いじめられっ子の過去話
「確かにさ、ゴルには良く泣かされた。見返してやるって思って、空手を習った。強くなって、負けないくらい強くなって、見返してやるって」
はい、仰るとおり。良く泣かしました。
「でも…それって一応は事実なんだけど、ちょっと脚色しててさ……俺さ、4年生になって島根の学校に転校したけど、実は島根でも苛められたんだ」
脚色?と聞き返した私に、洸は頷いた。
「島根ではさ、こっちと全然違った。元から仲間に入れてくれないんだ。そりゃそうだよな、ちょっと何かあるとすぐに泣いて、先生や周りの親に言いつけるやつ、誰だって嫌だよな」
ベンチの背もたれに体重をかけながら、洸は空を見た。
「サッカーだって、野球だって、トランプゲームだって、遠足のお昼だって、仲間に入れてくれなかった。結構きつかった。存在がないものとして扱われるのは。団体行動が多い小学校に友達がいないってのは辛い。2人組み組んでとかグループ作ってとか言われるといつも焙れる」
焙れた女子と組むとか、と呟く洸に私まで辛くなる。
「こっちにいた時は、俺は、ちゃんとみんなと遊んでた。その遊びで、味噌っかすで、良くお前に泣かされて、先生に怒られる貧乏くじを引いて。それでもさ、仲間に入ってた。イタズラとかバカみたいで危険な遊び、混じりたくなかったけどな」
バカみたいで危険な遊びのほぼ発案者であり、実行犯でもある私は、洸の言葉に沈黙しか返せない。
「いつもポツンと1人で。家でも口数が減って、放任の親もあの時は心配していたな」
想像すると悲しくなってくる。
仲間はずれは良くない!と思うが、いじめっ子のお前が言うな!と言う過去を持つ私は、またもや何も言えない。
「毎日が嫌で嫌で、誰も遊んでくれなくて寂しくて。だけどさ、そんなある日、お袋が一通の手紙を差し出した。中には写真一枚っきり」
運動会の写真だ。
私が仏頂面で写っていて、洸が泣きながら5の旗を持っている。二人三脚をやった3年生の運動会の写真。
「裏には一言、元気だ!やる。っとだけきったない字で書かれていてさ。普通元気か?って相手の近況を伺う挨拶があるもんじゃないの?って笑えたけど。しっかもセンターゴルだし。端っこの方に俺が小さく。他に写真なかったの!?ってゴルを思い出して笑えた」
洸が手帳から取り出した写真の裏には、マジックで書かれた汚い字。
「でも俺はさ、この写真で結構救われた。いなくなっても俺の存在はお前の中にあるんだなって思ってさ。この二人三脚だって、転ぶとすぐに泣く俺と組むの、みんな嫌がったのに、お前は俺と組んだんだよな」
良し!洸、一番取るぞ!とか張り切ってさ。
そう懐かしそうに言って、洸は写真を見つめた。
私は転んでわぁわぁ泣く洸を引き摺って、ゴールまで行った思い出しかないが。
更に言えば、うるせぇバカ!とか言って、救護室に放り込んだような記憶が…。
「乱暴者で、いじめっ子で、ガキ大将のゴルの見方が変わったな。嫌いだけど、大嫌いじゃない。好きじゃないけど、嫌いじゃない。って複雑で、自分でも良く分からない感じ。仲間にいれてって言っても無視されて、遊び仲間にすら加えてもらえなかった島根での経験で、千葉の思い出やゴルが美化されたってのもあるけどな」
私にも良く分からないけど、嫌いじゃないって言葉に安心する。
洸の方をちらっと見ると、洸も私を見ていてばっちりと視線が合う。
「それから空手も真面目に通うようになって、少しずつ色んなこと頑張るようになって、泣かなくなって、強くなって。確かに、ゴルを見返そうとか、いじめられっ子にならないためとか心情にはあるんだけど。ゴルと取っ組み合いになっても負けないように強くなりたい!って思ったけど、それだけじゃなくて。自分でも自分がダメだなって思ったのが一番の理由かなと思う。見返したいのは自分を含めたみんな」
思春期は色んなこと考えるよな、と言う洸に私は沈黙。
私、何も考えてこなかった。本能が赴くがまま自由に生きてきた気がする。
全力で遊び、結果怪我して、お菓子作りを知って、全力で打ち込む、みたいな単純な流れ。
「大人になって、ゴルと再会する時、もしかしたら良いダチになれるんじゃないかって期待したんだ。嫌なやつって思ってたけど、憧れもあった。おぉ!お前大きくなったな~とか言ってさ、俺を認めてくれるんじゃないかって」
大きくなったなーって思ったよ。実際。
あの頃の洸の面影がなくて、びっくりするくらいだった。
「俺よりもがたいの良いお前が現れて、久しぶりだなぁとか肩が腫れるほどバシバシ叩いてくる再会を描いていたから、最初はもう呆然」
想像上のゴルがしゅるしゅる小さくなっていったよ。
洸の想像の中では、どの位私は大きくなってたんだろう。私の身長は小学校でほぼ止まったので、大きさ的には洸と最後にあった3年生の時から変わってはいない。
「もう全部ちっさくて。何これ誰?筋肉隆々でアニキって感じの男臭いゴルを想像してたからさ。でも実際は触ると柔らかいし、甘い匂いがするし、ちっさくてどうしたら良いのか分からなかった」
カーディガンの袖を持ちながら、洸が笑う。
「早朝チャイム鳴らしまくるとか、喜怒哀楽出しすぎとか、思ったら即行動するとか、昔のゴルのパワフルさは残ってるんだけどさ」
苦笑する洸をじっと見る。
「つまり洸は…えーっと拳で語り合いたかった?禍根を残さないために殴り合ってすっきりと新しい関係を…とか考えていた?」
「バトルマンガの読みすぎ…その表現。会う前はゴルがそう言う風に来たらやり返そうと思ってたけど」
殴るとか、嫌だな。
手を怪我すると困る。非常に困る。実習に参加できなくなるし、バイトにも差支えがあるし。
「刃物を使えば何とか互角に…」
「殺す気か」
洸の突っ込みに、思わず笑った。




