表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/31

第五話   転生二日目、探索者ミツグの始動


 早朝、一の鐘で目を覚ました俺は、身体を水で拭き清めてから出掛ける準備をしていた。

 昨夜は疲れ切っていたので食事をとって部屋に着くと、すぐに意識が遠退きそのまま寝てしまった。


 改めて部屋を見てみると、畳二畳分くらいの広さしかない。壁も薄く隣の物音が丸聞こえだ。

 出された食事もお世辞にも美味しいと言えるものではなく、まさに新人用の宿といった感じだ。


 食事のお代わりが自由な処だけは良かったんだけど、皿を持ってお代わりを貰いに行くと、筋骨逞しい強面のおじさんからきつい視線を向けられた。そして今にも襲い掛かって来そうな雰囲気で、お皿に投げ付けるようにシチューを注いでくれた。そのおじさんの視線は、俺が食べ終わるまで続くのであった……。


 俺は朝食を終え、そのまま探索者ギルドへと向かった。俺のか細い神経では、残念ながらお代わり二回が限界だった。でも朝食はしっかりと採らなければ身体がもたないのだ!

 この世界では一日に朝夕二食が普通であり、昼食を食べる習慣はない。金の無い俺が贅沢をする訳にもいかず、食い溜めして乗り切るしかないのだ。


 それでも一晩休んだ俺の身体は万全だ。昨夜感じていた疲労が、嘘の様に回復している。十七歳の若い身体に生まれ変わったお陰だろうか。


 俺の探索者としての人生が、いよいよ始まる。




 丁度二の鐘が鳴る頃、俺はギルドに到着した。開き戸を潜るとベソルと目が合い、お早うの挨拶を交わす。今日も朝から天女の様に美しい。

 どうやらすでに準備をして待っていてくれたようで、待合室を素通りしてそのまま昨日使った談話室に引き摺られていく。


 受付カウンターの奥に目を向けると、女性が一人机に腰掛けていた。見た感じ二十歳前後、いや、落ち着いた感じからして二十台中旬くらいかも知れない。ベソルとはタイプが違っておっとりした感じの、とても可愛らしい女性だ。

 ニコッと笑って手を振ってくれたので、軽く手を振り返しておいた。とても優しそうな女性だと思う。是非お近づきになりたいものだ。


 しかし俺のニホンで得ていた知識を元にすると、ギルドの中は荒くれ者と酔っ払いでごった返しているイメージだったんだけど、ここは全く違う。中には奇麗な女性職員が二人いるだけである。

 いくら低階層の南地区と言っても、探索者が俺一人という事はないだろう。他の探索者達は、何所にいるのだろう……迷宮にでも籠っているのだろうか? まあ、お決まりの如く下手に絡まれるよりは、いない方がいいんだけどね。それにしても人がいないなあ。




 昨日と同じ談話室に連れ込まれた俺は、ベソルが用意してくれた武具を早速装備した。と言っても、もちろん経験のない俺は、鎧の付け方なんか知らない。ベソルに手伝ってもらって、なんとか着込む事が出来た。

 ベソルが準備してくれたのは、初心者用の革鎧のセットだった。それは急所と関節を守るだけの簡易なもので、軽くて動き易さを重視したものだった。中古ではあるが、しっかりした作りの一品らしい。革製のアームガードとロングブーツを装着して完了だ。


 続いて腰に差した鞘からショートソードを抜いて構えを取ってみた。刃渡り七、八十センチくらいだろうか、一メートルは無いと思うけど思っていたよりも長い。これも中古なんだけど、頑丈そうな両刃の剣だ。

 重さも想像以上だった。体感だけど、三キロの鉄アレイより重い気がする。生まれ変わった今の身体なら、両手で使えば何とかなりそうだ。重くて使えません、ではお話しにならない。


 しかしこの新たな転生した肉体は、元の身体とは比較にならないくらい優秀だと思う。それでも筋力Lv1って、どういう事よ? まあ、魔物が存在する世界なんだから、住んでる人間も平均的に強いんだろうと思うけど……俺、やってけるのか?

