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第八話   『世界樹の迷宮』一階層からの卒業~子猫ちゃんとは呼ばないで~


「ギャギャッ」

 

 生き残った最後の一匹のゴブリンが、無防備にも俺に背中を向けてキョロキョロしている。

 仲間を斬り殺して逃げた人間を探しているのだろう……まあ、俺の事なんだけどね。


 俺はぶっとい木の根の陰から飛び出すと、ゴブリンの背中に向けて突進した。

 ゴブリンは肉薄した俺に気付くが、もう遅い。


「おりゃ!」


 俺は掛け声と共に全力でショートソードを振り切った。

 ショートソードはゴブリンの身体を斜めに斬り裂き、大量の血が噴き出す。

 肩口からバッサリ斬られたゴブリンは、そのまま崩れ落ちてゆっくりと血溜まりを作り出していく。


 自分でやった事だけど、いつ見ても惨憺たる光景だ。


「はぁ」


 ゴブリンの群れは殲滅したけど、ため息しか出ない……。


 俺の身体は、異臭を放つどす黒いゴブリンの返り血でドロドロだ。慣れてきたとはいえ、臭いものは臭いのだ。

 迷宮を出た後、誰が洗うと思ってるんだ!


 ……いや、俺なんだけどね。

 汚したのも、未熟な俺のせいなんだけどねっ。


 返り血を浴びない様に魔物を狩れればいいんだけど、今の俺にそんな高等技術を求められても土台無理な話しだ。

 ゴブリンを狩る度に足を踏ん張って全力で斬り付けてる俺は、毎回のように真正面から返り血を浴びている。だけど討ち漏らして反撃されるよりは百倍マシなのだ。


 はぁ……俺の知ってるファンタジーゲームでは、魔物は死ぬとアイテムを残して消える筈なのだ。

 この世界、『アイテムボックス』や『ステータス』はある癖に、変な処だけリアルなんだよな……。


 ちなみに迷宮を出てすぐの場所に、小さな川、と言うより木の根で覆われた用水路のようなものがある。

 ここの水は『世界樹の迷宮』の外周に散らばる小さな隙間から湧き出していて、『世界樹の迷宮』をグルッと取り囲む様に流れている。

 この水は何故か洗浄効果が異様に高く、魔物の血を洗い流すには最適だった。普段着などの衣類を洗うのには、痛みが速い為あまりお勧めは出来ないらしい。もちろん俺は、面倒なので全てここで洗っている。

 ついでに言うと、ここの水を飲むと一週間以上酷い下痢が続くらしく、誰も口にはしない。いくら金の無い俺でも、ここの水は流石に飲もうとは思わない。


 おっと。

 妄想に耽っている間に、斬り伏せたゴブリンが動かなくなっていた。

 俺は息を止めながら、血溜まりの中の死体に近付いて行った。

 死体を回収しなければ、お金にならないのだ。




 俺が『世界樹の迷宮』一階層でゴブリンと戦い始めて、今日で五日目になる。ベソルと共に考案した『ヒット・アンド・アウェイ』戦法を駆使して、順調にゴブリンを狩っている。


 最初はゴブリンの目を見ると足が竦んでいた俺も、今では臆する事なくゴブリンと対峙する事が出来るようになった。

 と言っても、後ろから斬り付けて逃げるだけなんだけどね……。

 もしかすると、いつもギャーギャー煩い『ウザい樹』のお陰もあるのかも知れない。頭の中で常に喚かれているので、余計な事を考えないで済んでいる。いい気晴らしにもなっているんだと思う。でも、感謝はしていない。それ以上に煩わしいのだ。


 ちなみに今は静かなものだ。昨日、樹の分際でベソルの悪口を言ったので、丸一日ムシの計に処している最中だ。嘘吐きとか悪女とか吸血鬼とか、言いたい放題叫びやがって……十分に反省して欲しいものだ。



 話しが逸れてしまったが、この五日間のゴブリン狩りで、俺は五十三匹のゴブリンを始末した。目の前のゴブリンが、その五十三匹目になる。

 戦闘にも大分慣れてきて、一対一ならゴブリンとも引けを取らず、如何にか戦える様になった。今では五匹のゴブリンの群れを相手にしても、『ヒット・アンド・アウェイ』戦法を成功させる自信がある。


