いじめっ子の兄、仰天
何だかんだと忙しく、結婚してからしばらく里帰りも出来なかった。
嫁はバリバリのキャリアウーマンだし、俺も昇進して、仕事プライベート共に忙しい数年を送った。
そうして久方ぶりに家に帰ってみれば、連絡したにも関わらず、誰もいない。
ひゅろろろ~と北風が吹き抜けた気分だ。
真琴は仕事がない日だと言っていたのに、出かけてしまうとは薄情な妹だ。
俺はテーブルに乗っている回覧板を何気なく取り、ピンと閃いた。
妹の幼馴染である洸貴が隣の家に帰ってきているらしい。大学を機に島根から戻ってきたから、もう3年は経っている。
折を見て挨拶に行こうと思っていたが、機会を逃してきた。
回覧板を口実に訪ねてみよう。
不在なのを覚悟の上で。家族に放置されて、俺は暇なんだ。
いそいそと回覧板に判子を押し、隣に向かう。
ピンポーンと鳴らすと、かちゃっと反応する音が聞こえた。
「すみません。隣の鬼塚ですが、回覧板渡しに来ました」
「はーい。私もだよー。お兄ちゃん?今、開けるね~」
聞き慣れた我が妹の声が。
なぜに隣の家にいる!?
「お兄ちゃん。お姉さんは?」
「嫁は仕事があって…俺だけ寄りに来た…」
妹の後ろから顔を出す本当の家の主である野田洸貴。
その姿を見て、立派になって…と涙がちょちょぎれる。
「あがる?」
妹よ、なぜお前が誘うのだ?
中に上がらせて貰うと
「散らかっておりますが」
と恐縮して頭を下げる洸貴。
散らかっているのが殆ど、妹の私物に見えるのは兄の勘違いか?
人の家を散らかすとは…。
「ちゃんと場所決めてるし」
人の家に自分のエリアを作るな!
お前、鍋食べる時もエリアを作ってたよな?俺が軽々領域侵して、兄弟戦争勃発。お袋にB29を落とされていたのは懐かしい思い出だ。
お茶を飲みながら、近況報告をする俺と洸貴。
固定電話が鳴り、はーいと返事をする妹。
呼び出し音に返事をしても意味がないという事実はさておき、人んちの電話にでるなっ!
「あーおばさん?うん、届きました~。ありがとう、さっそく夕食にするね」
会話を続ける妹。
洸貴は無声でお袋?と尋ね妹が頷くと、代わろうともせずに俺と話を続けようとする
「うん、うん。おじさんによろしく~。洸に代わる?あ、いらない?」
じゃまた~と電話を切る妹。
妹、電話切る。人んちの電話に出て、和気藹々話をし、そのまま切る。
何て非常識なっ!
説教をしようと、ここに座りなさいと言った時にレンジがチンとなった。
「あ、キッシュが焼けた」
妹よ、人んちでキッシュを焼くな。
焼きたてのキッシュを携帯のカメラで写す。
わが道を行き過ぎる妹にかける言葉がない。
「洸貴は、公務員の採用試験を受けるのか?」
妹がキッシュを切り分けようとしているので、洸貴はテーブルの上に乗っている数冊の本をどかした。
公務員採用の問題集や、対策集、市から取り寄せた資料など。
洸貴も次の春には大学を卒業だ。つまり今は就職活動中なのだろう。
「実は、両親が老後は島根で暮らすから、この家を買えって無茶を言い出しまして」
「それは厳しい」
社会にでたことがない学生に家の購入を迫るとは。このマンション立地条件も良いし、地価が上がってるから、ローンを組んでも数十年以上はかかる。
「自分勝手な両親なんです。島根の生活が気に入ってしまったみたいで。まぁ、俺もこの町好きですし、真琴もかなり乗り気で。母が煽っている部分も大分あるんですが」
家の購入と言うビックプロジェクツに妹関係する?
「…………へぇ」
としか返せず、妹が出してきたキッシュを食べる。
んまい。流石は我が妹だ、人んちで作ったにも関わらず、上手に出来ている。
「そうなると地方公務員か、大規模な異動がない会社に勤めなければならないので、今必死で就職活動中です」
「なるほどー」
就職氷河期大変だ。雪解けはまだかー地球は深刻な温暖化をなのに、そっちは寒いなと茶化したくなる。
「地方公務員も年々給料落ちているので、その点は少し、悩んでいるんですが」
「給料安くてもいいじゃんー。私、この町好きだもん」
「と真琴も言ってるので。もし、転勤になって単身赴任とか嫌ですし」
単身赴任って。前後の会話の流れを考えると、洸貴と妹が付き合っているように聞こえる!
しかも結婚前提の。
えー…付き合ってるのか?
「私、生涯現役でいたいし。おばあちゃんになってもお菓子作るよ。死にかけが作る涅槃の菓子、とかインパクトがあって売れそうだ」
いやだ、そんな菓子。誤解されないか?毒が入ってそうだぞ。
「俺はおじいちゃんになったら、お前と田舎でのんびりしたいかなぁ。日向ぼっことかして。猫とか飼いたい」
「爺むさい」
「爺になった時の話しだし」
君たちはどこまで先の話をしているんだ?
俺はまだ現状が把握できていないんだが。
「えー洸貴と妹は…結婚するのか?」
俺の言葉に洸貴と妹が顔を見合わせて笑った。何ですか?そのアイコンタクトならぬ顔コンタクトは。
「就職してすぐは無理ですが、いずれはと考えてます。資金の面で不十分で。結婚式も挙げたいですし」
「えー良いじゃん。しなくても。その分さ、新婚旅行に使おうよ~」
ドイツとフランス行きたい~と洸貴の後ろから抱きついてお願いする妹。小さい頃はお願いする時は後ろからドロップキックだった。
妹も大人になったんだな…と涙ちょちょ切れ。
行きたいな~と甘えるように強請る妹に、洸貴は真琴の行きたいところで良いよと信じられないチョロさだ。
「でも結婚式は譲れない。ウェディングドレスも着せたいし」
「んじゃ、レストランウェディングにすれば良いかも。ウェディングケーキ、私作るし!」
「それも良いかもしれないな」
考える素振りを見せる洸貴。
「あー兄ちゃんは2人が付き合ってることすら今知ったんだが…。いつからだ?お袋たちは知ってるのか?」
言ってなかったっけ?と首を捻る妹。
言ってないのか?と妹の額を小突く洸貴。
兄は寂しい。疎外感。
「3年くらい前。お母さん達はみんな知ってる」
兄は寂しいっ!疎外感っ!
「結婚式はともかく、籍だけ入れちゃえば?」
何となく言ってみた。先に籍を入れるのは今時珍しくはない。
洸貴は俺を見て、妹を見た。
しーんとした部屋にちっちっちと秒針の音が響いている。
え?深い意味はなかったんだけど。何、この沈黙?
「…………それもありか」
「私は良いよ~」
「じゃ、卒業したら結婚しよ」
「うん、良いよ~」
えへへと笑い合う2人。
仲が宜しいようで結構ですね。
その場のノリかもしれないしなぁ~と俺は疎外感を胸に部屋を去った。
だって妹たち、何か結婚の相談とか始めて、寂しさが限界に来た。
もう帰るっ!俺だって、嫁んとこ帰るっ!
その後無事に地方公務員となった洸貴は桜が舞う季節に、本当に妹と籍を入れた。
兄は色々驚いた。
結婚する躊躇いとかないわけ?何その、当たり前みたいな流れ。
新居は勿論、そのままお隣の家。それも当たり前みたいな流れ。
まぁ幸せそうで、兄は安心したぞよ!




