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第七話   『世界樹の迷宮』一階層、二日目~友達?~


 『世界樹の迷宮』の一階層に挑み始めてから、今日で二日目だ。

 俺はゴブリンを探して、曲がりくねった道を警戒しながら進んでいる。


 ベソルと相談して作り出した作戦を元に、今日のゴブリン狩りの方法は既に固めている。

 ゴブリンは動きが素早いけど、小柄で足が短いので走るのは遅い。全力で走れば俺でも何とか振り切る事が出来るだろう。これが唯一、今の俺がゴブリンより勝っている点だ……悲しいがこれが現実である。

 兎に角ここから編み出した戦法を、俺達は『ヒット・アンド・アウェイ』作戦と名付けたのだ。


 早朝から一階層を徘徊していた俺は、本日始めてのゴブリンを発見した。

 しばらく後ろから離れて付いて行き、敵が二匹だけである事を確認した。

 新しい戦法を試すには、丁度いい数だ。


 だけど、正直言って……怖い。

 死んでも生き返るって事は分かっているんだけど、どうしても足が前に出ない。

 恐らく昨日死んだ時のおぞましい感覚が、まだ残っているせいだろう。

 

 しかしここで怖気付いたら、もう立ち向かえない気がする。

 勇気を出して……と思っても、無理なものは無理なのだ。


 魔法書を買う為に……死ぬのは嫌だ。

 借金を返済する為に……死ぬのはバカバカしい。

 ベソルの為に……ゴブリン狩ってどうすんの?


 俺はベソルの笑顔を思い出す。少し赤らめた艶やかな微笑み。

 そして、抱きしめられた時の柔らかな感触を思い浮かべる。


 早く終わらせて帰ろう。あの華奢な肢体を抱きしめたい。

 夢や目的なんかこの際、どうでもいい。

 ただ、あの感触をもう一度味わいたいだけ……。

 よし、いける!

 くだらない? エロエロで低俗な目的で何が悪い!

 勇気を振り絞るには、自分に正直な気持ちが大切だ。

 俺は所詮、この程度の人間なのだ。


 俺は腹を括り、ゴブリンの後ろから音を立てない様、慎重に近付いて行く。

 そして残り五メートルを切った処で、後ろにいるゴブリン目掛けて突進した。

 ゴブリンも俺の足音に気付くが、もう遅い。


「おりゃ!」


 俺は走る勢いそのままに、全力でゴブリンを背中から袈裟斬りにしてやった。


 そして、逃げた……。

 もちろん全力疾走である。足が縺れそうになるが、何とか堪えて前に進む。

 平和なニホンで育った俺が、魔物相手に正面から戦える筈がないのだ。

 斬ったゴブリンがどうなったのかは確認していない。手応えはあったから死んでると思うけど、今はそれどころではない。

 もう一匹のゴブリンが、後ろから追ってきている筈だ。


 分かれ道に差し掛かった俺は、死角になり易い方の道を選び、影に隠れた。

 荒い息を押し殺しながら、追ってくるゴブリンを待ち受ける。

 しばらくすると、追い付いて来たゴブリンの足音が耳に入る。

 分かれ道に到達したゴブリンには、俺がどっちの道を選んだかは分からない。迷ったゴブリンは必然的に足を止めてしまう。


 俺はその瞬間に道の影から飛び出して、全力で斬り掛かった。


「だりゃ!」


 完全な不意打ちである。ゴブリンの反応が僅かでも遅れてくれれば、俺の攻撃が当たる筈だ。

 最悪、避けられても良い。もし避けられても、ゴブリンが体勢を崩している間に、また全速力で逃げるだけだ。


 俺の繰り出した斬撃は、ゴブリンが反射的に前に出した左腕を大きく斬り裂いた。

 ゴブリンの左腕からは大量の血が噴き出し、苦痛で転げ回って暴れている。

 真っ赤に染まる腕は、肘から先があらぬ方に曲がっていた。

 俺は安全の為、ゴブリンが出血で弱るのをじっと待つ。

 そして震える両手でショートソードを逆手に強く握り締め、勢いを付けてゴブリンの心臓に強く突き刺した。

 骨を砕き、肉を切り裂く手応えが剣の柄から伝わってきた。突き刺した剣先からはドクドクと血が溢れてくる。

 意識して魔物に止めを刺したのは、これが始めだ。目の前で展開されるどぎつい風景に全身の鳥肌が立ち、血の気が引く。胃の中のものをぶち撒けそうになったけど、必死に耐えた。

