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いじめられっ子進化論

 島根に住んでいた幼馴染が地元に帰ってきた。

 

 ひ弱で、小さくて、いじめられっ子だった幼馴染は、背が伸びて、すげぇ格好良くなっていた。

 小さい頃の面影が全くない。

 聞けば誰もが知る偏差値の高い大学に4月から通うとのこと。外見ばかりではなく、中身も成長していた。

 お前は一体誰だー!?と叫びたい。


「よう、久しぶりだな」


「あ…あぁ、お前すげぇ変わったな?」


 そうか?と肩を竦める仕草さえ様になっている。

 幼馴染の洸は、コーヒーを飲みながらデザートメニューを見ていた。

 くそう、顔が良い男は甘い物が好きでも、ギャップが良いとプラスに取られるから得だ


「ここでケーキ食べておいて、テイクアウトもするのか?どんだけ甘いもの好きなんだよ」


「いや、これはお土産。ゴルがここのケーキ好きだからさ」


「ゴル!?ってゴルゴンゾーラっ?」

 

 いじめっ子のガキ大将、乱暴者のゴルゴンゾーラ。俺は3年になってクラスが分かれたので、あまり被害にあわなかった。

 しかし洸は違う。

 洸とゴルゴンゾーラはいじめっ子といじめられっ子という関係だったのだ。

 

 ゴルがバケツの中に水を目一杯入れて振り回し、遠心力っていう俺の力で水は落ちないんだぜとか言ってるうちに、水が零れて。

 水浸しになった床を洸が拭いていたのを、俺も手伝ったことがある。

 まさかその関係が今でも続いているとは思わなかった。


「洸、お前さ。今でもゴルにパシられてんの?確かにゴルはレスラーとかボクサーとかになってそうだけどさ。今のお前なら、負けねぇんじゃね?」


「…うーん…まぁ…」


 答える幼馴染の端切れが悪い。

 子供の頃にいじめられたトラウマで、今もゴルに逆らえないのだろうか?

 しかし見るからに鍛えている洸を見れば、ゴルもパシろうと思う気持ちが薄れるような気がするが。


「お土産って今から、ゴルに会うのか?」


「家が…隣だからな」


 洸は通りかかった店員を呼びとめ、テイクアウト用に、ケーキを包んでもらっている。

 プチケーキが5個箱の中に並んでいた。

 ゴルならいっぺんに平らげそうだ。

 一気に5個鷲掴んで、一瞬で終了。


「お前、今一人暮らしだっけ?俺も行っていい?」


 俺は洸に代わって、ゴルゴンゾーラに一言言ってやるつもりだった。いい加減、子供の頃の権力を笠にきるのは止めろと。

 

 ゴルの硬そうな拳で殴られるかもしれないが、それは覚悟の上だ。

 俺が殴られれば洸がやり返し、そこでゴルは洸の強さを思い知るかもしれない。

 

 それに確かにゴルは体が大きかったが、洸も負けてはいない。

 ゴルは骨格から体が大きいイメージだが、洸は違う。鍛えられた筋肉を、しなやかに身に付けている。

 力なら負けるかもしれないが、俊敏さは洸が勝つに違いない。


「家に来ても良いけど、何もないぞ」


「何だよ、片付けてないのかよ」


「いや、元からそんなに持ってきてないからな。これからぼちぼち買い足すつもり」


 洸の言うとおり、家の中はがらんとしていた。必要なものは揃っているが、無駄なものはない。

 家主がケーキを冷蔵庫に仕舞っている間に、遠慮なく家を検分した。

 空間が多い部屋だが、どこかおかしなところがある。


 妙に可愛いものがあるのだ。

 モコモコのパンダのクッションや、犬がついたスリッパ。2つあるお揃いのマグカップは、デフォルメされたウサギが描かれていた。


「洸、お前さ~。もうこっちで彼女作ったのか?まさか島根から来てるわけじゃねぇよな?」


 グラスにお茶を注いでいた洸が白々しく首を振る。


「まさか。2週間前にこっちに来たばかりで、彼女なんて出来ないって」


「じゃあ、これは何だよ」


 さっき見つけた可愛い小物類を突きつけると、洸は困ったように苦笑いを浮かべた。


「あ~…それ、ゴルが持ってきたんだよ」


「は!?ゴルが?何の嫌がらせだよ!お前、彼女が出来た時に誤解されるぞ」


 俺の中でゴルの評価が益々下がった。

 ゴルは格好良く成長した洸に嫉妬しているのだ。

 厳つい自分がもてないからと、洸を僻んでいる。


「捨てちまえよっ!こんなもんっ!」


 ゴミ箱に投げ捨てようとする俺から、洸がクッションを取り上げた。


「これは…おれがUFOキャッチャーで取ったんだ。買い物行った時に、ゴルが欲しそうに見ていたからさ」


「は?…何それ…?」


 激昂していた声のトーンが一気に下がる。このパンダのクッションをゴルが欲しがった?それで洸が取った?