 早く魔法書買おう……。




 装備の確認を終えてベソルにお礼を言ってから、俺達は席に着いた。ベソルは、「とても似合ってるわよ。初々しくて可愛いわあ」などと言って喜んでくれた。うん、喜んでくれて俺も嬉しいんだけど、それって言い換えると「新人丸出しで弱そう」って事だよね? まあ、その通りだからいいんだけど……はぁ。


 俺は気を取り直してから、『世界樹の迷宮』の攻略方針をベソルと話し合う事にした。

 まずは世界樹の概要からだ。


「『世界樹の迷宮』は20階層まであると言われているわ。でも迷宮を突破した人がいないから実際の処は分からないの。でも、十四階層までの情報はギルドで把握しているから、正確なアドバイスが出来るわ。だから、安心して話しを聞いてね。

 迷宮の魔物は階層を登る毎に強くなっていくわ。ミー君の場合は、まずは一階層から入って、ゆっくりとレベルを上げていく方がいいわね。焦りは禁物よっ」


 どうやら十五階層以上の情報はギルドではまだ把握出来ていないらしい。つまり十五階層が迷宮攻略の最前線という事になる。まあ、これから一階層に挑む俺には、あまり関係のない話しではある。


「南地区から迷宮に入れるのは、一階層から五階層まで。昨日飲んでもらった『帰還の魔石』が機能するのもこの五階層の間だけよ。六階層より上では『帰還の魔石』が正常に働かないから、死んだら終わり。だから五階層までの間に力と知識をしっかりと身に着けてね」


 はははっ……ゲーム気分でいられるのは五階層までらしい。現実はそれ程甘くないようだ。まあ、五階層まで死なないだけでも、十分ありがたいんだけどね。ヒヨコ組と呼ばれるのも分かる気がする。

 よって六階層より上で戦う者達が正式に探索者と呼ばれるらしい。六階層以上に出てくる魔物の買い取り価格も跳ね上がるそうだ。そりゃそうだよね、命の危険があるんだから。


「探索者が絶対に忘れてはいけない迷宮内での約束事が二つあるの。今から話す事をよく聞いて、必ず守ってね」


 いつも笑顔のベソルが、珍しく神妙な顔をして話している。俺も居住まいを正して真面目に聞く。


「一つ目は、『魔物の集落には近付くな』って事よ。迷宮の魔物は階層毎に同じ魔物が集まって、集落を築いて住み着いているの。集落の中には群れを率いるボスである、上位種の魔物が必ずいるわ。ボスは強いだけじゃなくて、知能も高いの。最大の武器は群れの統率力にあるわ。

 だから将来的にどんなにミー君が強くなったとしても、群れには近付かないで頂戴ね。無駄死にするだけなら本人の責任で終わるんだけど、怒ったボスが何をするか分からないから、不用意に集落を刺激したりしたくはないの。

 それにもし万が一にもボスを倒しちゃったら大変よ。統率がなくなるからその階層の魔物の行動が読めなくなるし、新しいボスの座を奪い合って抗争が起きるわ。複数の集落が出来たりする事もあるし、最悪なのが抗争で成長したボスがさらに上位に進化した場合ね。

 実際に幾つかの階層にそういうボスがいるのよ。その集落には上位種がゴロゴロしているわ。集落が統一されて安定してるから放置されてるけど、危険な不安要素ではあるわよね。

 もし集落に異常が確認された場合は、大規模な調査団が編制されるわ。状況次第だけど、そのまま調査団が討伐隊になる事もありえるのよ。こうなったらもはや狩りではないわ。戦争よ……。

 そういう訳だから、集落を刺激するような事はしないでね。それと迷宮内で異常を感じたら、どんな些細な事でも必ず教えてね。まず無いんだけど、最悪なのが集落の外で上位種と遭遇した場合ね。その場合は難しいとは思うけど、何とかして逃げて知らせてとしか言えないわ」


「うん、集落には絶対に近付かないよ」


 としか言いようがないでしょ。おっかないわー。


「ミー君なら大丈夫だと思ってるわ。でも残念だけど、自分の力に自惚れてやっちゃう人が中にはいるのよね。念の為、聞いておいて欲しかったのよ」


 いやいや、そんなおバカさんは……いるんだろうなあ。

 特に死なない五階層までのヒヨコ組に多そうだ。まあ、そんな命知らずとは関わりたくたいね。

 集落には近付かなければいいけど……上位種との遭遇はやばい、非常にやばいね。六階層以降で遭遇したら……。

 今のままなら死亡確定だよね。逃げ切る力? 知識や経験なのかな?

