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いちごパイ(一)

 この日、古川君は帰ってきて早々(ネフィを抱っこして頬擦りもしながら)とんでもないことを言い出した。


「来週、小学生たちが魔法省の見学にくるみたいなんだよね。その時に魔導結晶の講座みたいなのするからそれにアンバー君出てくんない?」

「勘弁してください……」

「どうして突然敬語を……」


 敬語にだってなる。僕の苦手なものは三つあって一つめは酒で、二つめは見た目が怖い虫(蜘蛛、ムカデ、漆黒の悪魔)。そして、三つめは大勢の前で何かをすることだ。相手が小学生であろうと古川君が小学生『たち』と言った以上、僕が引き受けられる案件ではなかった。

 断固拒否する僕に古川君は面倒臭いものを見るような目をした。


「え~、何で? うちから結構報酬出すから出たらいいじゃん。というか、出なさいって。家主命令」

「嫌だよ。僕そういうスピーチとかプレゼンとかダメだし。だから店舗持たなかったんだから」


 僕が作る魔導結晶はネット通販でしか販売を取り扱っておらず、店というものがない。その理由はただ一つ、接客ができる自信がなかったからだ。ただでさえ喋ることがあまり得意ではないのだ。

 そんな僕が客を目の前にして、質問や要望を聞いて上手い具合に返答できるのだろうか。そんな自分の姿がとてもじゃないけど想像できなかった。緊張しすぎて顔を真っ赤にするか青ざめて金魚みたいに口をパクパクさせているだけだと思う。


 講師だなんて僕にはあまりにも荷が重すぎる。考えれば考えるほど背中に冷たい汗が流れる。僕に向けられた古川君の目も次第に同情的になっていくのが分かった。


「そんな顔しなくたってよくない……?」

「……どんな顔してる?」

「インフルエンザにかかって熱が出始めた頃みたいな顔」

「講師になるくらいならインフルエンザになったほうがいい」

「お兄ちゃんせんせーやらないの? すっごくかっこいいとおもうよ!」


 すると、ずっと僕たちの会話を聞いていたネフィが口を開いてそう言った。ネフィの言葉はありがたいのだけれど、今は僕の心臓を苦しめるだけだった。古川君もかっこいいと褒められた僕に嫉妬で狂った顔をしている。

 でも、ネフィのおかげで何とか回避できるかもしれない。ごめんねと何度もネフィに謝りながら僕は深呼吸してから声を出した。


「ネフィは講師やる僕がかっこいいと思う?」

「うん! すっごくかっこいい! もっとだいすきになるとおもう!」

「だ、だってよ古川君。やっぱり僕も出てみようかな……」


 これは一つの賭けだ。ちらりと古川君へ視線を送れば「タイム!」と叫び、ネフィを降ろして廊下に出て行ってしまった。どうなるかな、と思いながら待つこと五分。戻ってきた古川君はとても爽やかな笑顔を浮かべていた。その手にはスマホが。


「ごめんね~。今の話なしってことで~~~~~!!」


 やったと思うと同時に、まさか本当に上手くいくとは思っていなかったので僕はその言葉にギョッとした。


「だ、大丈夫なの?」

「うん、OKOK。元々は僕が講師やる予定だったし。それで『うちのアンバー君使ってみる?』って言ってみたら君の都合がよければって話になったんだよねぇ」

「えぇ……?」


 どうしてわざわざ僕に代わりにやらせようとしたのか。何となくしょうもない理由な気がするし聞くのも無駄かなと思っていると黙っていると、本人が語ってくれた。 


「この日のこの時間って女魔導師の女子会やってるんだよね。僕それに出る予定だったから」

「え? 古川君って……」

「そんな『こいつ女だっけ?』って顔しないでよ。僕みたいないい男なんて早々いないでしょ。ゲストだよ、特別ゲスト。結構こういうのに誘われるの多いんだ~」


 確かに時々LINEで「今夜女子会行ってくるから夕飯僕の分取っておいて」と連絡が来る時がある。女子(のよさを語る)会の略かなと思って特に気にしていなかったけど、まさか本当に行っていたとは。

 ほんの僅かだけすっきりした気分になっていると、ネフィが不満そうな顔で古川君の頭に飛び乗った。ぐぎっと変な音がしたあとに古川君が「ギャァ」と悲鳴を上げた。


「お兄ちゃんせんせーやらないの?」

「いてて……う、うん。だからパパがやるんだ。パパのかっこいいところ見せてあげるからね」

「うん! でも、いいの?」

 

 こてん、とネフィが首を傾げる。すると古川君が「仕方ないよ」と困ったように笑ったのを見て僕は違和感を覚えた。


「……古川君、もしかして他にも理由ある?」

「そんなのないない。女子会は勿体ないけど、ネフィが見ててくれるってんならしっかり頑張らせてもらうよ」

「何か、ごめん」

「謝らなくていいよ。それよりご飯にしよ。僕もうお腹空いたし」


 ネクタイを緩めながら古川君がそう言う。その姿に罪悪感が湧いた。ネフィの言葉を利用して断ろうとしたことだってもしかして気付いていたのかもしれない。

 だから、敢えて乗せられる振りをしてくれていたといたら。そう考えると自分がどうしようもなく嫌な人間だと自覚できた。


「はぁ」

「お兄ちゃん、どうしたの?」


 古川君が風呂に入っている間、一人でぼんやりしているとネフィに声をかけられた。


「ん、何でもない」

「でも、かなしそうなかおしてる。ねふぃもぱぱもしんぱいだよ」

「僕なんて心配される資格なんてないよ」

「なんでしかくないの? ねふぃもぱぱもお兄ちゃんのことだいすきなのに」


 ネフィの真っ直ぐさが時々眩しく感じることがある。大好きといわれると何だかくすぐったい気持ちになってしまう。僕は言うのも言われるのも苦手だ。

 言われてもどう反応を示せば相手を不快にさせないか、言ってみて相手を不快にさせてしまわないかとついつい考えてしまう。女の子とネフィ限定だけど面と向かって大好きと言える古川君が羨ましく思える。


「……そうだ! お兄ちゃんもぱばの『こうざ』にさんかしようよ!」


 突然そんな提案をしたネフィに僕は瞠目した。


「え? でも、僕は受けても意味ないと思うよ。もう錬金術師やってるんだし」

「ううん。あるとおもうよ。だから、ねふぃとさんかしよ。ね? ねふぃからのおねがい!」

「わ、分かった……」


 地球はネフィ中心に回っていると本気で考える古川君をよく親馬鹿だと思っているけど、僕もそれに近いところにはあるだろう。ネフィのお願いをはね除ける術は僕も古川君も持っていなかった。




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