尻尾を振る相手は決まっております
ジャスティン・オリバルドが父にボコボコに殴られ除籍処分を受け家を追い出されたのは、冬を目前にした日の事であった。
冬の足音が少しずつ近づきつつある中、人々は冬支度をし、きたるべき寒さに備えているというのに、そんな状況下でほぼ着の身着のまま家を追い出される時点で死んでしまえというのが滲み出ている。
当然ジャスティンだってそんな状況で素直に家を出て行けるはずもなく、門扉に縋りつくようにしてどうにか家に留まろうとしたけれど。
最終的にジャスティンの父が数名の使用人に命じ、麻袋をかぶせられそのままどこかへ運ばれていった。
その後ジャスティンの姿を見た者はいない。
どこぞに売られたか、それとも始末されたか。
恐らくは後者だろう。下手に生きていたところで、怒りという炎に燃料をドボッドボに注ぎ込むだけであるからして。
父の怒りを買い、母すら助ける事をしなかった。
ジャスティンがした事は、言ってしまえば浮気である。
たかが浮気で家を追い出すなんて……と人によっては言うかもしれない。
除籍しお前はもう家族ではないとした挙句、荷物もろくに持たせぬまま追い出して野垂れ死にするように仕向けるまでしなくとも……と。
だがしかし、ジャスティンの父ガルナンはそうするしかなかったのだ。
ジャスティンには婚約者がいた。
ガルナンが相手の家に頼み込むようにして結んだ婚約。
オリバルド家は正直言うと財政難であった。
厄年か何かなのかと言いたくなるくらい様々なトラブルに見舞われて、それらに対処していくうちに家の資産は火の車だった。
一つ一つを見ていけば大した事ではないのだが、それらが多く集まって一塊になった途端とんでもない事になっていた。間をあけて時間差でやってきてくれればまだしも、なんでこんな見計らったみたいに一斉にトラブルがやって来たんだと嘆いて、ガルナンはいい年してマジ泣きしそうになったくらいだ。
このままでは自分たちも領民たちもやっていけぬ……! となって、ダメ元でジャスティンの婚約と共に資金援助を頼んだ。
ハルハリッサ家は快く資金援助をしてくれて、ガルナンはもうハルハリッサ家に頭が上がらない状態だったというのに。
ジャスティンがやらかしたのである。
ジャスティン本人は金で買われたとでも思ったのかもしれないが、正直普通にお前を売りにだしたところで値なんて大したものではないだろう、というのがガルナンの言い分である。
一応見た目はそれなりに良いかもしれないけれど絶世の美男子かと聞かれるとガルナンは首を振る。勿論横にだ。
正直ジャスティンくらいの見た目の男なんぞ、そこらに溢れていると言ってもいい。
では才能に溢れているかと問われると、別にそこまででもない。
平凡。凡庸。一般的。
言葉を選んでもこれ以上良い言葉が出てこない程度には普通。平均的、というには微妙だが普通の枠組みであるのは確かだった。
なので本当にお金に困って息子を売り払ったとしても、ハルハリッサ家が援助してくれた額を稼げるか、となるとまず無理だとガルナンは思っている。
自分の息子を貶すつもりはなかったけれど、それはやらかす以前までの話だ。やらかした今となってはお前に価値などないと言うしかない。
ハルハリッサ家がガルナンの話を受け入れて、次期ハルハリッサ侯爵家の女主人となるファーニスに婿入りできるだけでもオリバルド家からすると奇跡にも等しい。傾いた財政を立て直す事もできたし、更に援助をされた事で生活に余裕だって出てきた。
領民たちもなんとか以前の生活を取り戻しつつあって、ハルハリッサ家に感謝をしない者などいなかった。
ただ一人、ジャスティンを除いては。
ファーニスと年が離れているというわけでもない。
だから、親子ほど離れた相手と結婚するだとか、そういう年頃のこどもが恐れるような展開にはならなかった。
ジャスティンだってハルハリッサ家の援助による恩恵を受けていたのに、彼一人だけが世界で一番不幸ですみたいな顔をしていたのであった。
その結果、己の不幸に酔いしれてまるで悲劇のヒーローみたいにでも思ったのだろう。
もしかしたらヒロイン気取りだったのかもしれない。どちらにしてもどうでもいいが。
ジャスティンがどうしてファーニスを気に入らなかったのかはわからない。
年が親子ほど離れているわけでもなければ、醜いというわけでもなかった。
