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第三話   ベソルとの専属契約


 ベソルは俺がこの世界で生きていく為に、親身になって相談に乗ってくれた。

 しかし生産的な特技を持っていない俺には、探索者になって生計を立てる他に生きていく方法が見付からなかった。どうやらこの世界は、完全に実力主義っぽい。

 予想通りではあったけど、俺の営業マンとしての経験は異世界では何の役にも立ちそうにない。


 ベソルの話しを聞いていて分かったんだけど、『転生の里』は地上を目指す事に特化した政治体制を採っているようだ。

 だから『世界樹の迷宮』に挑む探索者の内でも、特に最前線で活躍している者達には手厚い優遇が与えられる。俺がこの里で立身出世を考えるなら、この枠しかないようだ。

 他にもそのトップ探索者達が使用する武具を作り出す最高の職人達、それと『世界樹の迷宮』を調査研究する学者達が強い権力を持っているそうだ。

 里の行政を執り行うの機関は唯『議会』と呼ばれており、引退した高名な探索者や職人、学者連中が取り仕切っているらしい。下部組織はその血縁者と他所から引き抜いた有能な少数精鋭が運営しているらしい。何とも世知辛い、気が滅入る話しであった。


 こうして未曾有の異世界『ジエンド』に転生したミツグは、新たに手に入れた魔法使いの才能を武器にして、探索者として迷宮突破を目指す決意したのだった……。


 いや、言ってみたかっただけです、はい。正直な処、他に生きていく方法がない訳だし、ゲームみたいで楽しそうかなーとは思っている。ベソルが探索者ギルドで働いてる事が、最大の理由のような気がしないでもないが……。

 問題は『世界樹』も認める俺のゴミ能力だ。とてもじゃないけど、ベソルには言えない。ベソルに「超クズー」とか言われたら、俺のハートは再起不能だ。自分でこっそり解決策を探していくしかない。


「この里の真ん中にある『世界樹の迷宮』への入り口は、主に四箇所に分かれているの。今私達がいるのが南地区、迷宮の一階層から五階層までの入り口があるわ。迷宮の中にいる魔物は上の階層になる程、強くなっていくの。だから転生したばかりのミー君は、ここからスタートね。頑張って!」


 じっくりと一日中話し合った俺達の間には、もう敬語は必要ない。

 ベソルは俺の事をミー君と呼び、そして俺はベソルの事をベソルさんと呼ぶ事にした。俺はこの世界で生まれ変わり、新たな人生をやり直すと決めたのだ。そもそも生まれ変わった身体は十七歳くらいであり、とても二十六歳には見えない。しかも元ニホン人である俺は、国際色豊かなこの世界ではさらに幼く見られるだろう。そもそも『ステータス』上で俺はゼロ歳だし……。

 よって二十歳のベソルは年上のお姉さんであり、この世界で右も左も分からない俺の先生でもあるのだ。決してお姉さんプレーに興味があるからではない。もちろん頼りない弟を装って、母性本能を引き出して関係を深めようなどと考えいる訳でもない。あくまで敬愛する姉的存在だからなのだ。


「俺は、『世界樹の迷宮』で魔物を狩ってくればいいんだね」


 ここ『転生の里』では、生活物資の多くを迷宮から調達する必要がある。主には魔物の素材であり、殆どの魔物が全身余すところ無く様々な用途で使われるらしい。

 地上を目指すだけでなく生きていく糧を得る為にも、危険を冒して迷宮に挑む探索者の存在は必要不可欠のようだ。


「ええ、そうよ。ここ南地区でゆっくりと力を付けて、西地区を目指しましょうね」


 『転生の里』は大きく四地区に分かれているそうだ。ここ南地区は迷宮五階層までの入り口があり、ヒヨコ組とも呼ばれる新人探索者達が住む地区である。多くの探索者達はすぐに卒業して西地区に移動していくのだが、全員がそうなる訳ではない。

