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第十一話   『世界樹の迷宮』二階層、二日目、棍棒二刀流



「フハハハハッ」


『ギャハハハハッ』


 飛び掛ってきたワーウルフを俺は笑いながら右にステップしてかわし、同時に左手に握る棍棒を振り上げてワーウルフを打ち上げた。


「キャイン」


 下方から腹に棍棒の直撃を受けたワーウルフは、宙に浮いたままくの字に曲がって動きを止めた。丁度狙い頃の位置に下がった犬の頭を目掛けて、今度は右手に握る棍棒を振り下ろした。

 グチャッと何とも言えない砕けて潰れるような、おぞましい感触が棍棒を伝って感じられる。この感触にも、もういい加減に慣れてきた。

 ワーウルフの身体はそのまま地面に叩き付けられた。


 当たり前だけど、頭を潰されたワーウルフはもはやピクリとも動かない。

 ワーウルフは首から上が弱点だと教わったけど、考えてみれば普通の生き物は全てがそうだと思う。

 首から上を棍棒で殴り付ければ、首の骨が折れるか頭が潰れて終わりだ。


 ワーウルフの全身の皮は異様な程に丈夫なようで、ベソルの言う通り鈍器で殴る程度では裂けて血が流れる事はなかった。全力で殴り潰したらどうなるかは分からないけど、意味がないし囲まれると辛いのでやらない。


 俺が両手に握っている二本の棍棒は、朝方に一階層に戻ってゴブリン達から拝借してきた。予備を含めて十本程ストックしている。そのゴブリン達は、『アイテムボックス』の中で永遠の眠りに就いている。


 ゴブリン愛用の棍棒は、すこし歪にデコボコしているが野球で使用する木製バットにそっくりだ。バットより気持ち短いくらいだと思う。重量は木製なのに結構重い。俺のショートソードと同じくらいはありそうだ。それでも今の俺の身体能力でなら片手で楽々振り回せる。


 そしてこの棍棒、元は『世界樹』の木の根だそうだ。結構丈夫に出来ている。ゴブリン達は迷宮の壁から手頃な大きさの木の根を噛み千切り、ガリガリ噛んで形を整えるらしい。『ウザい樹』はブーブー文句を言っていたけど、俺に言うなと言いたい。

 ちなみにこの棍棒をギルドで買い取ってもらった場合、薪にしかならないそうだ。火にくべるとよく燃えるらしいから、後で試してみよう。


 と言う事で俺は現在、棍棒二刀流で犬っころ共を探しては頭を潰して回っている。

 最早ワーウルフなど、俺の敵ではないのだ。


「フハハハハッ」


「キャイン」


 迷宮二階層では、俺の笑い声とワーウルフの悲鳴だけが響いていた。そして……。


『ギャハハハハッ』


 俺の頭の中では、下品な笑い声が響いていた……。


 うぜー。

 え、俺もウザい?




----------




 本日の狩りを終えた俺は、迷宮外の用水路で革鎧のお手入れと衣類の洗濯を済ませ、風呂代わりに裸になって泳いでいた。最近ではいつもの事だ。慣れると開放的で気持ちがいい。


 まあ正直に言うと、宿屋の強面のおっさんが水拭き用の水をくれなくなったのが原因だ。俺が食事のお代わりを、毎度のように二回するのが気に入らないらしい。腹癒せに今まで二回だったお代わりを三回に増やしてやった。これで引き分けだ。


 ちなみに南地区で活動している探索者はやはり殆どいないようで、ここで人に合った事は今までに一度もない。ここの水は飲むとお腹を壊すらしいけど、水が汚い訳ではない。今のところ身体に変調はないし、問題はなさそうだ。川幅も水深も結構あるので、遊泳には最適だ。これで水温が高ければ温泉気分を味わえるんだけど、残念ながら普通に冷たかった。