 これから幾度となく体験していく事になるのだ。死にたくなければ慣れるしかない。

 ゴブリンが動かなくなった事を確認した俺は、気を静める為に大きく深呼吸をした。


 これが俺とベソルで編み出した『ヒット・アンド・アウェイ』作戦の全容である。

 俺は蝶のようには舞えないし、蜂のようには刺せません。そもそもそれが出来る人には、ゴブリン相手に特別な作戦なんか必要ないのだ。

 この作戦……と言うより唯の闇討ちなんだけど、知能の低い敵だからこそ通用したんだと思う。

 これから敵の数を少しずつ増やして、安全に狩れる範囲を確認していくつもりだ。


 この作戦を誰かに見られたら、卑怯だと言われるか、笑われるかも知れない。

 だが今の俺にはこれで精一杯だ。出来る事をやっていくしかない。


 俺は目の前のゴブリンが本当に死んでいるのかを確認しようと、思わずゴブリンの『ステータス』を確認してしまった……。


『ゴブリンの死体』……もう死んでるよ! 作戦成功おめでと~、パチパチパチ。たかがゴブリン相手にここまで苦戦するなんてね、ププッ。それに昨日の戦闘、あれ何? 一階層で死ぬ人なんて、初めて見たわ! ギャハハハッ。


 はい、笑われました。しかも腹の底から本気で笑われました……。

 ここで『ステータス』を見たのは大失敗です。やはり出て来やがりました、『ウザい樹』さんが。

 ……人が真面目に考察してるんだから、邪魔するんじゃねーよ。


『告』……ゴブリン相手に産まれたての子鹿みたいにプルプル震えちゃって、超カワイイ~。ミツグってサイコーよっ。百年に一人の逸材だ~。これからも応援してあげるから、頑張ってね~。キャハハ!


 ウゼェ~、「応援してあげる」じゃなくて、「馬鹿にしてあげる」の間違いだろ。

 しかし、こいつずっと覗いてるっぽいから、本当に暇なんだろうな……もしかして、あれか? エラそうな事ばっかり言ってるから友達いないとか? うん、間違いない。お前、絶対にボッチだろ?


 ……。


 お、図星か? そんなんじゃ、仕方ないよなー。性格悪いし、俺も相手するの止めよっかなー。


『告』……え? ち、ちょっと待ってよ。少しくらい付き合いなさいよっ。


 酷い事ばっか言うからなー。俺、傷付いたなー。(棒読み)


『告』……軽い冗談じゃないっ。もう言わないから、ね?


 ……。


『告』……ねえ、意地悪しないでよっ。ねえったら! 他に話せる人いないんだから、ムシしないでよ~。


 ……。


『告』……酷いよ~、グスッ……呪ってやる……。


『告』……呪ってやる。呪ってやる。呪ってやる。呪ってやる。呪ってやる。呪ってやる。呪ってやる。呪ってやる。呪ってやる。


 うるせぇ!

 ったく、ちゃんと相手してやるから、怖い事ブツブツ言ってんじゃねーよ……。


『告』……ホント? ミツグは……私の……友達?


