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いちごパイ(二)

「古川君、その格好絶対やめたほうがいいよ。講座出る出ないとかじゃなくて、家から出ないほうがいいよ」


 当日の朝、僕は染み一つ真っ白なスーツをクローゼットから取り出した古川君を全力で止めていた。机の上には普段は使わないはずのヘアーワックスと赤い薔薇が一輪置かれている。

 その三つを活用する気満々の古川君は僕に向かって頬を膨らませた。


「え~~~~~? ネフィも女の子たちも僕を楽しみにしてるのに?」


 ちなみに彼の言う女の子とは講座に参加する小学生の子たちだ。十歳前後の女の子の前でそっちの方向で張り切るその度胸は見事なものだと思うけど、親もくるらしいので今は褒めている場合ではなかった。ホストみたいな男が講師だったなんて噂を流されたら錬金術師のイメージ問題にも発展しかねない。


 何とか説得していつもの黒スーツで出てもらうことになったけど、先行きがとても不安になった。





 魔導結晶は全部で種類あって、見た目の色や発動時の力もそれぞれ異なる。共通しているのは魔力がない人であっても念を送れば誰であっても使えることと、長い間使い続けると砕け散ってしまうということ。


①炎熱結晶:赤色。炎を起こすことができる。

②流水結晶:青色。水を放出することができる。

③大地結晶:黄色。岩石を出現させることができる。

④疾風結晶:透明。風を起こすことができたり、一定空間内の気温を操作できる。

⑤雷電結晶:紫色。電流を起こすことができる。

⑥治癒結晶:桃色。怪我などを癒すことができる。

⑦月光結晶:白色。月の光を吸収して後に放出することができる。

⑧陽光結晶:橙色。太陽の光を吸収して後に放出することができる。

⑨樹木結晶:緑色:植物を自由に操ることができる。

⑩闇夜結晶:黒色。あらゆる生物を眠りに就かせることができる。


 大雑把に説明するとこんな感じだ。一般人が主に買うのは炎熱結晶、流水結晶、雷電結晶辺りだろう。生活のために火と水は必要不可欠で、雷電結晶で起こした電気で電化製品を使用する。数百年前と違って火も水も電気も自分で確保する時代となったので、光熱費=それら三つの結晶を購入するための費用という考えが生まれた。電化製品もいくつかが魔導結晶を内蔵されたものになった。空調や冷蔵庫が代表例だ。あれには気温を操る疾風結晶が組み込まれている。


 照明を月光結晶や陽光結晶に切り替えようという研究も進められているけど、実現にはまだまだ遠い。この二つの結晶はあくまで吸収した光を放出するだけで、自分自身で光を作り出しているのではない。晴以外の日が長く続くと溜め込む光も少なくなってしまう。

 それに太陽の光は照明に使うには光が強すぎる。あれは光に弱いアンデット系の魔物への攻撃手段として作り出されたもので、日常生活に使うには少し難しい。日照不足による作物の不作を回避するための画期的なアイテムとして扱われてはいるようだけど。月光結晶はインテリア用の小さなランプとして使用されていた。


 こちらの世界の日常生活に多くの影響を与えてきた魔導結晶でも、一つだけ精製そのものが禁じられている結晶がある。それが闇夜結晶だ。魔物には通用しないけど、人であればどんな種族でも眠りに就かせてしまうこの結晶は錬金術師最悪の産物とされる。

 異世界ではこれを大量に生産、戦争時に相手国の領地に使用して国民が眠りに就いたと同時に攻撃を行ったという残虐な逸話が残されていた。その歴史を繰り返してはならないと、現在は精製の方法もレシピも一握りの錬金術師しか知らずにいる。

 異世界でもこちらの世界でも、手に入れば間違いなく強大な力になるだろう闇夜結晶の詳細を探し回っている人たちはたくさんいる。ついに発見されたなんてニュースを僕は何度も見てきた。それらすべてが偽の情報で終わっているけど、本物はどこかにある。そう分かっているから皆探すのをやめない。


 ……と、こういう感じの説明をさっきからずっと古川君がしている(闇夜結晶のことはほんの少し触れるだけで終わらせたけど)。魔法省の一室に集まった小学生とその親たちににこやかな笑顔を浮かべながら話し続ける友達の姿は見ていてかっこいい。黒スーツといつもの髪型でも十分いいのだから、本当にホストみたいな格好にさせなくてよかったと心の底から安心した。

 お母さんたちからひそひそと「かっこいい人ね」とか「あの子タイプだわ」という声が聞こえてくる。女の子もキラキラした目で古川君を見ている。そのせいか、古川君がいつもの二、三倍元気そうだった。ものすごく生きている感じがする。


「ぱぱかっこいいね」

「うん、そうだね」


 僕の横に浮かんでいるネフィが嬉しそうに小声で言うと、古川君がこちらを向いた。いい笑顔だった。僕たち結構後ろにいるのにどんな聴覚をしてるのか、あの人は。


「質問です! 樹木結晶を使えば思い通りに野菜とか果物をいっぱい育てることができると思います。でも、苺は春にならないといっぱい出ません。どうしてですか?」

「植物を操る力を持つ樹木結晶に頼ればそれらが可能だと思われることが多いけど、それは間違い。まあ、できることはできるんだけど、樹木結晶で無理矢理作られた野菜とか果物はとってもまずいんだよね」

「そうなんですか!?」


 古川君に質問した子供が返ってきた答えに驚いている。その反応を見た古川君が他の職員の人と一緒に皆に試食を分け始めた。小さくて白いプラスチック容器には赤い苺が小さくカットされた状態で載せられている。

 もっといっぱい食べたいと誰かが言ったけど、この大きさで正解な気がする。これがきっと古川君の言う樹木結晶に頼った結果なのだから。


「うわっ、何これ!」

「これ何もかけてないよね!?」

「何でこれこんなにしょっぱいの!? うわっ、ほんとにしょっぱい!」

「塩水染み込ませたの食べてるみたい……」


 ざわつく室内。狙い通りとばかりに古川君は楽しそうに笑っている。


「これは樹木結晶で強制的に育てて一週間で収穫した苺。どう? 美味しいでしょ?」

「いや、確かに見た目は苺だが、こんなものとても売り物にはならんでしょう……」

「そうだねぇ。苺だけじゃなくて、他の野菜も果物もどっかでおかしくなる。茄子なんて唐辛子並みに辛くなるし、じゃが芋はえぐみと苦みがとんでもないんだよね」

「何でこんなことになるんですか? 樹木結晶による栽培が完全なものになれば、自給率ももっと上がるだろうに……」


 親の一人からそんな質問が出る。これに関してはまだ研究が行われている最中だ。僕たちは錬金術師は、まだ錬金術のすべてを知っているわけではない。


「まあ、神様の仕業かもしれないね。『楽して生きようとするな』っていう」

「か、神様?」


 古川君の言葉は誰も予想していなかったのか、全員が呆気に取られるのが分かった。


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