 そういう対応力も五階層までで身に付けないと、死が待ってるね。六階層以降に挑む時は、よく考えよう。なんか五階層で引退する可能性が高い気がしてきた……。


「二つ目は、『魔物の繁殖日には迷宮に侵入禁止』って事よ。大凡三十日に一度、魔物の繁殖日が発生するの。この日は全ての魔物の力が増して凶暴になるわ。だから絶対に迷宮に入らないでね」


「気を付けるけど、それどうやって判断すればいいの?」


「それは、魔素濃度を測定する事でかなり正確に判断できるの。これは『世界樹』の中に住む人も魔物も等しく言える事なんだけど、人と魔物が持つバイオリズムは魔素濃度の影響を強く受けているの。だから探索者ギルドの職員が魔素濃度を毎日計って報告しているのよ。探索者達が最も早いフィードバックを必要とするから、私達がやってるんだけどね。南地区では私が担当しているわ。迷宮の側だと魔物の影響で濃度が安定しないから、里の外壁に伸びてる根の中の濃度を計ってるのよ」


 ちなみに魔素濃度の測定の途中で、俺が入っていた繭を見付けたそうだ。俺の転生の影響で、その日は魔素濃度が不安定で正常に測れなかったらしい。こういう事もあるので四地区で測定しているらしい。


「魔素濃度は大きく低魔素期と高魔素期を繰り返すんだけど、低魔素期から高魔素期に変わるタイミングで繁殖日を迎えるの。繁殖日が近付くと測定頻度を増やして正確な時間を割り出す事になるわ。多くの場合は繁殖日の直前に魔素濃度が低下するから、それが合図ね」


 自分が測定しているからか、ベソルが詳しく教えてくれた。何処かで似たような話しを聞いた事がある気がしてならない……。

 不思議な事に繁殖日は必ず全ての魔物に対して同じタイミングで発生して、一日で終わるらしい。人についてはご想像にお任せします。

 ちなみに魔素濃度測定器はニホンでもお馴染みだった体温計とそっくりで、『世界樹』の根に突き刺して計るそうだ。測定単位は『怒』だそうだ。もう好きにしてくれ……。


「それで、これも重大な問題だから覚えておいて欲しいんだけど……」


 なんか、ベソルがモゴモゴ言っている。あまり口にしたくない事なのかな。


「魔物は人間とも交配が可能なの」


「……はい?」


「だから、魔物と人間の間でも子供が出来るのよ!」


 真っ赤な顔をしてベソルが喚いている。スパッと言っちゃえばいいだけなのに、意外と初心な処もあるようだ。

 これは――ちょっと面白いから、分からない振りをしてもう一度聞き返してみよう。


「えっと、よく分からないから、もっと具体的に……」


「「……」」


「怒るわよ?」


「すみませんでした……」


「もう、真面目に聞いてよね! 魔物程ではないけど、人も魔素濃度の影響を受けてるわ。だから、もし女の子が攫われたら大変な事になるの、分かるでしょ! もし見かけたら絶対に助け出しなさいっ。死んでも助けるのよ!?」


 なんか、ベソルさんのテンションが可笑しくなってる気がする……。


「は、はい。必ずや……」


「よろしいっ」


 ホッ、なんとか許されたようだ。

 ちなみに人と魔物の間に生まれた子供は、必ず魔物になるそうだ。しかも人の知性を引き継いだ高位の上位種になる可能性が高く、絶対に阻止しなければならない。探索者の迷宮への出入りが管理されている理由は、主にここにあるようだ。


 俺はもう一つ、重要な疑問を口にする。


「そ、それで、男は大丈夫なの?」


「「……」」


 な、なんか今度は、まるで汚物を見るような目で俺を見てるんだけど……。


「まさかミー君って、そういう趣味の人?」


「え? いやいやいやいや、絶対無いから!」


「じゃ、大丈夫よ。交配出来ないなら、殺されるだけよ」


 はい、よく分かりました……。




 俺は慌てて話しを変える。これ以上ベソルから冷たい視線を受け続けると、何か危ないものに目覚めてしまいそうだ。 

 そこで攻略の注意点などを、ベソルに聞いてみた。


「迷宮の魔物の死体は全て買い取り対象だから、『アイテムボックス』に入れて必ず持って帰ってきてね。稀に魔石を持つ魔物もいるから、その場合は買い取り金額が大幅に上がるわ。後、迷宮の中で珍しいものを見付けたら、何でも持って帰ってきて頂戴。意外と高価なものがあったりするのよ」


 正確には魔物が体内に元から魔石を持っている訳ではない。死亡後に体内に残っていた魔力が集まり結晶化したものが魔石である。残す魔石の大きさは生前の魔力Lvに依存するらしいが、魔力Lvが高い魔物が必ず残す訳でもないらしい。

