3
その夜、営業一課は私の歓迎会を開いてくれた。会社近くの創作和風居酒屋に二十名ほど集まり、賑やかな雰囲気のなか乾杯の音頭が聞こえる。
「かんぱーい」
私のグラスに何度もグラスが重なった。
テーブルは六人掛けで、私の隣には関さん、あとは男女それぞれ二人ずつ。監事が「同年代の方がは話しやすいだろうから」と適当に割り振ってくれた。出来れば中谷さんや沢田さんとも話したかったけれど、二人は別のテーブルに座っていた。沢田さんが中谷さんのジョッキに乾杯している姿が見える。
善さんから飲みすぎないように、と釘を刺されているので、アルコールのほとんど入っていなさそうなレモンサワーを飲む。
「丸岡さんは現場からきたんですよね。都内の式場ですか?」
男性社員が笑顔を向けてくれる。ROの式場は全国にもあるのでエリア勤務の人も多い。
「そうです。目黒にある式場です」
「なんでこっちにきたんですか? 現場と本社じゃ全然違うでしょ」
本社内での異動はあっても、勤務地が異なるブライダルの異動はほとんどない。私の先輩が一人本社に異動になったけれど、あの人は飛びぬけて成績がよかった。
「結婚式にすごく夢を持ってたんです。人生最高の一日を作れる幸せな職業だって。でも、商売なので……売上を追い求めるのが正直つらくて」
「あー確かに。結婚式って夢そのものだから、営業しづらいよなぁ」
「わかってもらえますか……! 私はもっと新郎新婦の気持ちに寄り添いたかったんです! おすすめの高額商品を売らなくても工夫次第で素敵な一日を作ることもできます。それなのにこのアイテムを使わないと、式のクオリティが下がりますよ、とかそういうことをしてまで単価を上げなくてはいけないのとか、新郎新婦一組一組にあまり時間が割けないとか……そのギャップが――」
そこまで喋って、同意してくれた男性社員が苦笑いを浮かべていることにきづいた。
「まぁ……丸岡さんは純粋ってことかな」
「そうそう、心がきれいなんだ。詐欺とか、許せないタイプでしょ」
「ちょっと、営業は詐欺じゃないから。でもこっちでも営業だっけ。こっちもけっこう売り上げ主義だけど、大丈夫?」
「でもほら、ブライダルだから理想が強くなっただけじゃない?」
「対企業だしなんとかなるか?」
前に座る三人が場の空気を変えるようにフォローをしてくれる。
しまった、またやってしまった。
ブライダル事業部の飲み会でもこんな風に語ってしまったことが何度もある。そのたびに「気持ちはわかるけれど」と前置きをつけて諭されていたのだった。
「あ、すみません。ちょっと熱くなっちゃって」
「丸岡ちゃん、けっこう熱血なんだ?」
「いやー若い。俺もその若さを見習いたい!」
「営業以外にもいろいろ仕事ありますよ。管理部とか――」
「えぇ~、私、丸岡さんにプランナーしてほしかったぁ」
女性社員の声を遮ったのは、私の隣にいる関さんだった。
「やっぱり結婚式って夢じゃないですかぁ。それくらい親身になってくれる人が担当だと嬉しいですよね」
上目遣いに男性社員を見る関さんの声は甘い。
「関ちゃん、結婚式に憧れあるんだ?」
「もちろんありますよ! 目黒ってことは『エステール』ですよね? あそこ、ステンドグラスがすっごく素敵なんですよねぇ、憧れちゃう」
「関ちゃん、ドレスなんでも似合いそう」
「どういうのが似合うと思います~?」
「なんでも似合うよ」
「なんだっけ、あの人魚みたいなシルエットのやつ」
「もしかして、マーメイドドレスですか? かわいいですよね、着た~い」
一気に話の中心が関さんに変わり、男性社員の表情が和らいでいく。
「すみません、私トイレ―」
「私もー」
女性二人が立ち上がり、席から離れていく。入れ替わりに他の男性社員がやってきて、空いた席に座る。確かチームの違う営業担当だ。
「丸岡さん歓迎するよ、かんぱーい」
「いらっしゃい、ECへ!」
どうやら私のことを歓迎してくれるらしい。優しい気持ちにありがたく、グラスを合わせる。
「よろしくお願いします!」
「ブライダルから来たんだよね、なんでも聞いてね」
二人は私に笑顔を向けるが、すぐに顔の向きを変えた。
「関ちゃんさ、スウォンのコスメ好きだったよね」
「すっごく好きです」
「スウォンの担当者がサンプルくれるって言ったんだけど、何が欲しい?」
「えー、本当ですかぁ。保湿クリームが好きなんでもらえたらうれしいです」
二人は身を乗り出して関さんに尋ねている。
「お前、職権乱用するなよ! 俺は三芳寝具から枕のサンプルもらえるけどどう?」
「ありがたいですけど、私枕変えるとまったく寝れないタイプなんですよぉ」
「いやいや、一回使ってみて。かなりいいよ」
「ホテルや旅館でも眠れないんです。まくらが変わると無理みたいで」
「関ちゃんが嫌がってるだろー」
……前言撤回。二人は私をダシにして、関さんとしゃべる機会を窺っていたらしい。
「お待たせしましたー。コース料理の竜田揚げです」
「あ、ここ置いといてください」
店員さんがテーブルの上に皿を並べていく。疎外感があるときは、店員さんの手伝いに徹するに限る……!
