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こちらQC課 今夜一杯分のお悩みを解決します  作者: 川奈あさ
1話 EC事業部と社内恋愛

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5

 翌日の夜。善さんに呼び出された私は、小岩駅にあるべトナム料理店にいた。住宅地のなかにあるこぢんまりとした店で、私たちの他には二組。変わった形のライトがぶらさがっていて、明るい色の雑貨が置いてあり賑やかな印象だ。


「善さんの家、ここらへんなんですか?」

「いや、全然。この店が好きなだけ」

「善さんってベトナム料理好きなんですね」


 意外、と思ったが、そもそも善さんのことは何も知らない。

 ベトナム料理店は初めてなので、注文は一任することにした。


「どう? EC事業部は」


 グリーンのラベルの瓶ビールを注ぎながら、善さんは訊ねてくる。


「中谷さんがすごくいい方なので、新人営業としては順調ですよ。ただ全然どちらが彼女かわからないですけど」

「一緒にいれば雰囲気でわかるって言ってたのに?」


 善さんはからかうような笑みを口元に忍ばせた。


「人選ミスかもしれません」


「そうかなぁ。俺はマルは適任だと思うけど?」


 どうして、と聞こうとしたところで


「ゴイ・ドゥードゥーです」


 テーブルの上に置かれたのは、初めて見る料理だった。

 細切りにした野菜やパクチーなどハーブ類の上に、大きなエビが鎮座している。そのまわりには砕いたピーナッツ、フライドオニオンが散らされている。


「これは青パパイヤ」


 善さんは細切りされた野菜を箸でもちあげた。


「パパイヤ初めて食べます」


 恐る恐る口に近づけると、爽やかなレモンの香りがした。しゃきっとした歯ごたえと、少し癖のある香りのドレッシング。


「おいしいです」

「ここは何たべてもおいしいよ」

「……自慢じゃないですけど、鈍感な方なんです。潜入タイプじゃないと思います」


 不安が口からついて出た。


「やりたくないってこと?」

「そういうわけじゃないですけど……お役に立てるかなって」

「立ってるよ。俺は、大体犯人がわかったから」


「え、えーっ⁉」


 思わず、大声を出してしまったところで


「チャーゾです」


 テーブルには春巻きのようなものが置かれた。

 善さんはうれしそうにチャーゾなるものを口に運ぶ。パリッといい音が聞こえた。


「うま。マルも食べたら?」

「いや、その前にですよ! 犯人がわかったってまじですか」

「そのマイクはなかなか音を拾ってくれる。高かったけどいい買い物をした」

「それって私の成果じゃなくて、善さんが解いたってことじゃないですか」

「当たり前。俺はマルのその人畜無害な顔が欲しい。俺が行くと優秀さが漏れ出るからね。なにか探ってることがバレる」


 善さんは二個目に箸を伸ばし、自信満々な表情を浮かべた。


「私には向いてないってことですよね」

「それは言ってない」

「……ところで善さんって普段何してるんですか」


 毎週火曜日に料理をして悩みを聞き、解決しようとするQC課の目的ははわかった。だけど、他の日は何をしているんだろう。


「俺が遊んでると思ってる? QC課って言ったよね」

「というかQCってなんですか? ネットで調べたんですけどクオリティコントロール。品質管理って意味ですよね。製品の管理のイメージがあります」

「ああ、まあ一般的にはね。俺は会社のいろんなもののクオリティを維持して、上げられたらって思ってる」

「会社の、いろんなもの?」


「会社は人でできてる。大事なのは環境。人間関係もそうだし、自分に合っている部署で働くのも大事。設備が不十分なのもよくないね。全部ひっくるめて働く人にとってよい環境を作りたい」


 善さんはチャーゾを口に入れ、パリッと音が鳴る。表情と動作は真面目じゃないのに、語る内容は誠実だった。


 意外だ……。

 善さんってマイペースで、掴みどころがなくて、何を考えているかわからない。

 意外と愛社精神があって熱い人なのかな。


「あー、コンサルに近いのかも。コンサルってわかる? 企業が抱える課題を整理、分析して改善策を提案する仕事なんだけど……QC課は社内環境のコンサルって感じかな。どの部署にも属さずに一歩引いたところから見る」

「すごい部署なんですね……」

「社員の小さな不満を見つけて解決することで、働きやすさとか幸せに繋がる。それはめぐりめぐって、会社にとって一番よい方向に動いていく」


 善さんはやっぱり熱い男らしい。


 私は人生で一番幸せな時間を作ろうと思っていた。

 だから、ブライダルプランナーを選んだ。今でもとても幸せな仕事だと思っている。

 その道を目指すのをやめてしまったら、幸せを作る仕事は出来ないと思っていた。

 でもその考えは安直だったのかもしれない。


 ――そのとき、突然店内の電気が消えた。


「え? なんでしょう」

「誰かの誕生日祝いじゃない?」


 店内は薄暗い、を通り越して真っ暗だ。

 厨房の電気も消えていて、とてもお祝いの雰囲気ではないと思う。

 他のテーブルからも戸惑う声が聞こえてくる。


「やっぱりおかしくないですか」


 小声で善さんに尋ねたとき、厨房からゆらゆらと光が見えた。


「すみません~。停電みたいで~」


 店主が明かりを乗せて運んできた。トレイの上に小さなキャンドルをいくつかのせていて、ひとつを私たちのテーブルの上を置いてくれる。

 オレンジ色の光がゆらりと私たちを照らす。


「なんだか素敵ですね」


 これが善さんじゃなくて、好きな人だったらすごくムードがあると思う。


「失礼なこと考えてない?」

「考えてないですよ」

「――俺は、QCはこういう存在になれたらいいな、て思うんだよね」

「キャンドルってことですか?」


「そんなキザなことは言わない。人がたくさんいる場所、会社はトラブルが起きやすい。停電を起こしてしまった社員に寄り添って、電気が再開するまでの灯りでいたい。そして、前よりもいい状況にもっていきたいんだ」

「ふふ」


 結局キザで、熱いことを言ってる善さんに笑いが漏れる。


「やっぱり失礼なこと考えてない?」

「むしろポジティブなことを考えていましたよ」


 私を小さく睨む善さんの耳が赤い。


 先日の中谷さんの言葉も思い出す。

 私が作れる小さな幸せは意外とすぐそこにあるのかもしれない。


「な? マルにぴったりだろ、QCって」

「また心読んでます?」

「なんのことだよ」


「なんにも、です。それで犯人って誰なんですか?」

「まだ秘密。でも次の火曜日は志藤さんを誘って。おいしい一杯作ってあげるよ」


 ビールを注ぎながら、善さんはさらりと言った。


「えっ、それって謎が解決するってことですか!?」

「うん。でもまだピースが足りないから、マルには頑張って働いてもらいましょう」


 柔らかい光に照らされた善さんの顔は、悔しいけどかっこよかった。


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