ガキ大将ストーカー被害 2
「携帯を失くしちゃった…」
携帯を失くしたので、連絡できる人がいない。
私と真琴は趣味で名刺を作ったことがある。
私は自分磨きアドバイザーという肩書きを、真琴はお菓子検定3.5級という肩書きと入れて遊んで作った。
その名刺を財布に入れていたので、私の連絡先だけは分かったようだ。
「どこで落としたか分からないの?」
「うん…確か、バイト先に着いたときはあったと思うんだけど…」
どこか不安げな真琴の声に、私は真琴のバイト先まで行くことにした。
今日は土曜日で学校も早く終わったし、明日は日曜日で何の予定もない。
会って早々詳しい事情を聞く。
お昼過ぎバイトが始まる前に携帯で時計を見たので、その時には確実にあった。
しかしバイトを終えて、携帯を取り出そうとしたが、いつも入れている場所にない。
バックの中身を全部出してみても、やはり見当たらない。
どこかに落としたのだろうか?でも鞄は事務室の隅に置いておいたし、うっかり落ちたとしても側にあるはずだ。
盗まれたって事は?尋ねると真琴が全否定した。
他人の携帯を盗むような人が、バイト仲間にいるとは考えられない。
その日同じシフトに入っていたのは、見るからに人の良さそうな丸々した店長と、甘いもの大好きなフリーターの二十歳の女の子。
真琴と仲が良く、バイト帰りにスイーツを食べに行く事も度々あるらしい。
そもそも財布は無事だ。金銭目的なら携帯を盗むよりも財布に目をつけるだろう。
元気のない真琴の声を聞きながら、駅前の携帯ショップへ行き、紛失の手続きをする。
バイト先まであったというのは思い違いで、万が一どこかで落とし、悪意ある人に使われてしまったら大変だ。
その前に一度、真琴の携帯に電話をしてみたが、お客様のお掛けになった電話番号は、電源が入っていないか電波の届かないところに…というアナウンスが流れた。
「電波の届かないところで落としたのかな…?」
真琴は落ち込みながら、どこかで落とした可能性はないかと自分の行動を思い返していた。
しかしこのタイミングで、携帯の紛失。
誰かに盗まれたのではないか?
「新しい携帯買おうって思ってから、携帯自体は良いんだけど。作ったお菓子とか、珍しいお菓子とか、美味しかったお菓子とか撮り溜めておいたのに。あと連絡先とか分かんない…ちゃんとバックアップ取っておけば良かった…」
バイト先から真琴の家まで、それほどの距離はないが、人通りが少ない道が続く。特に公園の横道を通る時は、注意が必要だ。
「ここの公園で小さい頃よく遊んだ~。あそこの砂場で、落とし穴を作るのが好きでね~」
と言いながら真琴は太い枝を拾う。
公園は木で囲まれていて、月の光が遮られる。
自然足早になる私の後ろを、枝を振り回しながら真琴が追いかける。
「小さい頃は枝が好きでさー、コレクションして良く親に怒られたよ」
そんな昔話を語る真琴を、振り返った時だった。
後ろから足音が聞こえた。音の速さから、走っているのは間違いない。
ランニングしている人だろうかと思いながら、ハッハッと言う息遣いと、ザシュザシュッと地面を擦る足音に緊張感が高まる。
「行こう、真琴」
真琴を急かし、家に急ごうとすると大きな影が真琴に被さった。
近づいて来た足音が真後ろで止まる。
はっと息を飲み、悲鳴をあげようとするが喉が詰まる。
背の高い、若い男が真琴の前に立っていた。
その男はぽけっとした真琴の腕を引き、倒れこんできた真琴を鍛えている硬そうな腕で抱え込んだ。
暗くてはっきりとは見えないが上等な男だった。
ひょろりと背が高いわけではなく、均整の取れた体。
顔もそれなりに整っているのが分かった。
しかし上質な男だろうと、ストーカーはストーカーだ。
助けを求めようと息を吸った私は
「洸~」
と言う真琴の声にまた喉を詰めてしまった。
「遅くなるなら電話しろって言っただろ!」
低く怒鳴るその男に、真琴は気まずそうに俯き、だって…と言い訳をしている。