非の打ちどころがない。仮にどこかに欠点があったとしても、オリバルド家が文句をつけられる立場ではないのだが。
資金援助だのといったものがなければ。
そういったものがない状態で婚約が結ばれていたのだとしたら。
もしかしたら、ジャスティンは何もやらかさなかったのかもしれない。
婚約の時点で既に優劣がついたとでも思ったのかもしれない。だが、資金援助と言う話以前に身分としてはあちらが上で最初から優劣がついているようなもの。
結局のところガルナンはジャスティンが何を思ってこんな事をしでかしたのか、理解できる気がしなかった。いや、したいとも思わない、が正しいだろうか。
何故って、一歩間違っていたらジャスティンの不誠実な行いによってオリバルド家はハルハリッサ家に潰されたっておかしくはなかった。父が、祖父が、先祖が紡いできたオリバルドという歴史を潰そうとする男の考えなど聞いたところで受け入れられるはずがないのだ。
幸いな事にハルハリッサ家は寛大で、責はオリバルド家ではなくジャスティンにのみあるとされた。
だからこそジャスティンを処分しさえすれば、それ以上は求めないとも。
オリバルド家全てで責をとれとなっていたのなら、オリバルド家と関わりがある全てにまで影響が広がっていたのは間違いない。それはつまり、ここで働く使用人であったり、領地で暮らす領民たちにもだ。
「まったく……あいつはとんでもない事をしでかしてくれたよ……」
思わず呟きが漏れる。
もしジャスティンがもっと狡猾で、もっと上手くやっていたとしたら。
きっとこんなものでは済まなかった。
そうなっていたら間違いなくオリバルドに関わる全てがハルハリッサの敵とみなされただろう。
そういう意味では、わかりやすい愚かさで済んで良かったのかもしれない。
勿論、最初からやらかさないのが一番良かったのは確かなのだけれど。
ジャスティンが原因で婚約が駄目になった時点で、援助していた金を返せ、と言われるだろうと覚悟はしていたが、しかしそうなるとまたもや領民たちまでもが苦しむ結果となる。だからこそハルハリッサ家は援助したものは返さずとも良い、と告げた。オリバルド家との関係を絶つ気もないと。
「これから数代先までハルハリッサ家には頭があがらんよ……」
潰そうと思えばそれこそ本当に一瞬で潰せるだろうに。
今すぐは無理でも、この先ハルハリッサ家から受けた恩は必ず返さなければ。
勿論恩はこの代だけの話ではない。ハルハリッサ家には長い年月をかけて恩返しをしていこう。
そう決意したガルナンは、一先ず未来の子孫へ向けて、今回の愚かな一件を決して忘れる事のないように愚か者がまたオリバルドの家から出ないように、と書を認める事にした。
こういうのは下手に時間をかけると中途半端に美談にしがちなので、ジャスティン・オリバルドの愚かさを美談になどできないくらい、単なる反抗期であってもそれが持て囃されたりしないようにしておく必要がある。
そうは言っても、ガルナンだけで書を記すとなると我が子憎しで逆に将来書物を見た者が著者の私怨では? なんて思われるかもしれない。客観的な視点も必要だろう。
「……複数名の証言も取り入れるか」
確信する。
これから記す書物は、オリバルド家にとって絶対的な黒歴史となる事を。
どうせならもっとマトモな事で確信したかったな、とは思ったものの。
そんなものは後の祭りであった。
「どうやら処分されたみたいよ」
ジャスティン・オリバルドとファーニス・ハルハリッサの婚約がジャスティン有責で破棄されて数日。
オリバルド家当主ガルナンから、恙なくジャスティンの処分を終えたと連絡が来てファーニスは向かいに座る少女に告げた。
「そ、それは……えぇと、良かった……?」
ファーニスの向かいの少女はその言葉の意味を理解して、素直に喜んでいいのかわからず困惑したまま口を開いた。
「えぇ、良かったんじゃない? だって貴方、困っていたでしょう?」
「それは、その……はい」
「私も、特に問題のない方だと思っていたのだけれどね。でもあまりにも愚かな方はちょっと……」
事前に調べただけではジャスティンに問題なんてなかった。
まさか婚約を結んだ後から問題が発覚してくるとは思いもしていなかったのだ。
