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第十五話   『世界樹の迷宮』三階層、一日目、狩りのち特訓


 今日から俺は、『世界樹の迷宮』三階層に挑む。

 その為に冷や汗をだらだら垂らしながら木の根をよじ登り、時間は掛かったもののどうにか入り口に辿り着いた。

 これ、いつか落ちて死にそうです……。


 深呼吸をして気分を落ち着けた俺は、迷宮の中へと進んで行った。この階層の中は、薄暗い森林だった。見渡す限り木しかない。高く生い茂る木々は、天井から漏れる光の多くを遮り、足元の密集した木の根はびっしりと苔で覆われている。

 そして森の中には獣道のような道がずっと続いていて、道幅は意外と広い。つまり、この階層の敵はそれだけ大きいという事だろう。


 ベソルから聞いた情報では、この階層の敵はオークだ。彼女が言うには、『醜い筋肉だるま』だそうだ。身体が大きく下顎の牙が特徴で、力は強いが動きは速くない。ただし分厚い筋肉が邪魔をして、中々攻撃が通り難いそうだ。よって素早い動きで翻弄して関節や首を狙うか、頭を砕くのが常套手段らしい。

 最後に最も重要な情報になるが、オークは単体で行動する魔物だそうだ。繁殖日でもない限り、群れる事はないらしい。今回はちゃんと事前に確認しておいた……。


 警戒しながら魔物を探していると、早速一匹見付けた。ベソルの情報通り、全身は有り得ない程の筋肉で覆われていて、腰布一枚の姿で巨大な棍棒を握っている。首から上は豚、と言うより野生の猪に近い。剥き出しの身体は全身、緑色だ。しかしただの緑色ではなく、人の不快感を煽るような汚い斑模様の緑色だ。

 まだここからオークの位置までの距離は大分あるけれど、その大きさ故に目立つ。兎に角でかい。推定二メートル五十センチ……あれでは鈍器で頭を砕くのは難しそうだ。まず届かないだろう。


 俺はお決まりの如く、オークの『ステータス』を確認する。


『オーク(Lv3) 筋力Lv4 柔軟性Lv1 速度Lv2 魔力Lv1 こいつ等嫌いっ、キモイ、臭い、おえっ!』


 相変わらずの役に立たない解説、ありがとうございます……。

 筋力だけは固体レベル以上あるから要注意だ。一発食らったら終わりだろう。

 それ以外のレベルは俺の方が上だ。捕まらなければ何とかなりそう。


 まあ、『ウザい樹』の言い分もよく分かる。俺もあまり近付きたくはない。全身を覆う筋肉は妙にアンバランスで不快感を与えるし、チラッと見えた顔は窪んだ赤いギョロ目と抉れた鼻、例えられる豚や猪に失礼なくらい不気味だ。しかも鼻と口からはダラダラと何かを垂らしている。うえっ……。


『ミツグの方が何倍もカッコイイよ~!』


 これと比べられても嬉しくねーよ!


 とりあえず俺は得物にショートソードを選び、オークの後ろから近付いて行った。

 ワーウルフのように匂いに敏感ではないらしく、簡単に接近出来た。


「おりゃ!」


 俺はオークの膝裏を狙って全力で斬り付けて、左後ろ方向に離脱した。

 か、硬いっ。だけど、手応えはあった!

 オークは膝を折って手を突いて、雄叫びを上げた。そして憤怒の表情を浮かべて俺を探している。

 まだチャンスだ!

 俺は今度は左脇を下から斬り上げた。これで左足と左腕は使い物にならない筈だ。


「グルルルッ」


 オークと目が合う。キモイ、そして何より臭い……背中に虫唾が走り吐き気を催す、強烈なすっぱい臭い。体臭が目に染みる。

 違う意味で戦闘が辛い……。


 ここから俺とオークの死闘が始まった。

 正確に言うならば、俺とオークの右腕の戦いだ。

 ぶんぶん振り回される長いオークの右腕が邪魔で、近付けない。

 手に持つ巨大な棍棒が当たれば、唯では済まないだろう。

 先に右腕を斬るべきだった。これは痛い失敗だ。

 俺は何度もオークの右腕に斬り付けるが、警戒されているせいか深く入らない。

 と言うより、オークの筋肉装甲が硬すぎて刃が奥まで通らないのだ。




 オークの右腕を相手に奮闘してどのくらい経った分からなくなった頃、


「もう、いつまで遊んでるつもりなのよっ」


 と声が掛けられた。この声は、ココか?