 お前、本当にボッチなんだな……可哀相だから、友達になってやるよ。

 だからせめて、役立つ情報を寄越せよなっ。


『告』……頑張る~、エヘヘッ。


 樹がデレても、全く嬉しくないなあ……。


 とりあえず俺は目の前のゴブリンの死体を『アイテムボックス』に収納して、先に斬ったゴブリンの回収に向かった。

 言うまでもないけど、その後俺はずっと『世界樹』の話し相手をさせられた……。



 『世界樹』が言う事を纏めると、どうやらこいつの声が届くのは転生者の中でも特に魔力が濃い者だけらしい。『世界樹』から直接生まれてきた『転生者』の身体は、やはり色々と違いがあるようだ。

 どうもこの世界で生まれた子孫達は魔力が薄くて駄目らしく、『転生者』であっても、魔力の資質が高い事が条件となる。転生者であり、しかも『魔力+++』を持つ俺の魔力は、特別に濃厚なのだそうだ。意味分からん。


 それと『世界樹』から人間に直接声を届ける事は出来ないそうだ。人間の方から問い掛ける事で『世界樹』との間に回線が開き、魔力を触媒にして通信が成立するそうだ。どうやら俺は無意識の内に『世界樹』に疑問を投げ掛けていたらしい。

 よって俺が意識的に『世界樹』に問う事を止めてしまえば、このウザい声を聞かなくて済む。などと考えていたら、また『呪ってやる』を連呼されてしまった。とりあえず最低でも一日三回は『世界樹』に問い掛けると約束して黙らせた。


 そして『世界樹』が必死になって俺に無視されないように取り繕う理由なんだけど、どうやらこいつと会話が成立する『転生者』の誕生が、大凡五十年振りだったらしい。五十年間のボッチ生活、その間は一切の会話も無し……そりゃあ寂しいだろうし、性格も歪む事だろう。お陰で久しぶりに出会った相手への接し方も変になるし、必死にもなるだろう。うん、可哀相な奴だし、多少ウザいのは多めに見よう。調子こいたら、問い掛けるの止めればいいしね。


 最後に結構重要な事なんだけど、俺が話している『世界樹』は、俺が今生活している里の上に君臨している『世界樹』ではないそうだ。その『世界樹』から産まれた分身のようなもので、親にあたる『世界樹』の巨木の中を彷徨っているらしい。

 じゃあ「親の『世界樹』はどうしたの?」と聞いてみると、「お話しした事もないし、分かんない」そうだ。だけど、意味もなく分身を残すとは考え難いらしい。株分けしてもらった訳でもなく、まだ親の中にいる。けど探しても親はいないし、中の事もよく分からないそうだ。

 それでも分かっている事実として、この『世界樹』の身体は枯れる寸前だそうだ。しかしその最後の日が明日なのか、千年後なのかは分からないらしい……幅がありすぎでしょ?

 これ結構、いやいや、かなり重要な事な気がするよ? この里は大丈夫なんだろうか……。




 『世界樹』の乱入ですったもんだしたものの、今日は『ヒットアンドアウェイ』作戦を繰り返す事で合計十一匹のゴブリンを仕留めた。上々な結果だろう。

 ちなみにこの作戦が安全に通用するのは、ゴブリン三匹までだった。

 四匹以上の場合は、待ち伏せ後の不意打ちが途端に難しくなった。と言うのも残る三匹のどれかに気付かれてしまい、不意打ちが成立しなかったからだ。

 その場合は一度完全にゴブリンを振り切ってから、仕切り直して再度アタックする方法を取るしかなかった。面倒だけど仕方がない。安全第一である。

 今の俺にはこれが精一杯だけど、経験を積んでいけば、もっと効率的な戦闘も可能になるだろう。いや、なってくれなければ困るのだ。


 それと今日の狩りを通して分かった事だが、この作戦の最大の問題点は、迷子になってしまう可能性が高い事だった。

 今までは分岐にぶつかる度に壁の木の根に伐り込みを入れてマーキングしていたのだが、ここで『世界樹』がまた騒ぎ始めやがった。あまりにも煩いので代案を求めたら、自分が道案内出来ると言って来たのだ。試しに外に案内させると、真っ直ぐ外に出る事が出来た。