仮に後から問題が出たとして、それは互いの理解が足りずに起きるすれ違い程度だろうと、そう思っていたくらいだ。
「こ、今回の件、大変申し訳なく――」
「謝らないで」
「えっ」
「貴方のせいじゃないもの」
「でも……」
「貴方はすぐに私に知らせてくれたわ。それで充分よ」
ファーニスがそう言って微笑めば、少女は開きかけた口を閉じ、僅かに俯いた。
瞳が潤んでいるのは、泣くのを堪えているからだろう。
少女の名はリオナ・バスク。
子爵家の令嬢である。
本来ならば侯爵令嬢たるファーニスとこうして二人きりでやりとりをするような事などあるはずがなかった。
どうしてこうなったかというと、その原因はジャスティンである。
ファーニスと婚約しておきながら、ジャスティンはその後リオナに言い寄ったのだ。
伯爵令息でもあるジャスティンが自分を相手にするなんて思いもしていなかったリオナは最初こそちょっとだけ舞い上がりかけた。
リオナの家ではオリバルド家と縁を繋ぐような事もなかったし、リオナ自身人よりも誇れるものがあったか、と聞かれると首をそっと横に振る程度に自分が平凡だと理解していたので。
貴族令嬢としてはどこにでもいるような、特に注目を浴びる事もない平凡な娘。
勿論平民の中に一人だけリオナがいれば、少しは目立つだろうけれど貴族の中では埋没する。
だから最初、ジャスティンに声をかけられた時リオナはちょっとだけ思い浮かべた事があった。
世に多く出回っている娯楽小説の中の恋愛物。
ヒロインは大抵可愛らしく行動力があって思いやりがあって……と、世の中のありとあらゆる人から好かれそうな存在であるけれど、中にはそういったものが目立つ程でもないどこにでもいるような平凡な少女がヒロインの場合もある。
リオナはまるでそんなお話のヒロインみたいだと思えてしまったのだ。
婚約だってあちこちから声がかかるわけでもない。そのうちどこか、同じように余りもの同士で適当なところと婚約を結ばれたりするんだろうな、と思うくらいだったのに、家柄や身分が上の相手に声をかけられたのだ。
なんだか恋愛小説のワンシーンみたい、とちょっとくらい夢を見たって誰もリオナを咎められない。
だがその夢はすぐに覚めた。
何故ってリオナの家は、ファーニスの家でもあるハルハリッサ家の寄子なので。
何かあった時、頼れるのは寄り親であるハルハリッサ家だ。
国という規模から見れば頼るべきは王家かもしれないが、なんでもかんでも王家に陳情すればいいというものでもない。自力でどうにかできる部分はどうにかするし、それが無理そうなら寄り親へ。そこでも駄目そうなら寄り親が王家へ。
夏の嵐で領地の畑がいくつか駄目になった事で、バスク家は困り果ててハルハリッサ家に助けを求めた。
他の寄子の家も似たような被害を受けていたけれど、ハルハリッサ家はどの家の支援もきっちり果たしてみせた。なんと頼りになる寄り親だろう。
リオナの両親も領民も、そしてリオナ自身もハルハリッサ家に感謝して何かあればハルハリッサ家のために動く気満々であった。それは他の家にも言える事だ。
寄り親なのだから当然、とは思わない。
何故って寄り親だから必ず真摯に向き合ってくれるか、となると他のところはそうでもなかったりするので。
困った時に手を差し伸べてくれる寄り親というのは他国の話も含めると、案外少数であるらしい。
手を差し伸べても、その援助が充分ではない場合だって当然ある。
バスク家はむしろ充分だと思えるくらいに助けてもらった。
受けた恩は返さなくちゃ、とリオナだって思っていたところに、ジャスティンが言い寄ってきたのである。
最初はそりゃあちょっと舞い上がった。
でもすぐに頭から冷や水をかぶったみたいな気持ちになった。
何故ってジャスティンがファーニス様の婚約者だから。
ここでうっかりジャスティンと近づいて良い仲になっていたらリオナはそれだけで恩知らずとなる。
自分から近づいたわけでもないが、ジャスティンを受け入れた時点でアウト。
そうなればどうなるか。
寄り親、それも困った時にきちんと手を差し伸べてくれる相手の婚約者に手を出すなんてとリオナが悪者になるのは言うまでもないし、両親からはそりゃもう罵られるだろう。もしかしたら母親からはお前など産むのではなかったと言われるかもしれない。
友人たちからもひそひそ言われて、尻軽だの阿婆擦れだのといった普段は耳にしないような言葉を投げかけられるかもしれない。
