ガキ大将ストーカー被害 4
「何で気がつかないのよっ!」
「携帯失くしてパニックになってた!」
あれ?携帯がない!どっ…どうしよう!電話しなきゃ!
その電話をする携帯がないんだって!
おろおろおろ。
公衆電話、公衆電話!どこにあるんだ!
そうだ、周辺地図をダウンロード…
その携帯がないんだって!
あわあわあわ。
お店の電話を借りれば良いんだ!えーと電話番号、電話番号!
電話番号が載ってる携帯がないんだって!
うろうろうろ。
「っと言った次第で…」
「もう!それでどんなやつだった!?」
「え…店長が面接している間、お店にかかりきりになったから、全然見てない」
「店長が面接した時間は何時くらいだった?」
「んーっと2時半くらいかな」
お隣君に電話が来たのは、4時少し前。
真琴の携帯を盗み、着信履歴や発信履歴を見て、真っ先にお隣君に電話をしたのだろう。
それから真琴の家に携帯を返しに来た。
そのどこかの過程で、自分撮りをして。
「近いうちに来るな…」
難しい顔をして考え込むお隣君。
携帯番号や、住所、バイト先までばれている。非常に危ない気がする。
真琴はお皿を洗ったり、余ったものにラップをかけたり、テーブルを拭いたり、せっせと片づけをしている。
真琴から、部外者は雑用しますよというオーラが出ている。
当事者、当事者だから!
ストーカーされていると言うのに堪えた様子がない真琴に、力が抜けてしまった。
真剣に対策を立てるお隣君は本当に偉いと思う。
本人やる気がないと言うか、良く分かってない様子なのに。
だからこそ、余計心配になる。
数日後、私は真琴のバイトが終わるのをお店の前で待っていた。
お隣君が預かっている真琴の携帯に、ストーカー男からメールが来たらしい。
今日、デートしよう、と一文だけのメール。
危ないからと渋られたけど押し通して真琴を迎えに来た。
只今の時刻、午後8時。
「こんばんは、本庄さん」
お隣君がやって来た。
お隣君は、黒のシャツとジーパンを履いていた。
お隣君の体型ならこんな服とかも似合うのにとコーディネーターの血が騒ぐ。
すぐに真琴が飛び出てきた。急いで着替えたのか、服が乱れている。
「洸も千草もありがとう」
今日も真琴は元気だ。
心配させまいと、ストーカーを気にしてない様子を装っているわけではなく、本当に気にしてない。
私と真琴が2人並んで、その後ろにお隣君が続く。
先日と同じ、公園の入口に差し掛かったところで、人影が現れた。
「真琴?どうして約束の場所に来ないんだ?」
小太りでにきび面の男が、のっそりと出てきて真琴を見つめた。
真琴はん?と言う表情をしてから、私とお隣君を交互に見て、再度その小太りの男に視線を戻した。
誰だろう、この人?と首を傾げたあと、何かに気付いた真琴ははっと息を止めて後ずさりした。
「あの人…っ!本屋の…」
白いトレーナーに、右袖に黒いシミ。
数週間前に真琴に聞いた服装と同じ人物が立っていた。
真琴はクルッと身を翻し、お隣君の後ろに隠れた。
さり気無く、私も身を隠す。
「やばい…っやばいよ、あの人っ!まっ…まだ服、服洗ってないよっ!」
「こだわり、まだそこにあったのっ!?」
一般人が思い描くストーカー像をそのまま立体化させたような、小太りで不健康で、不衛生な男。
「何で真琴はそんなやつと一緒にいるんだ?何で真琴は僕にメールを返さない?何で真琴は僕の側に来ないんだ?真琴は僕を愛しているんだろう?それなのに駄目じゃないか!」
本屋でデートしたじゃないか!ケーキ屋で待ち合わせしたじゃないか!映画を一緒に観に行ったじゃないか!真琴の好きなラーメン屋で、カレーを食べたじゃないか!
1日何度も連絡をし合ったじゃないか!
愛してるって何度も言い合ったじゃないか!
