ガキ大将ストーカー被害 3
袋から出てきた携帯を見て、シーンと空気が凍る。
お隣君はパカっと携帯を開き、中を確認している。
「アドレスは?」
「……全部消されてる」
え~っ!と声をあげる真琴から、お隣君は携帯を遠ざけ、何やら操作している。
それからお隣君の指が止まり、さっと顔が強張った。
「データフォルダも消されてる」
「えーっ!私の撮り溜めたスイーツとかっ!?一体何で?何のために?」
本当にー?と確かめようとする真琴に、お隣君は携帯を渡さない。
取ろうとする真琴を宥め、とりあえずご飯を食べようとテーブルに促す。
真琴は携帯電話を見ながらも、しぶしぶと従った。
それからお隣君は、携帯の話を避けて、真琴と私に中学時代の話を聞いた。
真琴の武勇伝をお隣君は苦笑しながら聞いている。
衣替え期間を過ぎ、冬になっても夏服で登校し、生徒指導室に呼び出された話は、数ある真琴のエピソードの中で上位に食い込んでいる。
制服を改造した、スカートを短くした、華美に化粧した人たちの中に、模範的な制服の着方だが、激しく季節を間違っている子が混じる。
他の子には、学生手帳を読ませ、学校は勉強をするところ、直ちに制服を直せと指導する厳しめの先生も
「先生は、鬼塚が何を考えているのか分からないよ」
真琴には溜め息混じりのその言葉。
真琴の考えは、冬でも半袖半ズボン、年中早食い出来るやつが偉いという間違った観念があったようだ。
見ているだけで寒いので、早食いも消化に悪いので、その辺りは女子が協力して認識を改めさせた。
中学1年生の冬のエピソードだ。
真琴手製のデザートを食べ終わり、さて携帯は…と真琴が状況確認を急ごうとしているのに、お隣君はのらりくらりとそれを交わしている。
「この携帯の解説書、ある?」
「あるよ?」
「持ってきて。もしかしたら、自動的にバックアップ取れる携帯かも」
「え?そんな携帯あるの?分かった、取ってくる」
真琴はアドレス元に戻るかも!と叫んで、部屋に戻った。
真琴が家を出るのを見届けて、お隣君は例の携帯電話を取り出した。
「真琴は暫く戻ってこないよ」
「そうですね」
真琴は、どこに何をしまったか把握している性格ではない。
「その携帯…」
「アドレスは消された。データフォルダは…別の画像で一杯になっている」
「別の画像…?」
「見ない方が良い。多分、部屋で撮っただろうから、犯人の手がかりを捜すのに俺が見る」
「顔は写ってないんですか?」
「顔は写ってない」
私は見ない方が良い、部屋で撮った、顔は写っていないと言うキーワードから、何を写したのかは大体見当がつく。
お隣君は嫌悪感を露に、画像を見ていった。
「最近、ゴルに何があった?」
私は真琴から聞いた話をお隣君に聞かせた。
黙って聞いていたお隣君は、はぁっと長々溜め息を吐く。
「俺は何も聞いてない」
お隣君は天を仰いでから、大捜索をしているであろう真琴の家の方向を見る。
「写真の中に、ゴルのバイト先のケーキ屋の袋が写っていた。他は大体アップで、手がかりは掴めなかったけど」
何のアップが写っていたのか聞きたくない。
「今日の昼くらいにゴルの携帯番号から電話があった」
お昼頃、真琴はバイト中だ。
バイト中に真琴が私用電話をするはずがない。
その発信者はつまり…。
「自称ゴルの彼氏から。俺が付きまとうから真琴は迷惑してる、真琴から離れろ、真琴と話すなって興奮気味な男の声。咄嗟に録音したけど…ゴルに聞かせて人物特定できるかどうか…」
本当の彼氏だとは思わなかったですか?と言う問いかけにお隣君は癖のある笑みを浮かべた。
そうですね、これだけ一緒にいれば彼氏の有無くらい分かりますね。
「俺の方も言い返して、挑発しておいた。最後は激昂して携帯切られて、それから慌ててゴルを迎えに行った。ターゲットが俺になるように仕向けたつもりだけど、相手はストーカーだからどう動くか分からない」
私が分かるかもしれないので、録音を聞かせてもらう。
真琴と俺は愛し合ってるんだ!と言う笑いを含めた声を聞いてゾクッとしてしまった。
ねっとりとした粘着質な声。
鳥肌が立つ嫌な思いをしたけど、収穫はなし。この声に思い当たる人物はいなかった。
この携帯、とお隣君は忌々しげに指で弾いた。
「これは証拠として残しておくけど、ゴルには渡さない。この携帯をゴルが使うなんて冗談じゃない。触るのも許せない」
そう吐き捨てた後、本庄さんもゴルを誤魔化すのに協力してくれと言われた。
協力は良いんだけど…お隣君がいると心強い。
頼りないと思って、除外してしまったのが悔やまれる。
相談するように、真琴に言えば良かった。後悔先に立たずと言うけど、全くその通り。
でも真琴が今のお隣君の写真を見せてくれれば良かったのだ。
何故に小学生の頃のを…と自分だけのミスではないと自己弁護する。
「あったー!あったよ!これ、解説書」
お隣君の家の廊下を走り、真琴が飛び込んできた。
お隣君はパラパラと解説書を捲り、首を振った。
「ダメだ、これ」
お隣君の言葉に、真琴は崩れ落ちた。
うぇぇ~頑張って探したのに…とわざとらしい泣き声が聞こえる。
真琴、お隣君に騙されている。
お隣君は、私と話をする時間を稼ぎたかっただけだ。
「でも、もしかしたら直せるかもしれないから、携帯預かっておく」
「え?直る?本当!?じゃあ、お願い」
更に騙されている。
お隣君は、携帯を渡したくなかっただけだ。
アドレスやデーターフォルダは復元しないだろう。
バタバタ寝転んで乱れた真琴の髪を、お隣君が指で梳いて直している。
「ほら、本庄さんと色々と話をするんだろ」
うんと返事をしながら、ちゃっちゃとテーブルの上を片付け家に戻る準備をしている。
切り替えが早い。
「ゴル、明日もバイトか?」
「明日もバイト」
お隣君は、真琴の送り迎えをする算段を付けている。
携帯がない真琴とどう連絡を取るか、問題だ。
「最近入る日多くないか?学校も始まったばかりだし、あまりバイトに励むと体がもたないぞ。土日、殆どバイトしているだろう」
そう心配するお隣君に、真琴は少し困り顔をした。
「うん…私も少し減らしたいんだけど。3月末でバイトの子が2人辞めちゃって。人が足りてないんだ」
「あれ?でも、店長が求人して申し込みがあったって言ってなかった?」
求人雑誌やインターネットに載せる大規模な求人ではなく、店の入口に貼り付けただけの求人チラシ。
やはり周知は難しく、中々応募が来なかった。
「あー今日その人の面接したらしいんだけど。ケーキとかにあまり興味ない男の人だったみたいで、質問しても上の空で、格好もちょっと不衛生だったからその場でお断りしたって店長が…」
「その面接はどこでやったっ!?」
勢い込んで聞く私に、真琴が仰け反った。
「当然、事務室だけど……あ!」
「あ!じゃないわよっ!」
部外者が事務室に入ったって事じゃないの。
間違いなくその男が、ストーカーの犯人だ。