 身体もしっかりと洗った俺は、着替えてからベソルが待っているギルドへと向かった。




 ギルドに到着するとすぐに、いつものようにベソルに手を引かれ、いつもの談話室へと連れ去られる。

 カウンターの奥にいる可愛い系お姉さんが今日も笑顔で手を振ってきたので、俺も手を振り返して軽く挨拶しておいた。

 いつも思うんだけど、ここのギルドの制服は胸元が深く抉れていて物凄く色っぽい。思わず視線が向くのは仕方がないと思う。いや全く、実にけしからん制服だ。


 束の間の楽しみを終えた後、談話室でベソルと向き合って腰を下ろした俺は、今日の狩りの成果について、目の前のより深い谷間に向けて報告した。


「ふーん、狩りが上手くいって良かったわ。意外と鈍器の方がミー君に向いてるのかしらね。他にも戦斧とか槍とかメイスなんかもあるけど、試してみる?」


「いや、その辺の武器は扱いが難しそうだし、しばらく棍棒とショートソードを併用してみるよ」


「そう、残念ね。その気になったら何時でも言ってね」


 ベソルは妙に残念そうな表情をしている。俺が武器を変えてベソルに何か良い事があるのだろうか……。

 まあいいか。それよりも聞きたい事がある。


「少し話しが変わるんだけど、ついに俺にも特技が手に入ったんだ」


「あら、おめでとう。良かったわね。それで、どんな特技だったの? 鈍器系かしら? もしかしたら本当に鈍器系統の才能があったりするのかしら?」


 自分の事のように喜んで聞いてくるベソルを見ていると、何だか嬉しさが込み上げて堪らなくなる。


「えっと、それが『魔力チャージ』ってスキルなんだ」


「は? 何それ?」


 ベソルが不思議そうな顔をして首を傾げる。相変わらず一つ一つの仕草が可愛らしい。


「いつもベソルが魔力吸ってるでしょ? それで昨日、魔力をあげてる時に急に会得したらしいんだ。不思議な事もあるもんだね。それでベソルなら、どんな特技なのか知ってるかなーと思ったんだけど……」


「え? あ、えっと。あれ?」


 なんかベソルが珍しく取り乱している。目が泳いでるし、何度も髪を書き上げてる。なんか可愛いな。でも如何したんだろう……。

 あ、なんか涙目になってこっちを見てきた。


「ミー君は、私が魔力吸ってるって、ずっと気付いてたの?」


「え? うん。レベルが上がってからかな? 良く分かんないけど、ベソルが必要ならいくらでもあげるよ?」


「あ、ありがとう……それでこの事は、絶対に誰にも言わないで欲しいの……」


 ベソルが上目遣いで俺を見詰めている。こ、これは、なんという破壊力だろう。これを断れる男がこの世にいるのだろうか……。


「分かった。二人だけの秘密だね。もちろん、絶対に、誰にも言わないよ」


「ありがとう、ミー君」


 ウルウルしながら俺の手を握ってくるベソル。

 まさか、こんなに心配を掛けてしまうとは……。

 これ以上、ベソルに不安な思いをさせたくないから、今後は特技についてはベソルには黙っておいた方が良さそうだ。


 でも『ウザい樹』の説明だけだと、よく分からないんだよな……。

 仕方がないので、色々と自分で試してみるとしよう。



 何故かベソルが中々魔力を吸おうとしなかったので、今日はいつもとは逆に俺からベソルをそっと抱きしめる。そして慌てるベソルが落ち着くのを待っていた。

 暫くして、ベソルが俺の手を握ってきたので軽く握り返すと、いつものように二十エールを渡してきた。


「忘れる前に、今日のお小遣いを渡しておくわね。それで……その、えっと……」


「気にしないで、好きなだけ魔力を吸っていいよ」


 ベソルが恥ずかしそうに言い淀んでいたので、俺から言ってあげた。

 お小遣いは貰わないと宿に泊まれないので仕方がないけど、狩りの精算などは何時でも出来る。今はそんな雰囲気ではないのだ。


「ありがとう……」


 そしていつもの恒例行事が始まった。

 魔力チャージ中は、気が散るから黙ってるように『ウザい樹』には申し渡してある。チャージし過ぎると危険なのだ。コイツの場合、すぐに忘れそうだけど……。

 ベソルが魔力を吸うタイミングに合わせて、こちらからも魔力を送る。ベソルがお腹一杯になるまで魔力を吸わせてあげる。


「ああぁぁ、はぁ、いぃ……」


『私の魔力~、ううぅ……』


 もう忘れてるし……『ウザい樹』のやつは無視だ。こいつのせいで昨日はちょっと送りすぎて、ベソルがトリップしてしまった。同じ失敗は繰り返せない。

 今日はさじ加減を調整しつつ、ギリギリ限界を見極めて魔力チャージを止めた。俺だって、これくらいの制御は出来るのだ。


 幸せそうにもたれ掛かってくるベソルを優しく椅子に座らせて、俺は一人ギルドを後にするのであった。




----------




 ミツグが去っても暫くの間、ベソルは椅子に座ったまま余韻に浸っていた。まるで腰が抜けたように、足腰に力が入らない。全身に行き渡った魔力が完全に馴染むまでは、立つ事も出来ないだろう。


 ……ああ、魔力を吸ってる事がミー君にバレちゃったみたい。

 彼の事だから、私のお願いを無視して誰かに言ったりはしないと思うけど……。

 もしお祖母様の耳に入ったら……拙いわ。絶対に阻止しないと、破滅よ!

 もっとミー君を完全に懐柔しないと、安心出来ないわね。何か策を練らないと。


 でも、今はいいわ。

 ミー君の魔力で満たされた感覚をたっぷり味わいたいの。

 こんなのに慣れたら、もう戻れないわ~。


 ミー君は私のものよ。ミー君の魔力も、血、お金も全部、私のもの!

 絶対に逃がさないわよぉ。

 あぁ、幸せよぉ……。




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