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いちごパイ(三)

「どちらの世界でも人間はずっと昔から生き続けてきて、その過程でいろいろな物が生まれて大きな助けになった。それは進化と言っても過言じゃない。だけど、進化するってことは同時に怠惰になるってことなんだよ。例えばネットがあればそこにいるだけで大抵のことは調べられるし、見られる。反面、調べるにはどうしたらいいかっていう思考が欠落する」


 古川君は自分の頭をこん、と軽く指でつついた。


「そして、人はもっと楽になりたいと望むことをやめない生き物なんだ。ううん、やめられないのかな。楽という道にゴールなんてものはないんだよ。そんな僕たちをいるかどうかも分からない神様はどう思ってるかなぁ」


 古川君の呟きにも似た問いに答える人は誰もいなかった。子供も大人も口を半開きにしたまま固まるか、固い表情で口を閉じているか。

 きっと、この問いに答えられる人なんて一人しかいない。存在も不確かな神様だけだ。

 僕は昔からずっとそう思っている。


「おにいちゃんはかみさましんじてる?」


 ネフィがそう聞いてきたので僕は「多分、いるんじゃないかな」と答えた。すると、ネフィは「ねふぃもいるとおもうよ」と笑った。


「ねふぃはかみさまにまいにち『ありがとう』っていってるんだよ。ねふぃをぱぱとお兄ちゃんに会わせてくれてありがとうって」


 その言葉に僕はどう言葉を返せばいいか分からず、「ありがとう」と言えたのは数分後のことだった。なのに、ネフィは怒らずにニコニコと笑っていた。





「あの話よく覚えてたね」

「覚えてるよ。あの時講師のおっさん鬼みたいに怒り狂っちゃってたし」


 講座が終わって僕たちは食堂の奥辺りのテーブルにいた。ネフィは講座をずっと真剣に聞いていたけど、終わると糸がぷつんと切れたように眠ってしまった。きっと退屈で仕方なかったのだろう。大好きな古川君が講師をする姿を見ていたくて頑張っていたのだと思う。今は古川君の腕の中で寝ている。


「ばぱ……」

「うんうん、ネフィと相思相愛のパパだよ」


 最後に古川君が語った神様の話。あれは元は僕が高校の時にうちの学校にきた錬金術師の講師に投げかけたものだった。

 僕としては純粋に疑問だったのだけれど、講師が激怒するとは思っていなかった。当時も今も。


「錬金術は神が与えた創造の力とされてるからねぇ。君の考えは要約すると、錬金術によって人間が退化していくってことだったから神を否定するのと同じ意味だったんだよね」


 僕は神様も錬金術も否定したつもりはなかった。否定していたら錬金術師になろうだなんて思わない。それでも、錬金術師の中でも結構有名だったその人にとっては、冒涜的な言葉だった。

 たまには自分の考えを思いきり口に出してみようと思って、実践して失敗した。慣れないことをするんじゃなかったと今でもトラウマのようなものになっている。


「でも、あんなに怒ることなかったのにねぇ。僕はそういう考え方をする奴もいるんだと思って感心したもんだけど」

「それを言ったら古川君も怒られたけど。申し訳ないなぁって思ってたら何か話しかけてきて怖かったな」

「その言い方やめろよ。あの時、僕に怒りの矛先向けなかったらアンバー君がいつまでもネチネチ意味ないことで言われ続けたんだからそこは感謝するべきでしょ」

「だってクラス違うし名前も知らなかったから」

「僕そういうのあまり気にしない性格だったし」


 それは分かる。古川君の趣味は街中を歩いている時に可愛い女の子や美人な人を見かけると口説くことだ。それで大体成功して二人でどこかへ行ってしまうからすごい。ネフィがいる時はネフィのことしか考えていないけど。

 一人きりだとつい抑えきれないらしく、仕事でも昼休みにぶらりと外に出ては目当ての相手を捜すらしい。いつか未成年に声をかけて通報されないか心配だ。


「ねえ、どうして僕を最初講師にしようとしたの」

「言わなかった? 女子会に出たいからだって」

「他に理由あったんじゃないの」


 尋ねながらさっき食堂で買ったスティックタイプの苺パイに齧り付く。さくさくのパイ生地の中には苺ソースが詰まっていた。熱々なそれに一瞬舌が火傷しそうになってびっくりしてしまう。

 甘酸っぱく真っ赤なソースの中には果肉も刻まれていた。樹木結晶で作られたものと違って果物の甘さがあるのに少し安心する。

 けれど、甘いだけじゃなくて酸味もあってこその苺だ。その分、パイに甘みがほとんどないから、ちょうどいい塩梅になっている。値段のわりに結構大きめだけど、ただ甘いだけじゃないからどんどん口の中に入っていく。


「まあ白状するとさ、こういうのに出れば君の名前ももっと知られることになるかなって思ったんだよね」

「うーん……」

「本人がそういう反応するから言いたくなかったんだよなぁ。君どんだけ承認欲求ないんだか」


 そうは言うけど、別に僕がもっと世間で有名になったとしても特にいいことがないような気がする。売上は今のままで十分だと思うし、心臓に悪いから人前で注目されたくもない。

 そうなると、現状で僕は相当幸せだったりする。ネフィと古川君とのんびり暮らしているだけで楽しい。


「……僕がどんな人間か皆に知ってもらうより」

「より?」

「この苺パイがすごく美味しいってことを僕は皆に知ってもらいたいんだ」

「え~~~~? 君マジでわかんねー男だなぁ……いいや、僕にもパイ買ってきて。ネフィ抱っこしてるから動けないから」

「うん」


 ついでに僕の分をもう一つ買おう。今春の大ヒット商品かもしれない。僕は財布片手に椅子から立ち上がった。



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