携帯を無くした話に無理やりシフトさせ、それがいかに悲しかったか切々と訴えている。
その男の胸元に額を付けたまま、携帯が、メモリーが、といい続ける真琴からは見えないが、男は随分と険しい顔で宙を睨んでいた。
「あの…?」
男に話しかけると、はっとしたように私を見て、何か思い当たったように笑いかけた。
「ゴルの話に良く出てきます。本庄千草さんですか?」
「そうです。それで…あなたは?」
「俺はゴル…真琴の家の隣に住んでいて、幼馴染の野田洸貴と言います」
「………初めまして。私も真琴から、野田さんの話をよく聞きます…」
真琴の話からは、全然違う人物像が浮かんだけど、と言う一言は言えなかった。
写真の隅に写っていた小さな男の子。
真琴の前では、お隣君と呼んでいたが、心の中では軟弱ボウズと名づけていた。
軟弱ボウズ…心の中でリフレイン。
あまりの似合わなさに、顔が引き攣る。
「今日は千草、私の家に泊まるんだ」
携帯紛失の衝撃から立ち直れていない真琴を励ますために、今日は泊めてと言ってしまった。
嬉々として頷く真琴。
前触れがないお泊りは真琴の家に迷惑が掛かるので、前例がない。
しかし携帯紛失をストーカーと関わりがあると考えている私は、真琴の家で対策を考えるつもりだった。
ここで、改めてお隣君を見る。
予想外の戦力だった。
お隣君の大きな骨ばった手は、真琴の頭を鷲掴み出来そうだ。
しかし勿論そんな事はせずに、その手は落ち込む真琴を慰めるかのように頭を撫でている。
「ちょっと俺の家に来ませんか?ゴルの家の隣なので、すぐに行けますし、ゴルに話があるので」
私の反応を窺うように控えめに誘うお隣君の言葉に、すかさず了承を返す。
むしろ願ったりな展開だ。
私とてストーカーの経験などなく、解決策など思い当たらないのだ。
お隣君の家に着くと、真琴は自宅に用意されている夕飯を取りに行った。
その間、お隣君は冷凍されたご飯を温めたり、おかずを漁ったりとキッチンにこもっていた。
リビングに残された私は、手持ち無沙汰に家の中を見渡していた。
真琴の部屋と言われても納得できるほど、真琴のものがある。椅子に掛けられていたタオルケットだって、真琴が前に一目ぼれして買ったものだ。
料理雑誌だって真琴のものだ。
あの部屋着だって真琴のものだ。
何だろう、この2人…。お隣さん、幼馴染という領域を遥かに超えた2人。
「持ってきたよー」
「あぁ、レンジ使う?」
戻ってきた真琴は、そのままキッチンに直行してレンジでおかずを温めている。
「あんま大したものはないけど」
冷蔵庫の前にいるお隣君を退かし、確かカボチャコロッケが、と呟いている。
キッチンをチラッと覗くと、立派なレンジの上に調理器具。
「レンジ立派ですね」
お隣君にそう言うと、何故か真琴が自慢げに胸を張った。
「そうでしょ、そうでしょ。悩んだけど、買っちゃった。入学祝いで親戚から貰ったお金使っちゃった」
これだと大きめのシフォンケーキが作れるんだーと真琴がレンジの性能について語っている。
お隣君の家のレンジなのに…?と私が眉を潜めていたからだろう。レンジを自慢する真琴を遮り、お隣君が説明してくれた。
「洗濯機とか冷蔵庫とかはあったんだけど、レンジだけ壊れたらしくて買い換えなきゃいけなくて。ゴルが欲しがっているレンジを、折半で買ったんだ」
レンジ共同出資っておかしいよね…と突っ込みたいが、我慢する。
千草は何飲むー?お茶は二種類あるよーと言う真琴に、あったっけ?というお隣君。
家主よりも冷蔵庫の中身を把握している。
突っ込んで聞きたいところが満載で、逆に何も聞けていない。
「あ、そういえばさー。私に郵便物が届いてたんだけど、宛名とか書いてなくて。伝票とかも貼ってないんだよね。これって直接入れていったのかな?」
真琴がポストに投函できるくらいの大きさの包みを振る。
素早く反応したお隣君がそれを取り上げて、中身を確認した。
その小包の中身は、紛失した真琴の携帯電話だった。