自分が言った言葉に興奮してきたのか、唾を撒き散らし、狂ったような勢いだった。
「あっ…あの人っ、…ちょっとっ…!いや、かなりっやばくないっ?」
「今更気付いた!?」
名前を連呼され、真琴の顔が引き攣って行く。
後ずさりをしつつも、お隣君の服を離さないので、切れるくらい服が伸びている。
「お前が、ゴルに付きまとっていたやつだな?」
「付きまとってなんかいない!僕と真琴は恋人同士なんだ!愛し合ってるんだ!交差点ですれ違った時、お互いに運命を感じたんだ!」
「交差点…っ?なっ何…?あの人、流行の中二病ってやつ?」
「あれは中二病じゃないわよっ!」
そうなの?じゃあ、中二病って何?お隣君の後ろに隠れながらの会話。
何だろう!あれ!未知との遭遇に慄きながらも、少し好奇心が出たのか、真琴がお隣君の服を離し、ストーカー男に近寄ろうとする。
「ゴル、前に出るな」
お隣君に諌められて、真琴はまたぴょいっと後ろに引っ込んだ。
「僕の真琴をゴルなんて呼ぶな!真琴は可愛くて、優しくて、僕に相応しい女の子なんだ!ゴルなんて呼んで、僕の真琴を侮辱する気かっ」
プルプルと震えて憤るストーカー男。
「何で私のあだ名あんな貶されてるの?ゴルゴンゾーラって駄目?」
「駄目も何も…。その呼び名、気に入ってんの?」
「割と。何か攻撃魔法にありそうじゃない?光の戦士とかが使えそうな。ゴルゴンゾーラ!って叫んでバババババーッと悪を倒す」
「そういうのが中二病よ。大体チーズが出るだけの攻撃魔法で何を倒せるのよ」
「違う。凄まじい威力を持った青い光線とか格好良い感じの」
「あぁ、ブルーチーズ」
真琴とふざけた会話をしながら、ストーカー男の様子を伺う。
ストーカー男は、最初お隣君に怒りを向けていたようだが、その内それは真琴に向けられた。
どうして真琴は僕の側に来ないんだ!僕が好きなはずなのに!好きなはずなのに!あんなに愛してるって視線を送ってきたのに!だから僕は、愛し返してやったのに!
尋常ではない様子で問い詰められて、真琴が怯えていざという時動けなくなるのでは?と焦ったけれど、真琴は何だろう?あれ…と言わんばかりにポカンとしていた。
「真琴が僕にくれたこれ、大事に使ってるよ」
ストーカー男は怒っていた様子を一転させ、にやにやと笑い出した。
喜怒哀楽の移り変わりが激しくて、気持ち悪い。
ポケットからハンカチを取り出し、スンと匂いを嗅ぐ。
「あれ…私のハンカチ…」
「真琴からはいつも甘い匂いがするよね。このハンカチも甘い。このハンカチのお礼を携帯に入れておいたよ。喜んでくれた?」
ぺろっとハンカチを舐めたストーカー男に、私は絶叫した。
ぎゃーっ気持ち悪いっ!
真琴はそれを見た瞬間、硬直していた。
口を開けたまま、瞬きすらしないでストーカー男を見ている。ストーカー男の脳内では、真琴と自分が見つめあっていると変換されているはずだ。
戯言を言いながら、ニヤニヤと笑って真琴のハンカチを舐めるストーカー男に、お隣君はスタスタと近づいた。
そのままお隣君は、ストーカー男の顔面にポカンと一発、ストレートパンチ。
倒れこんだストーカー男の胸倉を掴み、公園周りの木の陰に引き摺っていった。
何やら不穏な音と、カメラのフラッシュの音。
「これ以上ゴルに付きまとうようなら、顔写真付きで、あのお粗末な写真をネットに流してやるからなっ!この〇〇〇野郎っ!」
放送禁止用語が聞こえたけれど、自主規制。
ドカッという音と悲鳴が聞こえた後、すっきりした顔のお隣君が出てきた。
「あの男は?」
「死んだ」
木陰で何かが蠢いている。うぅ…と唸り声が聞こえるので、生きてはいるのだろう。
真琴は戻ってきたお隣君を見て、ほっとしたような顔をした。
それから、ストーカー男がいる木の辺りを見ていたが、まぁ良いかと頷いてくるりと背を向けた。
「良いの?真琴も何か言ってやれば?」
止めを刺す一言でも言ってやればいい気がする。
ストーカー男がダメージを食らう方法は、真琴に既に相思相愛の恋人がいて、付け入る隙などないと思い知らせてやる事かもしれない。
「そうだ、真琴。耳貸して」
こしょこしょと話す私の言葉に、フンフン頷く真琴。
「…うぅ…真琴…」
木の陰からストーカー男が這いずってきた。
軽くホラーだ。
その目は恨めしげに真琴を見ている。
何故真琴は僕を助けないんだろう?僕を愛しているはずなのに。
ぶつぶつ呟く声が聞こえた。
「ごめんなさい…実は私、この人が好きなのっ!あなたには理解出来ないかもしれないけど、好きで好きでどうしようもないのっ!」
ストーカー男に向かって叫んで、真琴ががばっと抱きつく。
うるうるした目で、甘い声で、とびっきり可愛い顔で。
絶対離さないとばかりに、必死にしがみ付く。
……………私に。
いやっ、私にじゃなくてお隣君にやれって言ったんだけどっ!
