第二話 ステータス、これゲーム?
俺はベソルに連れられて『転生の里』の中心部に向かって歩いていた。里の中心に近付くに従って建築物が多くなり、繁華街と思われる大通りには建屋がびっしりと並び、人でごった返していた。
一面に広がる建物は全て木造建築物で、西部劇の映画にでも出て来そうな雰囲気である。
行き交う人々の服装も十九世紀頃のアメリカやヨーロッパの雰囲気を感じるけど、生足を出している女性も多く、かなり独創的でもあった。残念ながらカウボーイハットを被った人は見かけない。
武装している人も多く、銃の代わりに剣と槍、ベストの代わりに革の胸当てといった感じである。
行き交う人々の中には、人なのかどうか良く分からない存在も少し混じっている。けど、誰も気にする様子がない。
すると、すぐ側を猫のような耳と尻尾が生えた美形のお姉さんが通り過ぎていった……やはり、全身毛深いのだろうか? マントの様な服が邪魔でよく分からなかったので、お近付きになって全身隈なく調べてみたいものだ。もちろん学術的好奇心の為であり、他意はない。
しかしこの里には、男も女も美形が多い。老若男女問わず、いい男といい女しか見掛けない。
他にも巨大なジャガイモに手足が生えた様なものもいたけど、これはもはや人ではない……と思いたい。危うく蹴飛ばしてしまう処だったので、気を付けて歩く事にする。
ベソルに手を引かれながら人間?ウォッチングをしていた俺は、気が付くと人気の少ない通りに来ていた。先程までの喧騒が嘘のように静まり返り、路上に人の姿を殆ど見掛けない。少し寂れた感じのする建屋が多い。
こ、これは、もしかするとご休憩出来るような所に向かっているのかも……いやいや、会ってすぐにそれは期待しすぎだ。逆に強面のお兄さんが待っている可能性の方が高い気がする……いやいや、態々繭から助け出してそれはないだろう。やはり二人きりでしっぽりと何を何して……いやいや……
「到着です。ここがギルドです」
……俺が妄想に取り憑かれている内に、どうやら到着したようです。
そこは木造三階建ての古い建物だった。周囲の建屋より気持ち立派に見えなくもない。ベソルに手を引かれて開き戸を潜ると、そこは受付カウンターのような場所になっていた。
カウンターの手前には人が並ぶスペースがとってあり、奥には机が並んで配置されていて、恐らく事務所だと思われる。
ただし、何所にも人の姿がなく、シンッと静まり返っていた。全体的に小奇麗にされているので、人がいない訳ではなさそうだ。
そのまま待合い所を通り過ぎて一階の奥にある談話室らしき部屋に案内された俺は、ベソルと向かい合って小さなテーブルセットに腰掛けていた。そして差し出されたお茶を啜りながら、気持ちを落ち着かせていた。
少し期待していた状況と違ったけど、完全に妄想だったので仕方がないだろう。
あ、服についてはすでに着替えている。談話室に入ってすぐに、黒に近いダークブラウンの厚手の上下をベソルが持って来てくれた。多くの探索者達が防具の下に着用するインナーらしい。まあ、俺の服装なんてどうでもいいよね。
「少しは落ち着きましたか? 何度でも言いますが、これは夢ではありません。もう分かっていると思いますが、諦めて現実を見ましょう」
はい、妄想は忘れて現実を追う事にします。
まあ、この状況下で妄想に耽ってる余裕があるんだから、比較的落ち着いているんだろう……。
「先程少しだけ言いましたけど、ここ『転生の里』は『世界樹』の真下に位置しています。そしてこの空間は『世界樹』の木の根で覆われて存在しています。私達の生活物資の多くも『世界樹』の中から得ていますし、水も空気も光さえも『世界樹』に依存しています。もし万が一にもこの『世界樹』に何かがあって枯れてしまうなどすれば、私達はここで生き埋めになってしまうでしょう」
なんか、物騒な話しになってきたな。こうなると、疑問に思う点は一つである。
「では、何で態々こんな危険な場所にいるんですか?」
