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翌日の夜。善さんに呼び出された私は、小岩駅にあるべトナム料理店にいた。住宅地のなかにあるこぢんまりとした店で、私たちの他には二組。変わった形のライトがぶらさがっていて、明るい色の雑貨が置いてあり賑やかな印象だ。
「善さんの家、ここらへんなんですか?」
「いや、全然。この店が好きなだけ」
「善さんってベトナム料理好きなんですね」
意外、と思ったが、そもそも善さんのことは何も知らない。
ベトナム料理店は初めてなので、注文は一任することにした。
「どう? EC事業部は」
グリーンのラベルの瓶ビールを注ぎながら、善さんは訊ねてくる。
「中谷さんがすごくいい方なので、新人営業としては順調ですよ。ただ全然どちらが彼女かわからないですけど」
「一緒にいれば雰囲気でわかるって言ってたのに?」
善さんはからかうような笑みを口元に忍ばせた。
「人選ミスかもしれません」
「そうかなぁ。俺はマルは適任だと思うけど?」
どうして、と聞こうとしたところで
「ゴイ・ドゥードゥーです」
テーブルの上に置かれたのは、初めて見る料理だった。
細切りにした野菜やパクチーなどハーブ類の上に、大きなエビが鎮座している。そのまわりには砕いたピーナッツ、フライドオニオンが散らされている。
「これは青パパイヤ」
善さんは細切りされた野菜を箸でもちあげた。
「パパイヤ初めて食べます」
恐る恐る口に近づけると、爽やかなレモンの香りがした。しゃきっとした歯ごたえと、少し癖のある香りのドレッシング。
「おいしいです」
「ここは何たべてもおいしいよ」
「……自慢じゃないですけど、鈍感な方なんです。潜入タイプじゃないと思います」
不安が口からついて出た。
「やりたくないってこと?」
「そういうわけじゃないですけど……お役に立てるかなって」
「立ってるよ。俺は、大体犯人がわかったから」
「え、えーっ⁉」
思わず、大声を出してしまったところで
「チャーゾです」
テーブルには春巻きのようなものが置かれた。
善さんはうれしそうにチャーゾなるものを口に運ぶ。パリッといい音が聞こえた。
「うま。マルも食べたら?」
「いや、その前にですよ! 犯人がわかったってまじですか」
「そのマイクはなかなか音を拾ってくれる。高かったけどいい買い物をした」
「それって私の成果じゃなくて、善さんが解いたってことじゃないですか」
「当たり前。俺はマルのその人畜無害な顔が欲しい。俺が行くと優秀さが漏れ出るからね。なにか探ってることがバレる」
善さんは二個目に箸を伸ばし、自信満々な表情を浮かべた。
「私には向いてないってことですよね」
「それは言ってない」
「……ところで善さんって普段何してるんですか」
毎週火曜日に料理をして悩みを聞き、解決しようとするQC課の目的ははわかった。だけど、他の日は何をしているんだろう。
「俺が遊んでると思ってる? QC課って言ったよね」
「というかQCってなんですか? ネットで調べたんですけどクオリティコントロール。品質管理って意味ですよね。製品の管理のイメージがあります」
「ああ、まあ一般的にはね。俺は会社のいろんなもののクオリティを維持して、上げられたらって思ってる」
「会社の、いろんなもの?」
「会社は人でできてる。大事なのは環境。人間関係もそうだし、自分に合っている部署で働くのも大事。設備が不十分なのもよくないね。全部ひっくるめて働く人にとってよい環境を作りたい」
善さんはチャーゾを口に入れ、パリッと音が鳴る。表情と動作は真面目じゃないのに、語る内容は誠実だった。
意外だ……。
善さんってマイペースで、掴みどころがなくて、何を考えているかわからない。
意外と愛社精神があって熱い人なのかな。
「あー、コンサルに近いのかも。コンサルってわかる? 企業が抱える課題を整理、分析して改善策を提案する仕事なんだけど……QC課は社内環境のコンサルって感じかな。どの部署にも属さずに一歩引いたところから見る」
「すごい部署なんですね……」
「社員の小さな不満を見つけて解決することで、働きやすさとか幸せに繋がる。それはめぐりめぐって、会社にとって一番よい方向に動いていく」
善さんはやっぱり熱い男らしい。
私は人生で一番幸せな時間を作ろうと思っていた。
だから、ブライダルプランナーを選んだ。今でもとても幸せな仕事だと思っている。
その道を目指すのをやめてしまったら、幸せを作る仕事は出来ないと思っていた。
でもその考えは安直だったのかもしれない。
――そのとき、突然店内の電気が消えた。
「え? なんでしょう」
「誰かの誕生日祝いじゃない?」
店内は薄暗い、を通り越して真っ暗だ。
厨房の電気も消えていて、とてもお祝いの雰囲気ではないと思う。
他のテーブルからも戸惑う声が聞こえてくる。
「やっぱりおかしくないですか」
小声で善さんに尋ねたとき、厨房からゆらゆらと光が見えた。
「すみません~。停電みたいで~」
店主が明かりを乗せて運んできた。トレイの上に小さなキャンドルをいくつかのせていて、ひとつを私たちのテーブルの上を置いてくれる。
オレンジ色の光がゆらりと私たちを照らす。
「なんだか素敵ですね」
これが善さんじゃなくて、好きな人だったらすごくムードがあると思う。
「失礼なこと考えてない?」
「考えてないですよ」
「――俺は、QCはこういう存在になれたらいいな、て思うんだよね」
「キャンドルってことですか?」
「そんなキザなことは言わない。人がたくさんいる場所、会社はトラブルが起きやすい。停電を起こしてしまった社員に寄り添って、電気が再開するまでの灯りでいたい。そして、前よりもいい状況にもっていきたいんだ」
「ふふ」
結局キザで、熱いことを言ってる善さんに笑いが漏れる。
「やっぱり失礼なこと考えてない?」
「むしろポジティブなことを考えていましたよ」
私を小さく睨む善さんの耳が赤い。
先日の中谷さんの言葉も思い出す。
私が作れる小さな幸せは意外とすぐそこにあるのかもしれない。
「な? マルにぴったりだろ、QCって」
「また心読んでます?」
「なんのことだよ」
「なんにも、です。それで犯人って誰なんですか?」
「まだ秘密。でも次の火曜日は志藤さんを誘って。おいしい一杯作ってあげるよ」
ビールを注ぎながら、善さんはさらりと言った。
「えっ、それって謎が解決するってことですか!?」
「うん。でもまだピースが足りないから、マルには頑張って働いてもらいましょう」
柔らかい光に照らされた善さんの顔は、悔しいけどかっこよかった。