 やはり才能の問題で六階層に上がれない者もいるし、他にも地上を目指す意志を持たない人も当然の如くいるのだ。そういう人が集まった地区であり、必然的に生活水準は低い。

 かといってスラムのような場所という訳ではない。競争社会から隔離されたような、穏やかな場所らしい。スタート地点としては、好ましい場所のような気がする。


 そして迷宮六階層からが西地区となるそうだ。その流れで迷宮十一階層からが北地区となり、東地区が最前線で戦う人が住む地区となる。最前線で戦う探索者はやはり数が少なく、研究施設や行政区も東地区にあるそうだ。

 この里で上を目指すのであれば、東地区を目指していく事になるのだろう。


「そうだね。当面の目標は五階層突破だね」


「ええ。探索者は危ない仕事だけど、私が出来る限りのサポートをするから、頑張ってね」


 俺は探索者ギルドでサポーターをしているベソルと、専属契約を結ぶ事にした。ベソルとは、これから長い付き合いになると思う。


 探索者となる俺は、迷宮に挑む前後の朝と夕方に探索者ギルドに顔を出し、ベソルから情報の収集と戦利品の買取り、そして迷宮攻略のアドバイスをして貰う。

 専属契約を結ぶ事により多少のマージンは発生らしいけど、それだけの価値は十分にあると思う。それに気心しれた美人お姉さんと手取り足取り乳繰り行う綿密な相談は、迷宮の攻略に必ず良い結果をもたらすだろう。


「これが専属契約の請負契約書よ。ここにサインしてね」


 俺は読みもせずに契約書にサインしてベソルに渡す。信頼の証だ。


「はい、ありがと。専属契約による私の取り分は、戦利品の売り上げの五十パーセントね。本当は七十パーセントなんだけど、ミー君には特別サービスよ。誰にも言っちゃ駄目だからねっ」


 ベソルの優しさで俺の胸は張り裂けそうだ。俺達は運命共同体だからフィフティ・フィフティだとまで言われてしまった。

 俺は元営業マンだ。ベソル相手でも、しっかりと損得勘定はしている。

 ちなみにこの里での税の概念は単純で、各人に対して一本化されているそうだ。探索者であれば魔物の買い取り金額の二十パーセントが一律でギルドに徴収されるらしい。確定申告や年末調整で頭を悩ませる必要がないのは正直言って助かる。


「生活用品とか、渡す物を取ってくるから少し待っててね。このノートはあげるから、目を通しておいてね。私がお金貸してあげた事も、誰にも言っちゃ駄目よっ」


 俺はベソルからA5サイズのノートと鉛筆を受け取った。今後はこのノートに探索者としての収支をつけていく予定だ。他にも迷宮での戦術や注意書きを記録しておけば、必ず後で役立つだろう。自分の成長記録にもなるしね。

 俺はベソルが書いてくれた最初のページに目を通す。



~~~~~~~~~~


ショートソード 300エール

革鎧一式(インナー、ブーツ含む) 650エール

帰還の魔石 500エール

生活用品一式 50エール


借りた総額  1,500エール


目標金額

魔法書 5,000エール


~~~~~~~~~~



 エールとは、この世界のお金の単位だ。エールをジョッキ一杯飲む値段が最小単位である。

 

 俺が『魔法使い』として成長していく前提として、どうしても魔法書が必要になってくる。しかし魔法書は最下級の攻撃呪文でも高すぎて手が出ない。いや、それどころか俺は無一文なのだ。


 心配してくれたベソルは、貯金を崩して俺の為に武具を準備してくれると言った。女性に甘えるのは俺の性分ではないけど、背に腹は代えられない。魔物を狩って必ず返すと約束して、仕方なく優しい姉の思いに甘えるのだ。


