老兵は語る。 人が人を殺せる時代が訪れて良かった、と。
人が人を殺せる時代がやってきた。
私はそれを幸運に思う。
*
私が新兵の頃の話だ。
初陣を前にして上官より恐ろしい言葉を聞かされた。
「聞け。これは伏せられてたことではある。しかし、確かな事実なのだ。良いか。お前たちが戦うのは人間ではない。悪魔だ」
私を始めとする新兵たちは皆、動揺する。
どよめく声の中で、それでも上官の声はよく通る。
「困惑するのも当然だ。だが、これは確かな事実なのだ。良いか。敵国は既に悪魔に支配をされている。いつ頃にそうなったのかは知らない」
恐るべき事実だ。
私達は息を飲んだ。
あの上官が言うのだ。
嘘なわけあるはずがない。
その安堵が私たちに安堵を与える。
「動揺を捨てたな。見事だ。兵士たちよ。重ねて言うぞ。これは確かな事実なのだ。あの国には最早人間の皮を被った悪魔しかいない。故に躊躇うな。躊躇わずに殺すのだ。それこそが我々人間の強さの証明だ。これは最早、我が国だけでなく、悪魔に支配されたあの国に対する弔いでもあるのだ」
繰り返される上官の言葉。
これは確かな事実なのだ。
そう言われれば私達は疑うことを禁じられる。
同時に疑うことの放棄を許されるのだ。
故に私達は悪魔と戦った。
人の形をしていたが、敵は確かに悪魔なのだ。
「悪魔は情に訴える。しかし、耳を貸すな。それが人間に最も効く方法だと知っているだけだ」
上官の言葉が心強い。
故に私達はこの聖戦を戦い抜けたのだ。
浮かぶ疑問も、見える真実も、全て捨て去りながら。
*
あぁ、繰り返そう。
人が人を殺せる時代がきて良かったと心から思う。
なにせ、滑稽な嘘を真実と思いながら人を殺すことほどの悲劇はないのだから。




