疑惑のいじめられっ子(後編)
女の子は学園祭のパンフレットを真剣に読んでいる。
その隣で野田君は、たこ焼きを食べていた。
焼きたてみたいで、湯気が出ている。
鰹節が踊っていて美味しそうだ。野田君はそれをフーフーと冷ましている。
程よい頃に食べようとした野田君に向かって、あーんと口を開ける女の子。
野田君は、自分で食べろと拒んでいたけど、あーっと開いたままの女の子の催促に結局根負けしていた。
「野田君」
「細川」
ざわつきに掻き消される小さな声だったのに、野田君は僕に気付いてくれた。
そんな小さなことに嬉しくなる僕。
「同じ学部のダチの細川」
と言う言葉に卒倒しそうなほど、有頂天になってしまった。
今まで僕を友達を言ってくれる人がいただろうが?いや、いまい。
『友達が病気になってしまいました。どうしていいか分かりません』
と言う新聞の人生相談コーナーを読んで
「いいじゃん!僕なんて、病気が友達だよ!どうして良いか分からないよっ!」
と憤っていた過去の僕、さようなら。
僕は今、野田君にダチ認定された。
人生最良の日。
「初めまして。洸の幼馴染の鬼塚真琴です」
野田君の幼馴染なんだ。
幼馴染だから、距離が近いんだね。
「そろそろ牧田の劇が始まる時間だな」
時計を見て、食べるスピードをあげる野田君。
食べ物を持ち歩くのは良くないからね。
牧田君たちの劇は、3Dの講堂を使っている。演目は『現代版シンデレラ』
僕たち、サクラがいなくてもいいんじゃないかなと思うほど盛況だった。
ストーリーは微妙だったけど。
「シンデレラ、帰ってくるまで掃除をしておくのよ!洗濯もね!皿洗いもよ!」
という意地悪な継母の言葉に、シンデレラはルンバをスイッチオン。
全自動洗濯機もスイッチオン。
最新の食洗機もスイッチオン。
そこまでするとシンデレラは悲しげに泣き崩れた。
「あぁ、お母様は毎日、バツイチ子連れ&理解者限定の婚活パーティに参加して、お姉さまたちは、年収800万以上限定のエリートお見合いパーティに参加している。あぁ、羨ましい。でも相手見つかってないのザマミロだけれど…あぁ…私も行きたい。でも着て行く服がない。靴もないわ」
そんな風に嘆くシンデレラの前に魔法使いが現れる。
魔法使いはシンデレラに、美しいドレスと、ガラスの靴と、カボチャの馬車を用意してくれた。
「パーティは少しドレッシーな感じで清楚なのが良いの。こんなに気合入れているとどんだけ崖っぷち!?っと引かれてしまうわ…」
ドレスを見て泣くシンデレラに、魔法使いは薄ピンクの大人しいAラインのワンピースを出す。
喜びに目を輝かすシンデレラ。
「ガラスの靴は…ごめんなさい。正直、意味が分からないの。ローヒールのパンプスを出して頂けるとありがたいのだけど」
控えめに頼むシンデレラに、魔法使いはバックリボンの付いた黄色いパンプスを出し直す。
シンデレラは
「これでパーティに行けるわ」
と大喜び。
ガラスの靴以上に意味が分からないカボチャの馬車は、見ない振り。
「12時になる前に、帰って来るんだよ。魔法が解けてしまうからね」
魔法使いが念を押して、シンデレラを送り出す。
「大丈夫よ。パーティは7時開始の9時終了なの。参加するのは社会人が多いから、あまり遅いと次の日に支障が出てしまうわ」
初めてのパーティに胸を躍らせるシンデレラ。
会場に入ると、お洒落をした男女が、名前・職業・自己アピールを書いた名札を首からぶら下げていた。
シンデレラも慌ててそれを記入し、首から提げる。
名前 シンデレラ
職業 家事手伝い
自己アピール 小さい足
「初めまして」
シンデレラに声をかけてきた男の人がいた。
顔は地味よりの普通レベル。
名前 王子田
職業 会社員
自己アピール 正直な性格
と名札には書いてある。
色々話をしている内に、付き合う相手に求める条件についての話題に移る。
「そうですね。僕は、顔が良くて、スタイルが良くて、料理上手で、優しくて、浮気とかで嵌め外しても文句言わなくて、節約家で、母とも仲良くやれて、将来は両親の面倒見てくれる。そのくらいの条件です」
早口で言い切る王子田。
「あ…では私は理想に適う相手ではないですよね。顔もスタイルもいまいちだし…」
シンデレラの言葉に、無言になる王子田。
「ここはフォローするところですよ」
とシンデレラが言うと、王子田は無言のまま名札の自己アピールを指差す。
正直な性格、つまりシンデレラが理想に適っていないということ。
自分の容姿に自信があったシンデレラは、もう二度とパーティなんて行かない!と怒り心頭で家に帰る。