「えーっとそれから…。この気持ちは、誰が何をしても変えられないものなの。だからごめんなさいっ!私は、この人を心の底から愛してるっ」
だから何で私に向かって言う!?
好きって言いまくって、ストーカー男が入る隙間なんてないって事をガンガンアピールせよという指令を出した。
確かに主語を入れなかったが、この場合はお隣君にだろう。
「だからもうっ!私のことは忘れてっ!幸せになって!私もこの人と、幸せになるっ」
更にきつく私に抱きつく真琴。
痛いんですけど…体も。
お隣君の視線も。
そのまま公園にストーカー男を置き去りにし、真琴の家に向かう。真琴は一度家に挨拶してから、お隣君の家に上がる。
真琴は、成し遂げた!やってやった!みたいな顔をしているけど、私は気まずい。
お隣君、未だに無言。
私も気まずくて、無言。
真琴だけ、解決したーと鼻歌。
「え~お疲れ様でした。色々と…大変でしたね…」
そうだね、と元気のないお隣君の返事。
真琴が冷蔵庫を漁り、ちゃちゃっと夕飯を作っている。
真琴の専門はお菓子だけど、料理全般のレベルが高い。
「しかし、やっぱり千草はすごいよね~。私さ、最初は洸と恋人同士だって言おうと思ったんだ。でも千草が好きって言って抱きつけって言ったじゃん。なるほど~って思ったよ~。レズって言うか…同性愛?マイノリティって生まれつきのものだから、確かにそう言う理由の方があの人も諦めてくれそうだよね」
……いつの間にか私の指図になってる。
「あれで治まるかな?」
まだ安心できない。ストーカーの心理と言うのは普通ではない。
「当分、俺がゴルの側にいる。まだ続くようなら、出るところ出てもいい」
こっちには幾つも証拠がある、とお隣君が忌々しげに言う。
一番の証拠は、携帯電話だろう。
さっきの遣り取りも、きちんと録音をしていたようで、証拠には事欠かない。
「世の中変な人がいるもんだね~。言っている意味が全然分かんなかった」
「ストーカーと言うのはそういうものなの!真琴はあの男、どこかで見かけた覚えないの?真琴の行動範囲の至る所で出没してたじゃないの。真琴がラーメン屋でカレーを頼むって言う特異なことも知ってたし」
「全く見覚えがないんだよね。不思議な事に」
「真琴の注意力のなさがもう不思議の領域よ。ま、でも一応解決したみたいで良かった」
「でも、私の携帯がない。メモリーもない」
明日真琴はバイトがない日のようで、当然のようにお隣君と携帯を買いに行く時間を決めている。
メモリーは復活させる手段がないわけではないが、お金がかかる。
しがない専門学生には厳しいもので、人づてに集めるのが地味だが最善だろう。
「あのハンカチさー。多分、携帯を盗られた時と一緒に盗られたんだと思う」
「あぁ…あれはちょっとトラウマになりそうな光景だったわ…」
「ねー。携帯はやっぱりもう使えないよね。ハンカチ舐めてたもん。携帯も絶対舐めてそうで嫌だ。口の中とか入れてそう」
「…………………」
お隣君は無言で立ち上がって、洗面所へ行ったまま暫く戻ってこなかった。
一番携帯に触ったのって、お隣君だから改めて嫌悪感が湧いたんだろうな。
お隣君、男前なんだけど、どこか不憫。
お隣君の真琴への気持ちは明白で、でもそれ、いつ伝わるんだろう?