 人間も同じように魔力をもっているが、死後に魔石は残らないそうだ。魔石は高額で取り引きされるらしいので、もし人が死亡後に魔石を残したら、この世界は酷い事になりそうだ。魔力だけが高い俺なんか、恰好の餌食になっていただろう。


 そしてこの魔物が魔力を持っているという事実から、迷宮に住む魔物も転生してきた別世界の生き物ではないかと言われている。まあ、交配可能な身体を持つ時点でその可能性は高いと思うんだけどね。


 他にも魔力に関する注意点を教わった。俺は特技を持っていないのでまだ使えないんだけど、ジエンドに住む人間は体内の魔力を利用して魔法の様な特技を発動する事が出来る。

 同じように魔力を持つ魔物も特技を使ってくる可能性があり、上位種の魔物はほぼ確実に何かしらの特技を持っているらしい。


 また特技を使用するなどして体内の魔力が減ると、時間が経つにつれて自然に回復していく。回復速度は意外と速く、個人差もあるけど数時間で全快するそうだ。

 しかし一度に大量の魔力を使ってしまうと激しい脱力感に襲われる。さらに限界まで魔力を使用してしまうと、しばらくの間は身体が動かなくなるらしい。魔力量には十分気を付ける必要がある。

 まあ、特技がない今の俺には全く関係ないんだけどね。とりあえず覚えておこう。


 そしてベソルの言う迷宮で見付かるお金になるものとは、主に薬草や鉱石だ。魔力を宿したそれらは少し輝いているので、簡単に見分けが付くらしい。見付けたら必ず持って帰って来よう。


「それと、迷宮内部でもし万が一にでもフェアリーを見付けたら、必ず生け捕りにするのよ。本当に迷宮の中にフェアリーがいるのかどうかは分からないんだけど、フェアリーが存在するのは確かなの。捕まえたら一生遊んで暮らせる程の大金になるらしいから、絶対に逃がしちゃ駄目よ!」


 またベソルのテンションが少し可笑しくなっている。里包みで地上を目指しているのに、遊んでていいのだろうか。ベソルと二人きりなら、俺はそれでもいいけどね……。

 ちなみにフェアリーは確実に実在するそうなんだけど、何処にいるか判明していないのが実状みたいだ。

 真剣な目をしてフェアリーについて熱く語ったベソルは、最後に無言で俺に虫カゴと虫取り網を手渡してきた……これで捕まえろと?


「ミー君、探索者の敵は魔物だけじゃないから、十分に気を付けてね」


 探索者を狙う探索者。魔物より、悪知恵が働く人間の方が余程怖い。

 いきなり真面目な話しにぶっ飛んだような気がする。いや、さっきの話しもベソルからすれば真面目な話しだったんだろう。


「人が集まれば、組織の中に必ず派閥が出来るわ。そして派閥同士で争って、足を引っ張り合うの。

 悪質な人達は組織の力で弱い者を捕まえて、死ぬまで毟り取るのよ。追い剥ぎなんかよりよっぽど怖いわよ。特に体力的に劣っている新人や、魔法使いが狙われ易いの。これが剣士の格好をさせた理由の一つよ。

 だからミー君が十分に力と知識を身に付けるまでは、不用意に他人に近付くのは避けてね。他にもハニートラップや美人局も多いから、綺麗な女性には要注意よっ。と言っても、これは強くなってからの話しね」


 異世界でも人のやる事は同じ様だ。いや、荒事を生業にしている探索者は、もっと悪質なのかも知れない……どうやら探索者はあまり信用しない方が良さそうだ。

 まあ俺の場合は、将来的にもハニートラップや美人局は大丈夫だろう。ベソルより奇麗な女性は、そうそういないと思う。


「ミー君、騙され易そうだから、心配だわあ」


 うん、否定は出来ない。でもベソルと知り合った、今の俺なら大丈夫なのだ。

 俺は有りっ丈の思いを両目に込めて、ベソルの瞳を見詰めた。そして、


「この世界で信じられるのは、ベソルさんだけだよ」


 俺は渾身の決め台詞を放った! しかし、効かなかったようだ……。


 ベソルは少し安心したのかホッとしたような表情を浮かべているだけで、俺の思いが届いた形跡が全くない。

 ベソルさん、少しくらいテレるとかしてくれても、罰は当たりませんよ?


 続いてベソルからの攻撃。


「私もミー君の事、信じてるわっ」


 会心の一撃! ベソルの笑顔が炸裂。

 ミツグは完全に打ちのめされた……。



 一通り準備を終えていた俺は、半ば放心しながら『世界樹の迷宮』へと向かうのだった。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