脇役失敗談
ドタキャンされ、合コンのメンバーが一人足りなくなった。誰に電話すっか?とアドレス帳を開いて流していた俺の前を、見知った男が通りかかった。
「お!堀川じゃん」
「曽根川か」
小学校から妙に縁があり、大学まで一緒になった堀川。全体的に悪い感じではないが、垢抜けない冴えない男だ。
「お前、これから合コン行かね?メンバー足りてねぇんだわ。相手ぴちぴっちの女子大生だぜ?」
俺のせっかくの誘いを、堀川はあからさまに迷惑そうな顔をした。
こういう機会でもないと、堀川みたいな男には出会いの場がないってのに。一瞬別のやつ誘うか?とも思ったが、今回は本気で狙っている女の子がメンバーにいる。
ヘタに自分よりも格好良いやつを誘って競争率を上げるよりも、元から勝負にならない堀川みたいなやつをメンバーに入れるほうが良い。
引き立て役って大事だろ。
堀川、お前に大事な役を振ってやるよ。
「いや、俺これから約束あるから」
「約束って誰とよ?男だろ?ぜってぇ女子大生選んだ方が良いぜ?」
「洸と待ち合わせしてるから」
「洸?」
洸という名前を頭の中を1回転させる。
小学校の頃に堀川と仲が良かった男がそんな名前だった気がする。
「洸って…野田洸貴?小学校の途中で転校していったやつ?」
この場を立ち去りそうな堀川を押さえ、話を続ける。
頷いた堀川を見て、即座に思った。
引き立て役は何人いても良い役だ!と。
洸という男は、細くて小さくて、いつもいじめられて泣いているような子供だった。
ゴルゴンゾーラというあだ名のガキ大将がいて、そいつの子分みたいな存在だった。
いじいじした態度がむかついて、俺も一度やつをわざと転ばせた事がある。
一度だけだ。
その一度を目撃したゴルゴンゾーラに殴られたから、それ以来やつとは関わっていない。
「あ、じゃあ呼べよ。そいつも。そいつ、彼女いないだろ?喜んでくると思うぜ。ヤロー2人で会うよりぜってえ有意義だろ」
俺が何度もしつこく言い続けると、根負けした堀川がやつに電話を掛け始めた。
「駅前のカラオケあるだろ。そこに呼び出せよ。もう時間になっから」
遅刻は厳禁だ。初対面でマイナスイメージを植えつけるわけにはいかない。
電話越しで謝っている堀川を引っ張り、カラオケルームへ向かった。
「お待たせ~ごめんね」
感じ良く笑いながら、部屋へ入るとお目当ての女の子がいた。前回のバーベキューをやった時から、狙っていた子だ。
「あ、飲み物頼んだ?堀川、お前も座ってドリンク頼めよ」
今から俺は、気遣いが出来る男に変身する。
あぁ、と無愛想に返事をする堀川にナイスリアクションと心の中で喝采を送った。
外見的に引き立て役になってくれるのは勿論ウェルカムだが、中身まで引き立て役をこなしてくれるとは、我ながら良い人材を選んだものだ。
「曽根川~来たぜ」
当初の予定のメンバーがやって来た。こっちのメンバーも抜かりなく、俺より目立つやつはいない。
みんな同じ大学なので、学力は関係ない。
外見だけなら俺が一番優良物件だ。一番お洒落だしな。
4対4の合コンだが、引き立て役追加で5対4になってしまった。しかし引き立て役の引き立て役なのだから、他のメンバーからも文句は出てこないだろう。
それなりに盛り上がってきた頃に、堀川の携帯が鳴った。堀川は部屋番号を告げている。
やつが到着したらしい。
「あれ?まだ誰か来るの?」
女の子の質問に
「うん、どうしても参加したいってやつがいてね。それなのに遅刻なんてけしからんやつだよな。ごめんね」
しれっと答える。
士農工商で言えば俺は武士で、これから来るやつはえた・ひにんだ。
どうして約束の場所に来ないんだよ~と泣きながらくれば尚良い。武士以下の不満の捌け口になってくれる。
丁度曲が途切れたタイミングが良い時だったのか、ノックの音が聞こえた。
続いてがちゃりとドアが開き、俺は片手を上げた体勢のまま固まってしまった。
「洸、ごめんな。来てもらって」
「いや、良いよ」
モデルみたいにスタイルが整った、イケメンが入っていた。
俺の隣に座ったイケメンは、曽根川だよな、確か隣のクラスだったと話しかけて来た。
イケメンは俺の両隣には座るなというマイルールをいきなり破られた。
俺を知っているということは、やつが野田洸貴で間違いない。
え?いじめられっ子がどう成長すれば、こうなるの?何これ?夢落ち?
女の子のテンションが上がって、男共のテンションが下がった。何でこんなやつ呼んだんだよっと批難の目を向けられる。
俺だって知らねぇよ!
「お名前は何て言うんですか?」
社交辞令はなく、女の子が話しかけている。
俺の目当ての女の子がキラキラとした目で、ワントーン上がった声で、やつに話しかけている。
「野田洸貴です。初めまして」
イケメンは愛想良くしないでよろしい。
「何している人ですか?学生さんですか?どこの大学ですか?」
お!いい質問だ。野田はニートに違いない。むしろそうでなくては困る。主にこの俺が。
それか百歩譲ってすげぇ下の三流大学にしてくれ。
「W大学に通ってる」
「うわぁ!頭、良いんですね~」
誰か!誰か歌を歌え!大音量で歌え。これ以上、やつを女の子と会話をさせてはいけないっ。
誰か!頼む!こやつにこれ以上注目させてはいけない。
「洸、お前良かったのか?」
「あぁ、まぁ明日でも平気だ。ゴルの誕生日はまだ一週間先だから」
ん?ゴル?ゴルですと?