 だけど『ヒット・アンド・アウェイ』戦法にも一つ、致命的な欠点がある事も分かった。それは逃亡中に、新たなゴブリンの群れと遭遇する危険性を持っている事だ。

 この五日間で一度だけだけど、二つの群れ合わせて八匹のゴブリンと同時に対峙する破目になった。

 もちろんそんな不利な戦闘をする気はなく、全力で逃げ切った。

 迷宮一階層の道幅はそれ程広くはないんだけど、それでも小柄なゴブリン相手では簡単に囲まれてしまう。躊躇して八匹のゴブリンに囲まれでもしたら、命は無い。

 この後チョコチョコと奇襲と逃走を繰り返して、半日くらい掛けて全てのゴブリンを狩り終えた。


 『世界樹の迷宮』の中は無駄に広いので、逃走中に新たな群れに遭遇する可能性はかなり低い。それでも確率はゼロではないので、十分注意が必要だ。




 そして迷宮の中で最も心臓に悪いのが、他の探索者との遭遇だった。この五日間で、二度程経験した。

 一度目の時は、入り口に入ってすぐに人の気配がしたので、慌てて飛び出して事なきを得た。


 そして二度目の時は、始末したゴブリンを『アイテムボックス』に回収した直後だ。

 まさに今、遭遇している……。


 俺の目の前には、俺と同じ様な簡素な革鎧を纏った少女が立っている。恐らく今の俺の見た目年齢より少し年下だろう。

 そして恐ろしく美形だ。まだ子供っぽさが少し残っている勝気な雰囲気の少女だけど、将来的にベソルに引けを取らないレベルの美女に成長しそうだ。


 それと目の前の少女は、どうやら俺とは違う世界から来た人間に見える。頭の上には猫の様な大きな耳があり、お尻の後ろの方では長い尻尾がピンと立っている。毛並みは少し赤みがかった薄茶色で、同色の髪の毛を頭上付近で結わえている。

 そして何故か尻尾の先端だけが可愛らしくクニャッと曲がっていて、まるでこっちを指差しているみたいだ。思わず掴みたくなるが、今はグッと堪えるしかない。


 少女は防具の下に丈の短いインナーを着ているようで、つるつるした健康そうなお腹と太股の肌が剥き出しになっていた。

 獣人は毛深いものだと勝手に思い込んでいたけど、考えを改める必要がありそうだ。

 いや、待て。待つのだ。手袋とブーツが邪魔をして手足の状態が確認出来ないし、胸元や背中も未確認だ。そもそも触診してみない事には産毛の状態も判断が出来ない。

 やはりちゃんと剥いて確かめないと、本当の処は分からないだろう。

 俺の学術的な興味は尽きないのだ。


「あまり、女性をジロジロ見ない方がいいよ?」


 おっと。

 先に少女に話し掛けられてしまった。知的好奇心のお陰で、我を忘れていたようだ。


「これは失礼。では、俺は先を急ぐので……」


 さりげなくこの場を去ろうとしたけど、猫娘が胸を張って俺の進路を塞いでしまった。

 ……これは、お触りオッケーという意味でしょうか?


 手を出す前に、まずは目視での確認が必要だ。しかし残念ながら、革の胸当てが邪魔で正確な大きさがよく分からないし、これでは触り心地も楽しめない。

 次からは、無駄な防具を外してから声を掛ける配慮をして欲しいものだ……。


 俺が張り出された胸を凝視していると、猫娘は右手に持つ短めの槍を傾けて、穂先を俺の眼前に突き出してきた。

 危ないだろ!


「アタシはココーリア・アビシニアン。ココって呼んでね」


 目の前の猫娘は、攻撃的な仕草とは裏腹に、気安い感じで名乗ってきた。

 うん、良い笑顔だ。


「俺は、ミツグ・ケンジョーだ。ミツグとでも呼んでくれ」


 俺が名乗ったのは、決して美少女の笑顔に絆されたからではない。猫人間の生態に知的好奇心が疼いただけであり、警戒心は保っている。

 それに相手が名乗れば、こちらも名乗るのが筋というものだ。


「それじゃあ遠慮なく。その装備、ミツグも『子猫ちゃんを愛でる愉快な野獣の会』の人なんでしょ? 一階層にいるって事は、新入りさん?」


 は?