「はい、答えは簡単です。地上に出られないからです。私達はここに閉じ込められていると思って下さい」
「……」
「あ、心配しなくても生活に支障はありません。魔素濃度も殆ど安定してますし、『世界樹』に異常が発生した兆候も見られませんので、今すぐに何かがあるという事ではありません。ですが外界の様子も分かりませんし、将来的に何が起こるか予測も出来ません。
ですからここに住む人々が最優先で掲げる目標は、『地上に出る事』なんです」
とても切実な問題だと思うけど……まぁ、生活出来ちゃってるから危機感が薄いんだろうなぁ。
でも思うんだけど、
「ここの真ん中にある塔? みたいな木を登って行けば何とかなりそうですけど、何か問題でもあるんですか?」
「ええ、あそこは『世界樹の迷宮』と呼ばれていて、中は魔物が溢れかえっています。四百年程前に起きた大地震までは、あの塔を経由して地上との行き来が自由に出来たそうなんです。ところがその地震が収まって以降、塔の中に魔物が発生するようになってしまいました。
この魔物が想像以上に手強くて、誰も迷宮を突破出来ていない状態が四百年続いています。ですから上との連絡は途絶えたままで、地上が今如何なっているのかも分からないんです。
ですので、迷宮攻略に役立つ戦闘技術を持った人や、その補佐が出来る生産技術などを手にした人は貴重な存在なんです。
と言う訳で、ミツグさんの適性にあったギルドを紹介しますね」
うーん、集団遭難ですか。これ、四百年も助けが来ない時点で絶望的な気がするよね……。
ああ、ニホンに帰りたい。愛用の羽毛布団が恋しい。ベソルには悪いけど、夢だといいなあ。
はぁ、とりあえず現実と仮定して、出来れば迷宮攻略組ではなくて、生産サポート職について安心安全に暮らしたい。と言うより、俺に魔物退治なんて無理だろ?
「それではまず、頭の中で『ステータス』と念じてみて下さい」
言われるがままに俺は『ステータス』と念じてみた。すると頭の中に直接情報が流れて込んできた。
~~~『ステータス』~~~
ミツグ・ケンジョー(Lv1) 0歳 チキュー人
職能適性 魔法使い
能力適性 魔力+++
能力評価 筋力Lv1 柔軟性Lv1 速度Lv1 魔力Lv7
特殊技能 なし
所持金額 0エール
~~~~~~~~~~
うん、何の冗談だか、まるでゲームだね。やはり夢なのだろうか……いや、現実を見ろと言われたばかりだった。しかし何が現実なのか、分からなくなってきたな。
名前の後ろにレベルがあるけど、どうやら俺はLv1の存在らしい……弱すぎだろ。
それと、ゼロ歳って何だ……俺は二十六歳だ、間違えている。そして、チキュー人……間違ってはいないのだが、なんとも大雑把な括りだ。
とりあえず、間違いについてはベソルに聞いてみよう。
「ベソルさん、俺は二十六歳の筈なんですが、ステータスではゼロ歳ってあるんですが、何故でしょう?」
「えっと、まずは現状を理解して貰うとして……この鏡を見てください」
俺は言われるままに差し出された手鏡を覗き込んだ。
そして暫く無言で自分の顔を見詰めていた。もちろんナルシシストだからではない。鏡の中の俺は、間違いなく自分なんだけど、今の自分ではなかった……。
純粋なニホン人である俺は、黒髪黒目である。顔の作りも間違いなく俺だと分かるんだけど、俺が知っている俺ではなかった。
俺の顔の作りが三割り増しで俺より格好良い、言ってて意味が分からない。
なんと言うか……そう、まるでプリクラで自撮りして、補正機能を巧みに操って作った他人の様な自分と言えば近いかも知れない。俺の腕ではこう上手くは出来ないだろうけど。
しかもその顔は十七、八歳くらいにしか見えない。大学を卒業して、業績の上がらない営業マンとして積み重ねてきた疲れが全く感じられない。目の下のクマも、刻まれたシワも、ニキビの痕すらなくなっていて、健康そのものだった。
俺が驚いていると、ベソルが説明してくれた。