 用意して貰うのは、ショートソードと軽量の革鎧一式だ。あれ、魔法使いでは? と思うかも知れないが、現時点では魔法が使えないのだからどうしようもない。

 今の俺がローブを羽織り杖を手にして魔物に向かって行くのは、自殺しに行くようなものだ。


 こうして俺の最初の目標は、借金を返して魔法書を買う事になった。五階層を突破するまでには魔法書を手に入れたいな。


 ちなみに俺に『魔法使い』の適性がある事は、ベソルには話してある。彼女の事は信用出来ると思うし、そもそも話さないと今後の方針を決めようがないのだ。

 二人で相談した結果、『火の魔法書』を目指す事になった。これを習得する事によって、『魔法使い』から派生する『火の魔法使い』になれるらしい。火属性を選んだ理由は簡単で、属性魔法の内で最も殺傷能力が高いからだ。決して『世界樹』を燃やそうなどと考えている訳ではない。


『火の魔法使い』……『魔法使い』から派生する火の専門家。成長すれば魔物を丸焼きに出来る、かも? 迷宮内では周りによく気を付けて使ってね。もし態と燃やしたら――分かってるよね?


 何なのこいつ……絶対、見てるよね!?


 ――まあ、そういう訳で、ベソルから貰ったノートには、忘れないように借りたお金をちゃんとつけておく必要がある。

 ギルドを通して正式にお金を借りた場合には、態々ノートに手書きで管理する必要はない。それは、借入金額が『ステータス』に登録されて、自動的に引き落とされるからである。

 しかし正式にお金を借りれば金利が発生してしまう。ギルドから借りればそれ程大きな金利にはならないけど、新人には馬鹿に出来ない額らしい。

 先を見越してのベソルからの提案でり、金利なんかいらないから早く強くなれと言われてしまった。この世界に来て、最初にベソルと出会えて本当に良かったと思う。


 暫くして帰ってきたベソルから、簡単な生活用品と探索で使用する必需品を受け取った。そして簡単な説明を聞いてから、俺は全てを『アイテムボックス』に収納した。

 これもこの世界の人々が持つ標準能力の一つで、念じる事で物の出し入れが出来る便利収納だ。不思議な現象ではあるが、本当に便利なので現実として無理矢理納得した。

 しかし残念ながら、生きている生き物だけは収納出来ない。いや、もしかすると出来ると色々と危険だから出来なくしているだけなのかも知れないし、よく分からない処だ。

 ベソルから、何を収納したのか忘れない様にとだけ、念を押された。


 続いてベソルは、机の上に透明な小石が乗った皿を置いた。


「これが『帰還の魔石』ね。これにミー君の血を登録して取り込む事で、発動可能になるの」


 ベソルが言うには、この『帰還の魔石』を飲み込んでおくと、迷宮内で死亡しても迷宮の入り口で生き返る事が出来るそうだ。何と言うか、ここまでくると気にしたら負けである。

 『帰還の魔石』は値が張る上に使い捨てになる為、死ぬ度に出費が嵩むのが欠点だけど、間違いなく探索者の必需品だと思う。


「それじゃ、登録するからミー君の血を少し貰うわよ」


 俺の手を握り締めたベソルは、有無を言わさず親指の腹にナイフを突き刺した。


「オゥフッ」


 少し、いや、かなり痛かったが、ベソルの前では顔に出さない。

 ベソルは血が噴き出している俺の指を、机の上に置いてある小指の先くらいの魔石に擦り付けた。魔石の大きさに比べて皿に溢れた血の方が多い気がする。


 ベソルは物欲しそうな表情を浮かべて真っ赤に染まる魔石、ではなく溢れた俺の血を眺めている。今にも血を舐め回しそうな勢いに見えるけど、気のせい、だよね?


 しばらくすると血を吸った魔石が一瞬だけ輝き、俺の血の登録が完了した。

 血を噴き出していた俺の指も、すでに傷が塞がり血が止まっている。この世界で再構成された俺の身体は、超クズと言われた割には高性能だと思う。恐らくこんな世界だから、全ての人の肉体性能が高いのだろう。


「ジュルッ……ミー君は、この魔石を飲み込んで少し休んでてね。私はお皿を片付けて来るわ」


 ベソルはお皿を大切そうに両手で持ち上げて、足早に去っていった――ベソルさん、今ヨダレを啜ってませんでしたか?