それからと言うものシンデレラは、継母と継姉に社会に出ないなら、家事をやりなさいと怒られる日々を送り続けることになる。
めでたし、めでたし。
「牧田君、王子役だったんだね」
「誰が考えたんだ…あのストーリー」
げんなりした様子の野田君。
楽しかったよ、と言いながら模擬店物色中の女の子。
野田君が止めるのを聞かずに、アイスを買う。
「おーい。野田、細川」
牧田君が声をかけてきた。
牧田君の視線は、野田君の隣にいる女の子に向けられている。
凝視に近いその視線。
ぶしつけな視線に、女の子は首を捻って野田君を見た。
「こんにちわ、王子田さん」
とりあえず挨拶をする女の子。
「いや、牧田だよ。同じ学部のやつ」
牧田君は野田君にダチって紹介されなかった。優越感を感じる僕。
写真屋に向かいながら、牧田君は女の子に色々と質問している。
「へぇ、幼馴染なんだ。じゃあ小学校とか一緒だったりする?」
「うん。洸が転校する4年生まで」
答えながら食べかけのアイスを野田君に押し付けて、チュロスを買う女の子。
野田君は、顔を顰めながらもアイスを食べる。
さっきから残飯処理みたいになってる。
「野田が持ってる写真の子、知ってる?」
「写真ってどれ?」
チュロスを齧りながら、ポテトモチの模擬店に行こうとする女の子。
野田君にダメと引き止められて、ちぇっと言う顔をする。
「野田、写真出せよ」
牧田君がしつこく言うと、野田君は手帳から写真を取り出した。
それをひったくるように奪うと、女の子の前に翳す。
「この子。この子と野田ってどういう関係!?」
「え?さっきも言ったと思うんだけど…。幼馴染」
女の子の返事に、牧田君はあれ?と言う顔をする。
「さっき聞いたのは、君と野田の関係だよね?今、聞いたのはこの写真の子と野田の関係なんだけど…」
「それ、小学校の頃の私」
牧田君の目が丸くなる。
写真と女の子に、何度も視線を行き来させる。
え?まじ?と言いながら、女の子に写真の面影がないが確認している。
面影は全くなかったみたい。
「メタモルフォーゼなんてもんじゃないじゃん!写真の子、肩幅は衣文掛け並で、足のサイズは28.5とかの超ビックサイズで、角刈りが似合いそうな体型の大人になりそうだったじゃん!顔なんて、まんま男で化粧してもニューハーフ、女子トイレ行ったら通報って感じだったじゃん!マジであの子、君なの!?」
牧田君が早口で捲くし立てる。
牧田君のマシンガントークに女の子は呆気に取られて
「私、小学校の頃……そんなだった?」
とだけ返した。
牧田君は、フォローの言葉を探して、でも見つからなかったのか無言で名札を指差した。
自己アピール、正直な性格って所を。
まだ名札していたんだね。
「ゴルゴンゾーラってあだ名が付くくらいだしな」
「ゴルゴンゾーラって呼ばれてたのっ?何か強そうだけどっ!」
食いつく牧田君。
うん、まぁ…と照れた感じの女の子。
褒め言葉なのかな?それ。
それから牧田君のサークルの写真屋で写真を撮る。
どこから集めて来たのか、メイド服に、警察官に、セーラー服に、ナース服。
男のロマンが揃っていた。カチューシャになってる猫耳や犬耳も。
その中で女の子が選んだのは、ザビエルカツラと牧師の服。
可愛い女の子がコスプレするかも、とワクワクと期待の目で見ていた人たちは撃沈。
どうしてそのチョイス…と心の嘆きが聞こえてきた。
同じ学部の知り合いが、野田君に猫耳カチューシャを渡して拝んでいる。
「頼む!これをあの子に!」
「野田~お前、B専じゃなかったのかよ~」
「ビーセン?何それ?かっぱえびせん?」
B専(不細工専門)と言う言葉にピンと来ていない女の子から、ザビエルカツラを取り、猫耳カチューシャをつける野田君。
猫耳が似合ってる。
僕の好みじゃないけど。
僕の好みはデブ猫。
歩く時お腹引き摺っちゃうような猫がいたら、つれて帰っちゃうと思う。
可愛い女の子に、猫のようにじゃれ付かれながら写真を撮る野田君は、牧田君を初めとする学部の男子生徒から大顰蹙を浴びていた。
野田君は例によって、気にしていなかったけど。
このとき撮った写真があるから、運動会の時に写真はいらないんじゃないかと思ったんだけど
「この写真は特別なんだ」
と何だか変わらず大事にしている野田君。
でも、牧田君があまり野田君に興味を示さなくなったので、疑惑は治まったみたい。
あの子と野田君がいじめっ子といじめられっ子だって知られたら、野田君、マゾ疑惑が浮上するから僕は口外しない事に決めた。