 このクッションをゴルが欲しがっているのが想像できない。欲しいなら見ているだけじゃなくて、機械を壊すか、店員を脅すか即行動に移すはずだ。


「もしかしてこれ…サンドバックか…?」


 手ごたえがなさそうだが、他に使い道が浮かばない。

 何となく釈然としないものを感じながら、昔話をしているとチャイムが鳴った。

 洸がすぐに立ち上がって、玄関に向かってる。


 俺はドキドキしてきた。一言言ってやると意気込んで来たものの、あの洸が躊躇するほど未だにゴルは強いのだ。

 俺など一ひねりに伸されてしまうのではないか?


「早かったな。でももっと帰り遅くなるようなら電話な?迎えに行くから」


 洸の声が聞こえる。いじめっ子に対する声という感じがしない。

 何だか…洸の声が甘い。


「………………?」


 俺は足音を立てないようにゆっくりと動き、2人の様子を伺った。


「今、友達が来てる。ゴルも知ってる奴だよ。ほら、1.2年同じクラスだった堀川」


「あぁ、覚えているよ!洸と仲が良かった坊主頭の男の子!」


 懐かしいなぁ~と言いながら、こっちに向かってくる可愛い女の子が見えた。

 春らしいピンクのシフォンワンピースを着て、さっき見たウサギのスリッパを履いている。

 

 洸は女の子の肩に手をやり、冷えていると呟くと部屋の温度を上げた。

 3月中旬、春とはいえまだまだ上着は手放せない。


「ゴルが好きなケーキ買ってきた。今、食べる?」


「うん!ありがと」


 にこっと笑った可愛い女の子に、洸は笑い返すとキッチンに向かった。

 立ち尽くす俺の前に、女の子が近づいてきた。


「久しぶりだね~堀川君。私、鬼塚真琴。覚えているかなぁ?」


 確かゴルゴンゾーラはそんな名前だった気がする。

 でも俺は、お前は一体誰だー!と叫びたい。

 

 女の子は、さっき俺が捨てようとしたクッションを抱え、テーブルの前に座った。洸が持っている時より、クッションが大きくなった気がする。

 そのくらい女の子は小柄だった。


「……誰………?」


 思わず呟くと、女の子は仕方なさそうに再度自己紹介をした。


「鬼塚真琴。んーゴルゴンゾーラって呼ばれてた。ゴルとかゴルゴン鬼塚とか」


 女の子は補足説明を付け加え、俺の反応を窺った。

 俺が何も答えないでいると、がっかりしたような様子を見せた。

 

 俺はつい本物の人間か確かめるために、俯く女の子に手を伸ばしてしまった。

 普段、親しくない女の子にいきなり触ろうとするほど、俺は失礼な男ではない。しかしこの時は正常な思考をしていなかった。


「ほら、ゴル。このケーキ、新商品だったよ」


 女の子に伸ばした手は、幼馴染に容赦なく弾かれた。触るなよ、と睨まれて俺は自分の失態を自覚する。

 洸に弾かれた手は、真っ赤になっていた。

 

 女の子は良く分からないようで、俺と洸をきょろきょろと見ていたが、結局何も言わずにケーキを食べだした。

 さっき見た可愛いマグカップに紅茶が入れられ、女の子の前に置かれている。


「堀川は覚えているよ。ゴルのこと。さっきの昔話にも出てきたし」


「あーそうなんだ。良かった。忘れられていたら、寂しいもんね」


 触るなと俺の手を弾いた洸は、ケーキの欠片が付いていた女の子の口元を指の腹で拭っている。


 え?どういう事?


 頭の中が困惑してきた。

 いじめられっ子だった幼馴染が格好良くなって帰ってきた。ガキ大将だったゴルはすっごく可愛くなって、再会した2人は…。


「って何それ!?」


 ゴルって女の子だったの!?

 それもびっくりしたけど!でもそれ以上に、洸がゴルに甘くて、2人がお似合いなのがびっくりなんだけど!

 

 ゴルに一言言ってやる、殴られるのも覚悟の上で少しでも反撃してやるとか思っていたけど。

 絶対無理だ!

 俺だって男だ。可愛い女の子に手をあげる気はない。


 

 そもそもそんなことしたら、洸が黙ってない。絶対。




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