 ――俺の耳が可笑しくなったのだろうか? 目の前の猫娘は、真顔でとても恥ずかしい事を言ったようなきがする。聞き間違いであれば相手に失礼なので、もう一度聞いてみよう。


「よく聞こえなかったから……もう一度、言ってくれないか?」


「もうっ……だから、あなたも『子猫ちゃんを愛でる愉快な野獣の会』の人なんでしょ!」


 どうやら聞き違いではなかったようだ。しかも疑問形ではなく、断定されてしまった。


 なんて怪し気で、なんて恥ずかしい名前の集団なんだろう……俺だったら名乗る勇気は無いし、そもそも入ろうとは思わない。

 しかも自分で自分の事を子猫ちゃんと言える度胸が凄い。尊敬に値する。

 確かに子猫ちゃんだと言えるだけの可愛らしい容姿だと思うし、実際に猫なんだけど……少し頭の中が残念な娘なのかも知れない。

 後学の為に、子猫ちゃんの意見を聞いてみよう。


「子猫ちゃん、それは、自分で言ってて……恥ずかしくないのか?」


「子猫ちゃんって、アタシの事じゃないよ! それに、これがギルドの正式名なんだから、仕方ないじゃない……」


 なんか、子猫ちゃんが真っ赤な顔をして言い返してきた。うん、恥ずかしがる顔も、とても良い。

 俺の嗜虐心が擽られる。


「いや、無理に隠さなくてもいいよ。うん、ココが可愛らしい子猫ちゃんなのは認めるよ。俺が気になるのは、自分で子猫ちゃんと名乗るのは恥ずかしくないのか、という事なんだけど、どうだろう?」


「だ、だから、違うって言ってるの。ギルドの初代マスターの愛称が子猫ちゃんだったのよ。アタシの事じゃないんだってば!」


 うん、益々赤くなって、どもりまで追加された。尻尾も不安げにパタパタ左右に動いていて面白い。

 もう一押しいってみよう。


「うん、それで現在の子猫ちゃんがココなんだね。それで、子猫ちゃんが……(ビュッ!)うおっ、危ないだろ!」


「子猫ちゃんって言うな!」


 ココは手に持つ槍を再び俺に向けてきやがった。今のは避けなかったら刺さっていたぞ。

 少しからかい過ぎたのか? いや、今代の子猫ちゃんは、少し沸点が低いのかも知れない。


「で? ミツグはうちのギルドの人なんでしょ。だったら手を貸してよね。このままじゃアタシ、本当に子猫ちゃんにされそうなのよ!」


 少し目が座っている……やはり、ちょっとやり過ぎたみたいだ。

 槍を両手で構えて、尻尾を伸ばしてバランスを取っている様に見える。よく動く尻尾だ。


 でもね、子猫ちゃん、それは人にものを頼む姿勢ではありませんよ……。


 まあ、目の前の子猫ちゃんに悪意は感じられないから、新人狩りやハニートラップの類ではないと思う。と言うより、何処か切羽詰った雰囲気を感じる。この娘、大丈夫なんだろうか?

 子猫ちゃんは良い娘みたいだから上手くやっていけそうだし、助けてあげたいとは思う。


 だが、俺は断る!


 俺は『子猫ちゃんを愛でる愉快な野獣の会』なんぞは知らないから、子猫ちゃんの勘違いだ。それに可愛い娘を助けるのはやぶさかではないけど、怪しい団体への加入は遠慮したい。


 そもそも好き好んで、子猫ちゃんを愛でる『野獣』の仲間入りなどするつもりはありません。暑苦しいし、気味が悪いだろ!

 俺はベソルと二人三脚で乳繰り頑張るのだ。

 まぁ、子猫ちゃんだけなら受け入れても良い。組んず解れつ三人四脚も乙なものだ。

 もちろん真ん中が俺である。


 とりあえず、子猫ちゃんには正直に答えて逃げ出そう。


「子猫ちゃん、残念だけど俺は『子猫ちゃんを愛でる愉快な野獣の会』の事は知らない。俺は探索者ギルドの者だ。」


「は?」


 猫娘、ココは口を開けたまま、呆然と突っ立っている。無防備なアホ面の方が年相応に見えて可愛らしい。

 良く分からんけど、ココが阿呆けている今が逃げ出すチャンスだ。


「子猫ちゃんになれる逸材はココだけだと思うよ。それじゃ、また機会があればっ」


 俺は未だに呆けている猫娘を置き去りに、後ろを向いて全速力で逃げ出した。


「え、ちょっと!」


 後ろから声が聞こえるが、気にせず走る。

 関わってはいけない集団だ……実に惜しい娘っ子だった。


「匂いは覚えたから、逃がさないわよー、わよー、わよー……」


 不吉なエコーが響いてくるが、俺は気にしない。

 ……訳がないだろ。怖えーよ!