 今日始めて『世界樹』が役に立った瞬間だった。


 ちなみに迷宮の壁になっている木の根は、当然ではあるが『世界樹』の木の根だ。どんなに傷を付けても、脅威の回復力で翌日には元に戻っている。よって多くの探索者が木に伐り込みを入れてマーキングをしている。

 街でも平気で『世界樹』の木の根が採伐され、建材どころか薪にも使用されている。そうしないと、物資が少ないこの空間では、人の暮らしが成立しないからである。

 なんで俺だけ駄目なんだと聞いてみると、「友達だから」だそうだ。友達止めるぞ!


 その友達になった『世界樹』は、今日一日予想以上にウザかった。ゴブリンと戦っていようが、身を潜めて隠れていようが関係なく、所構わず頭の中でギャーギャー騒ぎ続けくれた。罰として今から丸一日は呼び出してやらない事にした。

 また「呪ってやる~」と言って騒がしかったけど、頭の中でバカ騒ぎされてる時点でもう呪われているようなものだ。やれるもんならやってみろ!


 それにしても、今日一日狩りをしてみて思うけど、俺の新しい身体は本当に優秀だ。とても最弱のLv1とは思えない。

 転生前の俺ではあれだけ走り続ける事は出来なかっただろうし、重いショートソードを振り切ってゴブリンを斬り裂く事など不可能だったと思う。

 『世界樹』に感謝……じゃなくて『親世界樹』に感謝かな?

 いやいや、そもそも俺はこの世界に無理矢理連れてこられた被害者だ。

 恨みこそすれ感謝などする必要はない筈だ。


 しかし、俺は何故この世界に連れて来られたのだろう……。

 『世界樹』に聞いても、知らないだろうな……。

 『親世界樹』は音信不通らしいし、この件は手詰まりだよなあ。

 まあいい。今は生きていく力を身に付けるのが最優先だ。


 今日の狩りはこれで終わりにしよう。

 早くベソルに作戦の成功を報告したい。


 俺は喜び勇んでベソルの元へと向かった。




----------




 探索者ギルドに戻った俺は、ベソルを見付けると足早にいつもの談話室に向かった。

 そして『ヒット・アンド・アウェイ』作戦の成功には、ベソルも大いに喜んでくれた。

 俺達は今後について話し合い、暫くはゴブリンを相手に自力を養う事になった。


 続いて戦利品の精算だ。俺はベソルの手を握り、ゴブリンの死体の受け渡しを済ませ、今日のお小遣い二十エールを受け取る。ベソルの手は小さくてスベスベして気持ちいい。


 『アイテムボックス』の中身は、所持金と同じく手を繋いで念じる事で受け渡しが可能だ。

 渡した戦利品は、翌日俺が迷宮で戦っている間に、ベソルが手続きする事になっている。だが買い取り金額を全て把握しているベソルは、この場で精算を終わらせてくれた。至れり尽くせりだ。



今日の精算結果

~~~~~~~~~~


先日からの繰越金額 -1,970エール


収入

ゴブリン10エールx11匹=110エール

110エールx50%=55エール


支出

今日のお小遣い20エール


残高    -1,935エール


目標金額

魔法書 5,000エール


~~~~~~~~~~



 借金完済には程遠いが、支出を上回る収入を得る事が出来た。

 転生二日目にしては、上々な成績ではないだろうか。

 自分の才能が恐ろしい……ちょっと言ってみたかっただけです、はい。


 別れ際に、今日もベソルの抱擁を受けて、俺の全身から力が抜けていった。

 心が安らぐ事で、高揚して気付いていなかった疲労感が、一気に襲って来るのだろう。

 俺もベソルの背中に手を回し、華奢で柔らかい身体を優しく抱きしめ返した。

 ああ、今日も柔らかな胸の感触が心地良い。


 これで今日もぐっすりと眠る事が出来るだろう……。




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