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星に恋して  作者: sasa
4/5

星に恋して 3

 自分の恋人の正体を知った衝撃を胸に受けたまま、旅先の台北から成田に到着した私は、空港の壁の大きな広告に目を見張った。

 飛行機をバックに、スーツ姿のリーホンが腕時計をした手を胸の前に出して微笑んでいる。

 日本でも時計の宣伝に出ているって、これのことだったんだ。

 こんなに大きな広告なのに、今までどうして彼だと気付かなかったのだろう・・・

 でもこの人、本当にリーホン?

 似ているけど、もしかして同姓同名の人かも・・・

 そんな馬鹿げた逃げ道を自分の中に作ってみる。

 芸能人のリーホンは別人だよ、よく似てるって言われるんだって笑い飛ばして、私を安心させてほしい。

 マンションに帰ってすぐにリーホンの部屋のインターホンを押す。

 ドアが開き、いつも通りリーホンが笑顔で私を迎え入れてくれた。

 おかえりと言いながら、寂しかったよと私の頬を撫でる彼の左手をそっと握って眼を見る。

 やっぱりこの人を見間違うわけない。

 あの広告もコマーシャルも彼だ。

「嘘つき」

 絞り出すような声で言ったその言葉の意味をリーホンが理解したことは、彼の表情が強張ったことで分かった。 

 だけど彼は焦ることなく、落ち着き払った声で反論した。

「僕は、きみに嘘をついたことなど一度もないよ」

 高潔な彼がそう言うのなら、そうなのだろう。

 でもそんなことはどうでもいい。 

 自分の素性を彼があえて話さなかったこと、教えてくれなかったことが、私には許せない裏切りに思えた。

「仕事のこと、どうして教えてくれなかったの?」

「言う必要がないと思った」

 リーホンが謝るとは思わなかったけど、あまりにあっさりとした答えに失望した。

 やっぱり今だけの関係、日本にいる間だけ付き合うつもりだったんだ。

 来日して1年になるリーホンが、もうすぐ帰国するのは分かっている。 だけど彼が帰国しても二人の関係は続くものと勝手に思っていた。

 愛し合っていると信じていたから。

 もう彼とはいられない。

 今でも別れると思うと身を切られるように辛いのに、これ以上一緒にいたら、リーホンが私のもとからいなくなったとき、一人で生きていく自信はない。 一刻も早く彼から離れなければ・・・ 

「僕の職業は関係ないだろう」

「そうよね。 帰国したら、私とのことはさっさと思い出にしたらいいんだもんね」

「本当にそう思っているのか? 僕が帰国したら二人の関係が終わると?」

「だから自分が芸能人だって、話さなかったのでしょ。 心配しないでもいいわよ! 私たちのこと、マスコミに話したりしないから!」

 感情を爆発させ、部屋を出て行こうとする私の腕を、リーホンが掴んだ。

「別れたいのか?」

 リーホンが真剣な眼差しで私に問いかけた。

 別れたくない、でもそれしか選択肢がないじゃない。

 これ以上彼を愛したくない。

 奥歯を噛み締め、リーホンを睨む。

 それが私の答えだと理解した彼が、端整な顔を少し歪めた。

「それは受け入れられない。瞳と別れるつもりはない」

「無理、ただでさえ遠距離恋愛なんて難しいのに、芸能人となんて続くはずないっ!」

 掴まれた腕を振りほどき、自分の部屋に逃げるように走った。

 リーホンが追いかけてくるかと思って急いでドアの鍵をかけたけど、その必要はなかった。

 そう気付いた途端、堪えていた涙があふれ出した。

 終わったんだ・・・


 次の日の夜、リーホンの部屋の明かりが点かなかったことで、彼がいなくなったと知った。


 それからの一週間は、リーホンのことを忘れようと虚しい努力をした。

 だけど、そうしようとすればする程、彼のことを考えずにはいられない自分が悲しい。

 ノートに書かれたリーホンの筆跡をなぞる。 それは試験勉強を彼が見てくれたときのものだった。 きれいな英字はリーホンの性格を表している。

 左利きの彼が、手首を上にしてかぶさるように字を書くのを見るのが好きだった。

 リーホンがピアノを弾くのを見るのも好きだった。 男の人がピアノを演奏するのがあんなにかっこいいなんて、初めて知った。

 寝室で見つけたヴァイオリンをリーホンが弾いてくれたときも、かっこ良過ぎて胸がキューンとした。 あのとき私の突然のお願いに苦笑いしながらも、綺麗なヴァイオリン曲を私だけのために弾いてくれた。

 そう、いつもリーホンは私を甘やかして、大事にしてくれていた。

 私のこと好きだから大切にしてくれたんだよね?

 なのになぜ仕事のこと教えてくれなかったの?

 はぁー、これじゃあ堂々巡りだ。 結局この一週間リーホンのことを想ってばかりだ。 

 離れても彼を愛することを止めることはできないって、痛いほど分かった。

 たとえ未来には傷付くことになっても、今はこのリーホンへの愛を大切にしないといけなかったんだ。

 気付くのが遅いよね、馬鹿な私。

 やだっ、また涙が出てきた。

 寒いのをかまわずにベランダへ出て、手すりに腕をかけ夜空を見上げる。

 その時、隣の部屋の明かりが点いた。

 リーホンが帰ってきたの?



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