 スタスタと歩いてきたココは、俺の前を通り過ぎて……オークに向かっていく。

 オークが振り下ろした棍棒を軽々とかわし、喉に槍を一撃。

 オークは後ろにゆっくりと倒れ、動かなくなった……ココさん、つおいです……。


 そしてココはスタスタと歩いて俺の前にやってきて、仁王立ちして言い放った。


「全然、全く、全部ダメダメ!」


 はい、言われなくとも良く知ってます……。


「ギルド支部で見掛けたから、着いて来て後ろからずーっと見てたよっ」


 そうですか、ストーキングありがとうございます……。


「でも、もう我慢の限界! 今までよくそれでやってこれたよねっ」


 とりあえず、なんとか……二度程死にましたけど、はい。


「特訓よっ、特訓!」


「は?」


 ココが俺の腕を鷲掴みにする。

 俺は引きずられるようにして、連行されていく。

 何でだろう、いつも誰かに引きずられてる気がする……。




----------




 迷宮からココに連れ出された俺は、訓練場に連行されてきた。

 ギルド支部の裏手にこんな設備があるとは知らなかった。訓練場は、だだっ広い敷地を木製の柵で幾つかの区画に分けられていてるだけだった。

 ココと二人きりで、組んず解れつ寝技の特訓でもするのかと期待していたんだけど……。


「お主が新しい『野獣』候補のミツグじゃなっ!」


 誰だよ、この厳つい爺さん……。


「ロウディじゃ。ワシがお主を立派な『野獣』にしてやる!」


 指差して力説されてもね……お、お断り致します。


「未来の子猫ちゃん、ココを愛でる立派な野獣となるのじゃ!」


 それ、ただのヘンタイだろ……。


「何度も言ったけど、アタシは子猫ちゃんにはなりませんっ。

 まったく……えっと、ミツグ。この人は引退した元探索者で、パーラさんの「野獣じゃ!」……古くからの友人よ」


 えらく濃い爺さんが出てきたと思ったら、元ヘンタイか……。

 見た目は白くなった髪をオールバックにして、同じく真っ白なカイゼル髭を整えている渋い爺さんだ。ピンと伸びた背筋と盛り上がった筋肉は爺さんのものじゃない。オークよりは小さいけど、その背丈は二メートルは軽く超えてそうだ。


「アタシもこの「野獣じゃ!」……ロウディさんから魔物との戦い方を教えてもらってるの。少し変わった人だけど、腕は確かだし、いい人だから安心してっ」


 全く安心出来ません……。


「ミツグです、よ、よろしくお願いします……」


「未来の子猫ちゃんを愛でる『野獣』を鍛え上げるのは、この老いぼれの義務じゃ! それにお主はお嬢がサポーターに就任して、初めて世話する第一号の探索者じゃ。お嬢に恥を掻かせる訳にはいかんっ、血反吐吐くまで鍛えてやるから覚悟せいっ!」


 俺、死ぬかも知れない……。

 お嬢って、ベソルの事だよね……やばそうだったら、助けてもらおう。


「それじゃあ、ロウディ「野獣じゃ!」さん……ミツグの事、お願いしますね」


「おう、小童、表に出るのじゃ!」


「……」


 こうして俺の地獄の強制強化特訓が始まった……。




 そしてその結果、俺は地面の上で仰向けになって転がっている……。

 まるで相手にならなかった。訓練用の武器を借りようと思ったら、「どうせ当たらんから、自分のを使うのじゃ!」と言われてしまった。

 俺は愛用のショートソードを手に挑んだんだけど、かすりもしなかった。

 一発くらい当てようとムキになって向かっていったら、「お主に剣は百年早いのじゃ!」と言われてしまった。返す言葉もございません……。


 ロウディ曰く、剣で斬るのは高い技術を要するらしい。敵が強く硬くなればなる程、その難易度は跳ね上がる。素人が無理をして斬ろうとするよりも、重量を利用して殴り付けた方が遥かにマシだと言われてしまった。

 と言う事で、俺のメインウェポンはショートソードから、ゴブリンバット(俺が勝手に命名)二刀流に変更となった。どうせ叩き付ける事しか出来ないのなら、先端に重心が寄っている鈍器の方が扱い易いし、破壊力も上がる。今の俺の筋力なら、しっかり振り切ればオークの関節や頭程度なら砕けるそうだ。もちろん、当たった場合の話しではあるが。

 俺のような素人の場合、剣を手に叩き付けても斬ろうとするイメージが残るので、中途半端になるらしい。確かにイメージし易い鈍器を手にして、叩き潰す事に専念するのが正解かも知れない。


 長々と説明してもらったけど、「華奢な剣など『野獣』には相応しくないのじゃ!」が本当の理由らしい。本気で言っているのだから、始末に負えない……。

 ちなみにロウディのメインウェポンは『拳』だ。彼の『野獣』道では素手こそが至高の武器らしい。どんなに進められても俺には無理だし、目指す気もこれっぽっちもない。彼に感謝はしているけど、巻き込まないで欲しい。是非とも一人だけで自分の道を貫いて欲しいものだ。