「ミツグさんは、『世界樹』に呼ばれてこの世界に転生したのです。最近はめっきり減りましたが、それでも年に一人、二人は転生者が現れます。この世界に住む人々の殆どは転生者か、その子孫であるとも言われています。
そしてその転生者の身体は、世界樹が作り出した繭の中で、この世界に適応した新たな身体に生まれ変わるんです。多くの人は肉体が全盛期であった頃に戻りますが、成長段階の幼い転生者の場合は、同じ年齢で身体が構築されます。
それで、あの、恐らくミツグさんの場合は、あまり身体を鍛えていなかったか、不摂生な生活を送っていたと思うのですが、その場合はミツグさんの様に成長期が過ぎた直後くらいに戻される方もいます」
うん、俺が自堕落な生活を送っていた事はバレバレみたいだ。どんどんマイナス印象を積み重ねている気がする。最初から失敗ばかりでガックリ来るけど、これは完全に身から出た錆である、仕方がない。ゆっくり挽回していこう。
「あ、でも人生をやり直せると思えば、良かったのではないでしょうか」
うっ、フォローまでさせてしまった……これ以上減点を重ねない様に、胸の谷間をチラチラ見るのは、出来るだけ止めておこう。
「それと『ステータス』での表示上の年齢についてですが、ミツグさんはこの世界では産まれたばかりなので、ゼロ歳となります。」
つまり、中身は二十六歳、身体は十七歳前後、戸籍上ではゼロ歳って感じかな。
ややこしいな。
念の為、他の『ステータス』も聞いてみた方がいいかも知れない。俺が考えている意味と違ったら拙いしな。
まずは、俺には『魔法使い』としての適性があるみたいだけど……ん?
『魔法使い』……魔法を扱う者の基本職。魔力の扱いがちょっといい感じ。上達すれば派生するかも?
『魔法使い』に意識を集中すると、その情報が頭の中に流れてきた。ヘルプ付きなのは助かるが、この情報に価値があるのだろうか……。
とても大雑把な解説、ありがとうございます。
それじゃあ、お次は……。
『魔力+++』……魔力の適性が、凄く凄く凄くいい感じ。
使えねーな、このヘルプ……。
全く説明になってない。『+』の数だけ凄くって付けただけだろ。何ともバカっぽい。
お次は……。
『能力評価』……あなたの強さをレベルで表示。凄く便利でしょ? 考えるの苦労したんだから、感謝して頂戴よね。評価はLv1からで上限はあなた次第! 普通の一般人は平均的にLv3前後かな? Lv5あれば凄い人、Lv10超えたら凄い凄い人だよ。逆にLv2とかクズね。Lv1なんてありえない。ゴミゴミゴミ~。
う、うざい。絶対なめてるだろ……。
俺は魔力だけ凄い人で、他はゴミゴミゴミ~だそうだ。
略すとつまり、凄いゴミ……泣けてくるな。
とりあえず、他のヘルプも見てみよう。
『筋力』……きんにく~。
『柔軟性』……柔らかい方がつおいんだよ? 『筋力』と同程度は維持しようね~。
『速度』……脳神経のは・や・さ。速いと足も速いんだよ?手の早さは別ね。
『魔力』……魔素を人の身体に馴染ませたものが魔力。Lvはその溜め込む器の大きさかな? 性質とか密度とか素質とか色々あって、上手く言えないよ~。
上手く言えないよ~、じゃねーだろ! ヘルプになってないし……。
最後は『特殊技能』か……。
『特殊技能』……と・く・ぎ。魔力を使ってドカンとゴー! キャー、カッコイイ~。でもね、特技なかったら魔力あっても意味ないし~、ププッ。
絶対これ、今見てるだろ! これ作ったふざけた奴、出てこい!
『製作者』……『世界樹』 怒ると怖いんだよ?
――すみませんでした。
しかし、俺の能力って、摘んでるんじゃないでしょーか?
見た事ない凄いゴミらしいし~、魔力あっても特技ないし~、ププッ。
……うざい『世界樹』のマネをしてる場合じゃないな。おっ、『ウザイ樹』でいいんじゃね?
しかし、人の事バカにしやがって……。
クソッ、いつか除草剤直接ぶち込んでから火付けちゃる!