何よりファーニス様に冷ややかな目で見られて、自分の存在を否定するような言葉を放たれたら。
想像しただけで恐ろしかった。
うっかりジャスティンと仲良くなろうものなら、リオナはファーニスを甘く見ている。侮っている。そう受け取られても否定できなくなるのだ。そんなつもりじゃなかった。そう言えば確実にじゃあどういうつもりだったのかと即座に聞き返されるのは間違いない。
リオナじゃない別の令嬢がその立場だったなら、リオナだってそういう風に問い詰めるかもしれないのだから。
恩知らずの称号を獲得するつもりのないリオナはやんわりとジャスティンと距離を取りつつ、速やかに両親に報告し、ハルハリッサ家にも手紙を届けた。
こちらは間違っても貴方の婚約者を奪おうなんて思っていませんよ、というのを伝えるのは早い方がいい。後回しにすれば大変な事になるかもしれないが、早くて困る事はない。
その後リオナの身に起きた出来事は、言うまでもなくハルハリッサ家への呼び出しである。
リオナからすれば憧れのお嬢様との対面だ。
寄り親だからとて、そう毎回気軽に会って話ができるわけではないのだから、こんな機会は本来なら訪れないはずだったのだ。
もう少し別の理由でこうなりたかった、と思ったところでどうしようもない。
ファーニスはリオナの必死の訴えを静かに聞いていた。
その上で、少しの間我慢してほしい、とリオナに告げた。
今すぐジャスティンを拒絶したとしても、家の身分としてはジャスティンよりもリオナの方が下なので自分より下だと思っている相手が自分を拒絶した、となれば。
ジャスティンが激昂してリオナを傷つけるかもしれない。
気品を忘れず紳士たれ、と育てられている令息であれば力尽くで、などというような事はしないと思いたいが、この時点でジャスティンは婚約者がいながら他の女に手を出そうとしている不誠実な男だ。
ジャスティンが何を言ったところで、紳士であるなどとは信じ切れない。
かといって、この時点でファーニスやハルハリッサ家、ジャスティンの親からジャスティンに釘を刺したところで、浮気と呼ぶには決定的な証拠がない。誤解です、そんなつもりはなかった。そんな風に言い逃れができる状況で注意されるだけで終わったならば、表向き反省して大人しくしているように見せて水面下でまた別の女性に狙いを定める可能性もあった。
だからこそファーニスはリオナに頼んだのだ。
もうしばらくジャスティンを泳がせておいてほしい、と。
その間の彼の行動については都度報告をしてほしいとも。
リオナがそれを断る理由などあるはずがない。
だからこそリオナは内心で関わりたくないと思いながらも、押しの弱い女性を装ってジャスティンのアピールを受け続ける事にしたのだ。正直ストレスが半端なかった。
デートの誘いはやんわりと断った。
二人きりで出かけるなど冗談ではなかったので。
だがそこで簡単になびく女ではない、とジャスティンが思ったのか、アピールは段々熱烈なものへと変わっていった。言葉と態度だけでは信じてもらうには足りないとでも思ったのか、贈り物をされるようになった。
その贈り物だってリオナとしては突っ返したくて仕方なかったが、いらなかったら捨ててくれなんて言われてしまえば、返した時点でジャスティンが捨ててしまうかもしれない。
それを考えると仕方なしにリオナは受け取るしかなかったのである。
もっとも、受け取ったからといって大事に使うね、なんてわけではない。
報告書と共にファーニス様に証拠品として届けた。
そもそもの話、オリバルド家は財政難な状況で資金援助されているので、オリバルド家の生活に賄われているお金はどこから? となるとハルハリッサ家からである。
その中にはジャスティンが使った分だって勿論含まれている。
とはいっても、だからファーニスには何も贈らない、というわけにもいかない。
援助された中から一部を婚約者であるファーニスへ何か――手紙に添える花やちょっとした贈り物などをして彼女への気持ちを表しておきなさい、という名目でジャスティンには渡されていた。
だがそれをジャスティンはファーニスではなくリオナへの贈り物として使ってしまった。
いつ、どこで、どれくらいの金額を何に使ったのか。