 とりあえず見なかった事にした俺は、言われたように真っ赤な魔石を手に取って、そのまま飲み込んでみた。血を吸った影響なのか、魔石は思ったより柔らかく無味無臭で、スルッと喉越し爽やかだった。


 暫くすると、満ち足りた表情を浮かべたベソルが部屋に帰って来た。真っ白だったベソルの髪の毛が少し赤みを帯びて見えるのは、光の加減のせいだろう。


「今日の宿代を渡すから、右手を出して」


 この世界では、お互いの手を握り締めて金額を念じる事で、『ステータス』上のお金のやり取りが出来る。

 この便利機能のお陰で、金銭が絡む全ての取り引きは『ステータス』上の所持金額で行われている。

 公に出来ない取り引きはどうやっているのかベソルに聞いてみたら、「そ、そんな事、ミー君は知らなくていいの!」と少し焦った様子で怒られてしまった。頬を膨らませて怒るベソルは、恐ろしい程に可愛らしかった。奇麗なお姉さん系の美女が稀に見せる可愛らしい仕草には、男には決して抗えない強烈な破壊力が秘められているのようだ。


所持金額 20エール


 どうやら無事に、お金の移動が成功したようだ。このお金は、ベソルから転生祝いとして貰ったのだ。


 ベソルから貰ったお金の内訳は、朝夕の食事付き宿代が十七エール、夕飯時のエール一杯が一エール、探索用の水筒の飲み水が二エールで、合計二十エールである。

 この世界ではエールよりも綺麗な飲み水の方が値が張る為、夕飯時にはエールを飲むのが一般的らしい。水筒にエールを詰める探索者もいるらしいけど、新人は絶対に駄目だとベソルから念を押された。


 ベソルが紹介してくれた探索者用の宿『さいか荘』は、古くて狭いけど値段が安く、有り難い事に身体を拭く桶一杯の水も付いているらしい。実利を求める俺には最適な宿だと思う。


「明日からも、こうやって二十エールだけ渡すわね」


 俺は無駄遣いを避ける為、最低限必要な金額以外は全て借金返済に充てるつもりだ。だから戦利品の買取り金額から、毎日二十エールだけ受け取り、残りは全てベソルがそのまま受け取る形にした。

 これでベソルも少しは安心してくれると思う。縋り付くだけでは駄目なのだ。手が掛かって頼りない男が少しの漢気を見せる事で、女心を擽る作戦である。普通より高い効果が期待出来る……といいな。


「無理がない程度に返済してくれればいいのよ。必要なものがある時は、ちゃんと言ってね」


 ベソルはそう言って微笑んでくれた。どうやら俺のなけなしの漢気は、ベソルの女気に塗り潰されたようだ。

 どうもベソルの笑顔を見ていると、まるで魔法に掛かったかの様に心が吸い寄せられてしまう。


「また明日、二の鐘が鳴る頃に来てね」


 そう言うと、なんとベソルは俺をそっと抱きしめてきた。これは反則です! 太刀打ち出来ません。

 顔の筋肉が弛緩するのを止められない。恐らく今の俺の顔は、人様にお見せ出来ない程ヘニャヘニャしているだろう。

 あまりの幸せに、顔だけでなく全身から急激に力が抜けていく……。

 いやいや、これは流石に違うだろう。ベソルの抱擁で気が抜けたんだと思う。転生初日で緊張していて、気付かない内に心身共に疲弊していたようだ。

 今はこの幸運を目一杯楽しもう。俺は押し当てられた柔らかい胸の感触と、鼻を擽る甘い匂いをガッツリと堪能した。


 帰り際、ベソルはギルド建屋の外まで見送りに来てくれた。


「ゆっくり休んで、明日から私の為に頑張って稼いでね。お休みなさい」


 恍惚とした表情を浮かべるベソルに見送られた俺は、激しい脱力感を感じながらも足を前に出して宿へ向かって歩き始めた。


(……ちょろいわぁ)


 何かベソルが言った様な気がするが、疲労困憊の俺にはよく聞こえなかった。


 後は飯食って寝るだけだ。明日の朝、またベソルに会えると思うと、多少の疲れなど気にもならない。




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