『告』……死にたいの? 呪われたいの? ねぇ、ねぇねぇねぇ……。
――すみませんでした。お願いですから黙ってて下さい……。
「それと、名前と年齢くらいなら大丈夫だと思いますが、『ステータス』の情報は信用出来る人にしか話さないで下さい。自分の特技や弱点が知られる恐れがあります」
うん、ナイスフォロー、ベソルさん。
俺が軽々しく年齢を言ったから、ベソルが注意してくれたようだ。悪意ある人間に知られてしまえば、碌な事にならないからだろう。気を付けよう。
しかも『世界樹』と違って、声を聞くだけで気持ちが安らぐね!
「それと転生者の方の中には、極稀に『世界樹』の声が聞こえる方もいるそうです。教示を得て名を残した人も多いそうですよ。都市伝説とか、中には悪魔の声なんて言う人もいますけどね」
教示? ベソルさん、これはただの脅しです。悪魔の声が正解だと思います……。
『告』……何か言った?
何でもありません……。
「それと、今、私とお話し出来ている事にも疑問を感じませんか?」
「え? あ……」
そうだ、これは異常な事である。
俺は何の障害もなく、普通に異世界の人間であるベソルと話しをしている。
「お気付きの通り、ミツグさんはこの世界の言葉を自然に話せますし、もちろん読み書きソロバンも普通に今まで通りに出来る筈です。これも不思議な現象なのですが、繭から出て来た人は自然とそれが可能になっているんです」
ベソルの言う通り、俺は全く違和感なくこの世界の言葉で話しが出来ている。
逆に今まで使っていたニホン語が、全く思い浮かばない。試しにエー語を思い浮かべてみたけど、やはり駄目だった。エー語を話せた記憶はないが、二、三の単語は知っていたと思う。
名前に違和感を覚えたのも、恐らくこれが原因なんだろう。
不思議と言うより、気味が悪い……。
「ミツグさんは、『世界樹』の力でこの世界に適応した存在に生まれ変わったんです。だから転生者と呼ばれているんです」
どうやら『世界樹』は、うざったいだけの存在ではなく、想像も出来ないくらい大きな力をもった存在らしい。
『告』……敬えよ?
うるせぇ! そんな力があるんなら、ニホンに帰してくれよ!
……
無視かよ!
しかし、これは真面目に考えなければならないようだ。おれはニホン人ではなく、チキュー出身の『ジエンド人』になってしまったという事だ……もしニホンに帰れたとしても、今の俺はニホン語が話せない事になる。まぁ、『世界樹』の奴も帰す気なんて更々なさそうなんだけど……。
色々と思い出してみても、言語以外の俺の記憶には弊害は感じられない。仕事で失敗した記憶もあるし、彼女が出て行った事も覚えている。いや、あの時は辛かった。アパートに帰るとスッカラカンだった。現金や通帳どころか、テレビや冷蔵庫も全てなくなってたもんな。最初は泥棒かと思ったけど、「出て行きます」の書置きがあったからすぐに分かった。
いや、話しを戻さなくては。少し前の記憶、受験に失敗した事も鮮明に思い出せる……俺の人生、あまり良い記憶が思い浮かばないな。
もういい。兎に角、言葉だけが変わっている様だ。他にもあるかも知れないが、今は置いておこう。
どうやらこれは、「夢かも知れない」などと自分に言い聞かせて現実逃避している場合ではない。これから聞く情報は、俺の人生を左右する。
俺は真剣な顔をして、ベソルの胸元を凝視した。
――いや、駄目だろ!
顔だ、ベソルの美しい顔を、奇麗な赤い目を見詰めろ!
「顔付きが変わりましたね。お察しの通り、ここで生きていく為のお話しです。でも、安心して下さい。私も出来る限りミツグさんに協力しますので、一緒に頑張りましょう」
「ありがとう、ベソルさん」
ベソルの優しい微笑みが心に沁みる。
項垂れる俺の視線は、又もや自然とベソルの深い谷間に向いてしまう。
これは、惚れてしまいそうだ……。
この後俺達は、日が暮れるまで話しを続けた。ベソルは根気強く、俺に様々な事を教えてくれた。