それらを明確に知らせなければいけないわけではなかったが、しかし浮気の証拠として提出された時点でこの後ジャスティンが何を言い繕っても状況をひっくり返す事はできなくなったのは確かだった。
そうしてそこそこの証拠が集まった時点で、ハルハリッサ家は証拠と共に婚約の破棄を突き付けたのである。
その後のジャスティンについては――言うまでもない。
「そもそもの話だけど」
「はいっ」
「家同士の繋がりもロクに把握できていない相手と結婚したところで、私の苦労が増えるだけだもの。
最初、婚約の話を持ち掛けられた時はそこまでだとは思っていなかったけど、婚約した後でこれでしょう?」
婚約を解消するにしてもちょっと理由が弱いかな、って思ったのよね。
だからこそジャスティンのやらかしはファーニスにとっても丁度良かったのだと言う。
「確かに……うちがハルハリッサ家の寄子だってわかっていたなら声をかけるにしてももう少し考えますよね……」
「えぇ、浮気するにしても、もっと他の――派閥間で揉め事もないような家の誰かに目を付けるか、それこそ平民から探すか。
そうじゃなくて、寄り親だとか寄子だとか、分かった上でそれでも貴方に惹かれていた、というのも考えられるけれど……」
「結婚後に役目を果たした上で愛人を作るならまだしも、結婚前から他のお相手を作ろうとするのは流石に、ちょっと……」
仮に円満にファーニスとの婚約が解消されたとして、その上でリオナがジャスティンと結ばれようとなるか、となるとまぁならない。
何故って結婚前から他の相手を作るような男だ。結婚後、数年もしないうちに愛人を囲ってそちらに入り浸るのが目に見えるようではないか。
早々に夫婦仲が冷え込むのがわかっている相手と結婚しようなど、政略で仕方なく……という理由でもない限りはお断りである。
「今だから言いますけれど」
「なんでしょうか?」
「あの人、贈り物のセンスあまりありませんでしたわね」
リオナから少しずれた位置を見て呟くように言ったファーニスの言葉を、リオナは数秒考えこんだ。何を言われたのか理解するのを脳が拒んだのである。
ハルハリッサ家から出た資金でリオナに贈り物をしていたという事は、つまりそれってハルハリッサ家から贈られたようなもの、と考える事もできるのではないか。そんな風に現実逃避をしてジャスティンのアプローチを躱し続けていたけれど。
「あれならわたくしの方が同じ値段でももうちょっとマシな物を選べますわよ」
「……それは。そう、かもしれません。えぇ、きっと」
「あら、信じてないの? いいわ、それじゃあ証明してあげる」
「えっ!? いや、そんなつもりで言ったわけでは……」
確かにファーニスならジャスティンよりも見る目はあるだろうから、贈り物のセンスもきっと良いに違いない。そう思っても直接それを見たわけではなかったから、全力で肯定するのもな……でもきっとその言葉の通りなんだろうな……と思って頷いただけだったのに、半信半疑みたいに受け取られたらしい、と察してリオナは慌てて首を振って弁明しようとした。
慌てるリオナをファーニスは緩やかな笑みでもって見つめている。
「えぇ、わかっているわ。でも、今回の件で迷惑をかけたのだからそれくらいは、ね?」
お詫びよ、と言われてしまえばリオナもそれ以上強く断る事などできるはずがない。
恐れ多くはありますが、と前置いてから。
「嬉しいです、とっても」
言って、笑う。ファーニスのような綺麗な笑みは浮かべられなかった。まだどこか困った気持ちが残っていたので。
それでもその言葉に満足したらしいファーニスが、
「えぇ、期待してくれていいわ」
なんて言うものだから。
あぁ、私は一生この人についていこう――なんて。
リオナの中で忠誠心が爆誕したのであった。
この後、ファーニス様付きの侍女になるには何が必要ですか? とリオナが真面目に質問した事で、ファーニスは先程までとは別の笑いをあげることになったのだが。
普段の淑女然とした笑みとは違う、素の笑顔を見てリオナは眩しそうに目を細めたのである。
百合では、ないんですよ(´・ω・`)
次回短編予告
とんちき系な呪いの話がまたもややってきた!
でも今度の呪いは割と穏やかです!
次回 らぶりーかーす
珍しく内容よりもタイトルから先に決まりました。ひらがなにするとちょっとマイルドになりますね。