 しかしここ数日の狩りのお陰で、俺も少しは足に自信が付いてきた。実際に走る速度は上がっているし、スタミナも付いてきた。悪路で全力疾走しても、足を痛めたりする事もない。

 この新しい身体は、実に高性能に出来ていると思う。思えば迷宮探索の初日から、かなり無茶な肉体の酷使を続けてきている。それでも骨や筋を痛めた事もないし、筋肉痛すらない。疲労は感じても朝起きれば全快している。信じられない程の回復力と成長性を持った肉体だ。

 この身体は転生ボーナスというより、この世界における対魔物戦闘用の標準仕様なんだろう。折角なので大いに利用させてもらって、早くこの世界の一般人レベルに追い着こう……。


 後ろからココが付いて来る気配が無いので、俺は足を緩めた。

 良く分からない子猫ちゃんだったけど、今日のところは可愛いアホ面に免じて許してあげよう。

 だけど次に会った時は、容赦なくその尻尾を鷲掴みしてやる!


 俺は今日の狩りは終わりにして、ベソルが待つ探索者ギルドへと向かった。

 至福の時が待っている。




----------




 さらに五日間、一階層でゴブリンを狩り続けた結果、俺はレベルアップした。



~~~『ステータス』~~~

ミツグ・ケンジョー(Lv2)  0歳  チキュー人

職能適性 魔法使い

能力適性 魔力+++

能力評価 筋力Lv2 柔軟性Lv2 速度Lv2 魔力Lv10

特殊技能 なし

所持金額 0エール

~~~~~~~~~~



 レベルアップした瞬間、俺の中で燻っていた何かが弾けて全身に広がった。

 身体が軽い。

 自分でも、急激に強くなった事が理解出来た。

 

 ――これが、レベルアップ。

 まるでもう一度、生まれ変わった様な激変だ。

 『ステータス』を見ると、『能力評価』のLvが軒並み上がっている。特に魔力の上昇が激しい。まぁ、特技は相変わらず無いので、魔力が上がっても意味ないんだけどね……。


『レベルアップ、おめでと~。これで少しは一般人に近付いたね! キャハハ』


 この調子ならもう一回レベルアップすれば、一般人平均Lv3になれそうだ。


『でも気を付けてね~。上がったレベルは1だけど、元が1だから変化が凄いよ~』


 試しに身体を動かしてみて、『世界樹』の言葉の意味を実感する事になった。


 軽く走るだけで、今までの全速力に近いスピードが出せるし、今まで重く感じていたショートソードも、片手で軽々と操る事が出来てしまうのだ。『世界樹』の言う通り、元のレベルが低いせいでレベル上昇による影響が大きいみたいだ。

 急激な変化に対する違和感は酷いけど、上昇した力とスピードに対して動体視力や思考速度も十分に対応出来ている。

 筋力、柔軟性、速度が均等に上昇してくれて良かった。そうでなければ走った時点で壁に衝突していただろう……今後とも、レベルアップ直後は要注意だな。


 暫く身体を動かして強化された身体に馴染んできた俺は、引き続きゴブリンを狩り続ける事にした。実戦での影響を確認する必要がある。


 歩き始めてすぐに四匹のゴブリンを発見した。後ろから静かに近付くと、最初の奇襲で二匹のゴブリンを仕留める事が出来た。格段に速く動けるようになっている。


『キャー、ミツグ、カッコイイ~。二匹もゴブリン仕留めるなんて、まるで探索者みたい! キャハハハ。ほらほら、速く逃げないと。ダッシュダッシュ~。キャハハハ』


 『ウザい樹』は、いつもこんな感じである。常に俺の行動にありがたいご意見を下さるのだ。たまに無視して回線を切る俺の気持ちを分かって欲しい。


 『ウザい樹』の言う通り、いつものように残り二匹のゴブリンから全力で逃げると、簡単に引き離してしまい見えなくなってしまった。少し注意が必要だ。


 そして試しに正面からゴブリンと対峙してみたら、なんと三匹相手でも互角に渡り合う事が出来た。

 一対一であれば、最早ゴブリンに遅れを取る事はまずないだろう。

 これならゴブリン相手に『ヒット・アンド・アウェイ』作戦を使う必要はもうなさそうだ。


 さらにゴブリンが相手であれば、返り血を浴びないように工夫する事も可能になった。

 これで血みどろの鎧と衣類のケアが楽になる筈……地味にこれが一番嬉しいかも知れない。


 しかしこのレベルアップによる極端な成長の持つ意味を考えると、ゾッとする。

 ここまで差が生じるのであれが、特にレベルの差が目立ち易い低レベルのうちは、自分よりレベルの高い敵にはまず間違いなく敵わないだろう。迷宮に出てくる敵のレベルについて、ベソルに聞いてみよう。


