ガキ大将、逃亡する
私は現在、洸から逃亡中だ。
曖昧なもやっとした状態が嫌いな私には、初めてのことかもしれない。
野田洸貴。
4月に帰ってきた私の幼馴染。
でも幼馴染だって思っていたのは、私だけだったかもしれない。
洸にとって私は「いじめっ子」だったのに、堀川君から洸の気持ちを考えろって言われるまで鈍感で気付けなかった。
子供の頃の記憶を掘り起こせば、そうだったかも…と思う事実は沢山あった。どつくの挨拶、押し倒すのコミュニケーションって思ってたからなぁ。
いじめっ子=嫌な奴っていう式が成り立つ、つまり洸にとって私=嫌なやつになる。
最初は、否定した。
堀川君の言葉はショックだったけど
「でも洸は優しいし、一緒にいると笑ってるし」
と自分で自分を励ました。
でも洸に会うのにちょっと怖気づいて
「お迎えは良いです」
ってメールで断った。
服を洗わない人はあれから現れてないし、1人で帰るのもそろそろ平気って思ったけど西園寺さんが送ってくれた。
西園寺さんは最初何か変わった人って思っていたけど、一緒に働いてみれば良い人だった。
マンガを沢山持っていて、いつもお薦めを貸してくれる。
少年マンガしか読まない私だけど、西園寺さんの影響で少女マンガも面白いかも、と思い始めている。
昨日読んだマンガの話をしながら帰る途中、洸にばったり。
不機嫌そうな洸。
いや、不機嫌って言うよりも怒っている雰囲気。
いつもみたいに笑って走り寄ることができなくて、その場に立ち尽くしたまま、隣にいた西園寺さんを窺い見る。
それから洸に視線を戻すと、洸は私と西園寺さんを睨んでいた。
西園寺さんは私に顔を寄せ、そっと耳打ちした。
「私は既に鬼塚真琴を友として認めた。それ故に忠告をしよう。野田は…ある目的のために鬼塚真琴に近づいた」
「……………??」
西園寺さんの意味不明発言が来た。
マンガに影響されやすい西園寺さんは、前日読んだマンガに入り込んで、良く分からない事を言う時がある。
「気をつけろ。野田は…」
「離れろよ」
洸の声が西園寺さんの言葉を遮った。西園寺さんはそのまま洸の様子を見て、仕方ないかと肩を竦めた。
そしてそのまま来た道を戻っていった。
洸と2人きりで残された。
名残惜しげに西園寺さんの背中を見ていると、洸に腕を掴まれる。
洸に腕を掴まれるなんてしょっちゅう。
でも痛いって思ったことがなくて、びっくりして振り払おうとした。
洸は更に力を込めて、放さなかった。
「こ、洸っ…!痛いよっ」
「何なんだよ。あいつ」
あの温厚な洸の声が冷たい。
「洸っ!痛いってば!」
「迎えが要らないってどうして?」
洸の目も冷たい。
「…やっ!腕っ痛いっ!」
「ゴルはあいつの事好きなの?」
洸の手が私の腕を折れるくらいに掴んでる。
痛くて、冷たい洸が怖くて頭の中混乱中。
腕が痛くて、振り払おうと暴れた。
「やだってば!洸っ…痛い!」
「あいつ、ゴルの何なの?俺はゴルにとって何なの?」
「洸は、幼馴染で…っ」
「幼馴染なんかじゃない。もういい加減、昔のままの関係で待つのは辛い」
洸が吐き捨てるように言った。
洸の言葉と堀川君の言葉が、ぐるぐると頭の中を回った。
洸はやっぱり、私のこと。
だーっと涙が出てきた。
親が死んだときと戦いに敗れた時以外泣いちゃいけねーって言う兄の教えをある程度は守ってきた私だけど。
涙腺が決壊したみたいに涙が止まらない。
どばーって言う表現がぴったりな涙の出方。
「う…うぇぇ~」
泣き声をあげた私に気付いて、腕を離して。
泣き顔を見て、ピキンと動きを止めた洸。
その隙にダッシュで逃亡する私。
泣きながら家まで走る。
うぇぇんって号泣しながら、自室のベッドに倒れこむ。
ショックだった。
睨まれた事も、冷たく見られた事も、痛いって言ってるのに腕を離してくれなかった事も。
嫌われてるんじゃないかって思った。
うぇぇーって泣いて、そのまま寝てしまった。
朝になって携帯を見ると、洸からメールが来ていた。
心臓が嫌な感じのリズムになったのを感じながら、恐る恐る内容を開く。
『乱暴にしてごめん。話がしたい』
昨日洸に掴まれた腕を見ると、指の形で痣になっていた。
心霊現象みたいだ。
話って何だろう。
いじめっ子のお前と隣の付き合いもあったから関わってきたけど、いい加減うざい。とか言われたら心のダメージ半端じゃない。
立ち直れる自信がない。
ちょっと逃げようかな。
ちょっとの猶予期間、必要。
私は返信せずに携帯を閉じた。