 ロウディとの特訓は、それはもう一方的な展開となった。ロウディ曰く、教育的指導だそうだ。うん、間違ってはいないが、納得出来るかどうかは別である。

 その教育的指導の内容はというと、ロウディの拳をかわそうとして反応出来ずに吹っ飛ばされる、終始その繰り返しだった。これならどの武器を持ってても一緒だろっ、と口に出しては言えないので、心の中で叫んでおいた……。

 ちなみに俺が全力で叩き付ける一撃は、ロウディに片手掌でパシッと軽く止められてしまう。この爺さん、所謂バケモノだ。オークの攻撃が生易しいと思えてくる程に。この教育的指導という私刑は、俺がぶっ倒れて立ち上がれなくなるまで続けられるのであった……。


 ちなみに『ウザい樹』のやつは、俺が吹っ飛ばされる度に毎度のように飽きもせず、バカ笑いを繰り返してくれた。コイツの笑い声で苛立っていた俺は気を失う事が出来ず、立てなくなるまで特訓を続ける破目となった。

 ロウディ爺からは、「根性だけは認めてやるのじゃ!」とお褒めの言葉を頂いたけど、全く嬉しくない。そんな言葉はいらないから、俺は早く気を失いたかった……。




 ロウディ爺の扱きに体力の限界を迎えた俺は、力尽きて寝転んでいた。その視界には、離れた所で戦っているココと爺さんの姿が映っていた。

 ココは爺さんの拳をギリギリでかわして槍を繰り出しているんだけど、それでもココの攻撃は爺さんに届かない。

 やはりココでもあの爺さんには敵わないようだ。流石にココは、俺みたいに吹っ飛ばされる事はなかった。

 ココの槍捌きには美しさがあり、思わず見惚れてしまう。ココの姿を注視していると、『ウザい樹』が反応した。


『ジャジャーン!

 ココちゃんのステータスを公開しまーっす。キャハハ。


~~~~~~~~~~

ココーリア・アビシニアン(Lv5)  0歳  シリオ人

職能適性 猫人族 軽戦士 槍使い 

能力適性 柔軟性++ 速度++

能力評価 筋力Lv5 柔軟性Lv13 速度Lv12 魔力Lv5

特殊技能 三段突き

計測結果 身長163 サイズ76(B)-54-78

~~~~~~~~~~


 イイね、イイねっ。この猫娘、お買い得だよっ。

 適性が高いから将来性抜群、絶対にモノにしなさ~い!

 ミツグ一人だとすぐ死にそうだから、守ってもらえばいいのよ、ネッ』


 ネッ、じゃねーよ。でも確かにお買い得だ。ココは手足が長くてスレンダーなモデル体型だ。今はまだBかもしれないが、まだまだ成長段階だと思う。将来性は抜群だ。


『だから見るところが違うでしょっ。ミツグのドスケベ! でも何でスリーサイズなんかが表示されるんだろ……ミツグのエロエロ願望の影響なのかな~』


 ドスケベは酷いなっ。まあ、確かに知りたいと思った。否定はしない。でももう一つ知りたい事があったんだけど、表示されないのは何でだろう……。


『ああ、体重は無理だよ~。ミツグのエロエロ願望より、女性の知られたくない気持ちや羞恥心の方が強いんだよ~。

 それに表示されそうになったら、私がこれは隠しちゃうから~。油断してポロッと言っちゃったら~、ミツグ死んじゃうよ? 魔物より女の子の方が怖いんだよ~! キャハハハ』


 確かに、思わず口に出ちゃうかも知れない。スリーサイズも口にしないように気を付けよう。


『そのくらいなら、半殺しで許してくれると思うよ~、ギャハハハ』


 ……とりあえず、次いってみよう。ロウディの爺さんはどのくらいの強さなんだろうか。


『ジャジャーン!

 爺ちゃんのステータスは……公開出来ませーんっ。

 ミツグとは力の格差が大きすぎて、覗けませんでした~。

 『強くなってから出直してこいっ、小童!』って感じ? ギャハハハ。』


 ん? 俺の能力も影響するのか? この特殊能力はコイツの力じゃなかったのか?


『私の力だ~け~ど~、ミツグの望む情報が調べられるだけだよ~。だからミツグの能力とエロエロ願望が影響するみたいだねえ』


 とすると、少なくともロウディの爺さんの実力を推し量れるくらいにならないと、無理って事だな。今回は諦めよう。

 しかし、ココとは反対に爺さんの拳は荒々しく、恐怖しか感じない。まさに『野獣』だ。


 ああ、クソッ。そろそろ目を開けておくのも辛い。爺さんにやられ過ぎて体力の限界だ。

 少しだけ休もう……。




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