 同時に『世界樹』が役立つ可能性も見えてきた。そう、こいつがいれば自分だけでなく、敵のレベルを知る事が出来るのだ。彼を知り己を知れば百戦殆うからずである。


 俺は違和感なく身体を動かせる様になるまで、ゴブリン相手に狩りを続けた。レベルアップの影響もあり、俺の動きは絶好調だった。同じように『世界樹』のウザさも絶好調だった……。

 どうやら『ウザい樹』は「まるで探索者みたい!」と言うフレーズがお気に召したようで、一日中言われ続けた。こいつが飽きるまで、しばらくは続くだろう。まぁ、いつもの事だ。もう慣れた……。


 そして俺は外に出て身嗜みを整え、ベソルの元へと向かうのだった。

 もちろん邪魔で無粋な革鎧一式は、ここで脱いで『アイテムボックス』に収納した。抜かりはない。




----------




 探索者ギルドの談話室に入った俺は、真っ先にレベルが昇格した事をベソルに告げた。


「ミー君、おめでとう。これで一階層は卒業ね。明日からは二階層で頑張りましょう」


「ありがとう。ベソルが助けてくれたお陰だよ。ところで、明日から二階層って言うのは?」


 ベソルは笑顔で祝福してくれた。そして『世界樹の迷宮』に現れる魔物のレベルについて教えてくれた。

 どうやら迷宮に現れる魔物のレベルは、階層数と同じ様だ。一階層にいるゴブリンはLv1で、次の二階層に現れるワーウルフはLv2となる。

 また自分より低いレベルの魔物をどれだけ倒しても、レベルは上がらないそうだ。よって、Lv2になった俺がLv1のゴブリンをいくら倒しても、もうレベルは上がらないらしい。


 そういう訳で、俺はゴブリン狩りを卒業して、明日からはワーウルフに挑む事になった。


 戦利品の受け渡しを終えた俺は、いつもの様にベソルと抱きしめ合い、柔らかな感触と甘い香りを楽しむ。


「あっ、あああぁ……」


 俺の腕に包まれたベソルは、喘ぎ声をあげて歓喜の表情を浮かべながらプルプル震えている。糸を引く涎が光に反射して美しい。

 ここまで俺のレベルアップを喜んでくれるとは、正直思っていなかった。ベソルの気持ちが嬉しくて、俺も思わず強く抱きしめてしまう。


 ああ、今日も全身に押し寄せる疲労が心地良い。

 というより、ベソルに魔力を吸われてるのかな?

 昨日までは良く分からなかったんだけど、これもレベルアップの影響かも知れない。

 まぁ、喜んでくれてるみたいだし、好きなだけ吸ってくれ。

 Lv2になったお陰か、昨日までと比べて疲労感が少なく感じる。


 見送りに出て来たベソルの表情は、いつも以上に上気して色っぽかった。思わず下半身が反応してしまいそうになったが、両脚に有りっ丈の力を入れて踏ん張り、何とか堪える事に成功した。


「それじゃ、お休み」


「お休みなさい。また明日ね」


 俺は颯爽と宿へ向かって歩き出す。実は前屈みで歩く事にならずに済んで、ホッとしているんだけど、もちろんおくびにも出さない。




 俺は寝る前に、今日までの収支を計算してノートに纏めた。



今日までの精算結果(一階層卒業)

~~~~~~~~~~


前回からの繰越金額 -1,935エール


収入

ゴブリン10エールx132匹=1,320エール

1,320エールx50%=660エール


支出

お小遣い20エールx8日=160エール


残高    -1,435エール


目標金額

魔法書 5,000エール


~~~~~~~~~~



 ゴブリン狩りを続けてきて、借金も少しは減ってきた。

 ゴブリン狩り初日に死んでしまい、『帰還の魔石』の代金が余計な出費になった事を思い出す。これがなければ、かなり借金も減っていただろう。

 やはり出来るだけ死なない様に気を付ける事が、借金完済への近道だと思う。


 明日からはLv2のワーウルフとの対戦になる。敵が強くなる分、見入りも増える事が期待出来る。

 死なない様に気を付けないとなぁ。


 魔法書の購入まで残り、六千四百三十五エールだ。頑張ろう!


 明日からの新たな戦いに備えて、今日は早く寝よう。




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