛い物が苦手な人が見たら気が狂うような光景かもしれない。僕ですら口の中に唾液が溜まりまくっている。

 唐辛子に味なんてほとんどないだろうに、サラマンダーは美味しそうにポリポリと食べ進めていく。


「さらまんだーさんおいしい?」

「うむうむ、体がとてもあったまるぞ。我はこのような食べ物に目がない」

「ねふぃはからいのたべれないからいいなぁ」


 古川君が辛いのが大の苦手だから、彼のホムンクルスのネフィも辛いのは苦手だ。生姜焼きとかカレーの中辛とかは大丈夫なんだけど、それ以外は結構きついと言っていた。事実、キムチや激辛煎餅を食べている僕を見て二人で悲鳴を上げていた。餃子のタレもラー油は少なめ。おでんやトンカツには辛子はつけない。

 そうだ。サラマンダーの好物が辛いということなら。冷蔵庫を開けた僕に、肩に乗ったままだったシルフが不思議そうに尋ねる。


「錬金術師様、どうされたのですか?」

「これも食べてもらおうと思って」


 そう言って冷蔵庫から取り出したのはキムチだ。特売でお買い得になっていたので反射的に買ってしまったはいいけど、我が家には消費する人が僕一人しかいない。完食できる自信はあるものの、早く食べ終わるに越したことはない。


「サラマンダーはキムチは食べれる?」

「キムチとな」

「韓国の漬物だよ。唐辛子をいっぱい使ってるから辛いし美味しいよ」

「ほお、ではでは……」


 皿に盛り付けたキムチの匂いをサラマンダーはくんくんと嗅いで、「何やら様々な匂いがするな」と呟いた。そして、白菜をしゃくっと一口。


「おお……!」

「どうかな」

「大変だぞ、錬金術師! これは……これは何だ!?」


 困惑の様子を見せながらも、サラマンダーがものすごいスピードでキムチを食べ進めていく。出してみて良かった。


「唐辛子の辛さだけではないのだ。この赤さの中に様々な旨みが隠されている。強すぎない塩気に、生姜やニンニクの辛み。さらに魚介の風味……果実を使っているのか、微かな甘みまで……」

「すごい気に入ったんだね」

「我が今まで食べていた唐辛子は何だったのだ……!」


 ものすごくショックを受けながら食べている。まあ、唐辛子の丸かじりなら絶対こっちのほうが美味しいと思う。


 シルフはそんなサラマンダーを見てそわそわしていた。



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