俺はチャンスとばかりに、その名前に食いついた。
「ゴルってあのゴルゴンゾーラかー?まだお前いじめられてんの?」
わざと大声でやつに話しかける。
女の子が何の話?と口を挟んできたのを幸いに、小学校の頃の話を聞かせてやった。事実よりも三倍は話を大きくしておいた。
「だから洸は体を鍛えたんだよな。ゴルに負けないために」
「あーやっぱり鍛えてるんだ」
堀川は余計な事を言わんでよろしい。
「でもお前、未だにゴルの子分なんだろ?大人になってまで誕生日プレゼントで機嫌を取るって正直ドン引き」
この台詞も声を張り上げる。
女の子たち、聞こえたか?格好良くなっても未だにこいつは子分の立場なんだぜ。
女の子のテンションが少し下がったのを感じ取り、俺はほくそ笑んだ。
やつはちらっと時計に目を落とし、席を立った。
「じゃあ、俺はこれで。これから映画を見に行くから」
「あーそうなのか~。先約があるなら仕方ねぇな」
俺は満面の笑みで、やつの退席を促した。
ドアを開けて、やつをエスコートする。
「あ、洸。ゴルによろしくなぁ~」
堀川の言葉を聞き、開いたドアを勢い良く締める。
「え?これから映画ってゴルと見に行くの?」
「そうだけど?」
嬉しそうな俺の様子に、野田が怪訝そうな目で見下ろしてくる。
見下ろされる感じが気に入らない。
「その映画見る場所って、駅前のシネマ?」
出て行こうとする野田を俺は再び席に戻す。ぐいぐい押すと、やつは怪訝そうな顔をそのままにソファに座った。
俺はこの名誉挽回のチャンスを逃すつもりはなかった。いじめられっ子のやつの姿を見た女の子はドン引き。
つまり俺の株が上がる!
「ゴルとの待ち合わせ、ここにしてくれよ。俺も中学卒業以来会ってないし。俺とお前もまだ旧友を深め合ってないだろ」
「いや、そもそも深めるほどの仲じゃないだろ」
「いいだろ?ほら、堀川からも頼めよ」
「何でだよ」
俺と堀川が小声で言い争っているのを見て、やつはポチポチとメールを打って、席に戻った。
気を取り直した女の子たちが、やつに途切れることなく話しかけている。
それを見ていた俺は、左右から小突かれた。
「おい!曽根川、何であんなやつを引き止めるんだよ!女、取られるだろ!」
ふん、単純計算しか出来ない低悩な男共め。
「これからいじめっ子がくるぞ。やつは昔から、そいつの子分だ。仁王像みたいなごつい男で、そいつに女の子を取られる心配は無い。むしろ俺様を呼び出すなんてと怒って、やつをばっきばきにぼっこぼこにしてくれる、情けないやつの姿を女の子に見せる事が出来る」
「何だよ、そいつ。あの男よりも強いのか?正直俺らも怖いんだけど」
「大丈夫、ぼっこぼこになるのは、女の子にちやほやされていい気になってるやつだけだから」
ふん、今のうちにせいぜい格好つけておけ。
それが続くのも、あと少しだ。
それから三十分くらい、やつが女の子の気を集めているのをひたすら我慢した。これも全てやつがぼっこぼこになるのを見たいがためだ。
やつの携帯が震え、ドアがコンと鳴った。やつは素早く立ち上がってドアを開けている。
やってきました!待っていました!救世主!
「久しぶり!俺、小学校の頃隣のクラスだった曽根川…」
俺はまたしても片手を上げた状態のまま、固まってしまった。
やつの後ろからひょこっと顔を覗かせた、ほわっとした可愛い女の子。
見知らぬ集団に気が引けているのか、やつの背中から顔だけ出して部屋の中を伺う可愛い女の子。
すげぇ可愛い…女の子??
「うん!覚えてる。曽根川君だよね?私、鬼塚真琴」
鬼塚真琴、確かゴルゴンゾーラはそんな名前だった気がする。
え?どう成長すれば、こうなるの?何これ?夢落ち?
やつをぼっこぼこに出来んの?そんなに小さくて?
やつは子分らしく、その子の大きな荷物を持ってあげている。
ありがと、と笑う女の子。
「ゴル、ごめんな。洸は俺が呼んだんだ。映画見に行くまでの時間しかないって知ってたんだけど」
「ううん。今から行けばチケットは取れるから大丈夫!」
「でもいい席で取れないだろ。ごめんな?」
おい!堀川!その女の子に謝りながら、好感度を上げるな。
「いや、もうチケットは取ってある。ここに来る前に寄ってきたから」
そしてやつは、いいとこ取りするな。
チケット取ってってパシりか?荷物持ちの子分か?
いじめっ子といじめられっ子の関係ってどう見ても違くないか!?
それじゃあ、と女の子と一緒に退出するやつ。
やつはぼっこぼっこになるどころか、可愛い女の子と並んで二割り増しに格好良くなって去っていた。
いじめられっ子がイケメンに成長していた。やつを貶めるためにいじめっ子を呼んだが、いじめっ子は見るからに甘そうな可愛い女の子になっていた。
そんな予想外な成長した2人を呼び出したことを激しく後悔している。
どういうことだ?こら、話が違うじゃねぇか!と言う避難の視線を四方から感じる。
俺だって知らねぇよ!
あの子、俺の目当ての女の子より可愛いじゃねぇか!
ありえねぇ~展開。あんなやつ、呼ぶんじゃなかった…。