「飲み物頼みますけど、ビールの人いますかー?」
「こちらはおさげしてよろしいですか?」
お通しの皿に店員が手をかける。筑前煮のしいたけが残っているけれど、私はしいたけが苦手なのだ。
「はい、お願いします。ビールを三つお願いしてもいいですか?」
店員さんが去ってしまうと、途端に手持無沙汰になる。
「丸岡さんもスウォンのコスメ好き?」
関さんがにこやかに話しかけてくれるけれど、男性陣の目には邪魔するなと書いてある。
「好きです! でも、ちょっとトイレ行ってきますね!」
私は空気が読める女なので、席を立つことにした。
トイレの扉を開いた瞬間、会話が耳に飛び込んできた。
「男の話題は自分が中心って感じ」
「普通新人の話を取るかー? さすが男取る女は違う」
二人ははっとしてこちらを向くけれど、私だとわかると安堵した笑みを浮かべた。
「なんだ、丸岡さんか。びっくりした。さっきは災難だったね」
「いつもああだから、気にしないで。自分が主役になりたいタイプなの」
言葉を投げかけられて咀嚼する。
「……あ、関さんのことですか」
「あはは、他に誰がいるの。ほんと嫌だよね」
「いえ、私が場の空気を乱してしまったので、助けてもらえました」
二人は顔を見合わせると、口元だけ緩めた。
「丸岡さんってさ、ほんと純粋だよねー」
「汚い世界とか見たことないってかんじ?」
「きれいごともお世辞も信じちゃうタイプでしょー」
二人は笑いながら、トイレを出て行った。
場の空気を変えてくれて助かったんだけどな……。
それに関さんが中心になるのは、男性社員の問題だと思う。
同時に善さんの顔が思い浮かんだ。初めて善さんに会った夜。私はきっと泣きながら今日みたいな話をずっとしていたんだと思う。
善さんはそれに付き合ってくれて、なにひとつ馬鹿にしなかったな。
自分の席に戻ろうとしたけれど、私の席は既に他の男性社員が座っていて関さんに熱心に話しかけている。
これは……関さんも大変だな。
「丸岡さん」
声がした方向を見ると、中谷さんが手招きしてくれている。ありがたく私は中谷さんのテーブルにお邪魔することにした。
「あ~まるおかしゃーん、かんぱいしましょ~」
中谷さんの隣に座る沢田さんはすっかりできあがっている。
「沢田さん、大丈夫ですか?」
「サワはいっつもこれなんだよなぁ」
他の社員が笑うと、沢田さんは膨れ面になる。
「いっつもってなんですかぁ」
「中谷が世話するのも大変なんだよ。サワはいっつも中谷にべったりだし」
「失礼なー。最近は親離れしてますよ」
一日を過ごしてわかったけれど、沢田さんは中谷さんに懐いている、という表現がよく似合う。何かあるたびに中谷さんの席にきては話しかけていた。
周りからの認識も同じようで、恋愛感情かはわからないけど慕っているのは間違いなさそうだ。私も新卒のときはそうだった。優しい先輩のあとをついて歩いていた。
「あの……沢田さんって誰かから嫌がらせとかされてます?」
小声で沢田さんに訊ねると、怪訝な表情を返される。
「え、嫌がらせ? なんで? されてそうですか?」
「い、いや。そういうわけじゃないんです、すみません」
余計なことを言ってしまったと焦るけれど、酔っ払っている沢田さんは全く気にしていないようで笑いながらビールを飲んでいる。セ、セーフ……。
もし関さんが彼女なのだとしたら、志藤さんよりも沢田さんが気にならないのかな。でも沢田さんは嫌がらせをされていないのか。
「サワはそんなんだから、彼氏ができないんだよなー」
「失礼なー。そりゃずっといませんけどー」
「てか、中谷さんってマーケの志藤さんと別れちゃったんですか⁉」
男性社員が思わぬナイスアシストをしてくれた。
「もう半年も前の話ですよ」
「えーっ、もったいない。あの人めちゃめちゃ美人ですよね。仕事もできるし……なんで別れちゃったんですか⁉」
「中谷とは釣り合わなかったよな」
はははと笑うのは中谷さんの同期だという制作部の人。
「本当にもったいない! 今後、志藤さん以上の人と付き合えるわけがないですよ!」
「付き合うとか、そういうのセクハラですからねえ!」
沢田さんが制作部の人に文句を言うけれど……これはもしかして中谷さんのことを庇ったのかな。
「丸岡さんの歓迎会なのにすみません。悪い奴らじゃないんですよ」
中谷さんはハイボールを飲みながら、ほほ笑んでくれる。
「営業って楽しいですか?」
任務には関係ないけど、中谷さんに少し聞いてみたかった。
今は流れで善さんの部署にいるけど、私が本当にROでどこかに配属するならきっと営業担当になるのだと思う。
「僕は好きですよ。丸岡さんは営業を希望しているわけではないんですか?」
「それが……わからなくて。私は営業というより、ブライダルがやりたかったので。入社するときは「幸せを作るんだ!」って夢いっぱいだったんですけど、最近これが本当に幸せを作っているのかわからなくなってしまって……」
中谷さんの優しい瞳に見つめられると、アルコールも手伝って少し気持ちがゆるんで言葉を続ける。
「なんだか今は身体の中がぽっかり空いてるというか……すみません、わからなくて」
「やりたいことが最初から最後まで同じ人なんていないと思いますよ。やりたいこととも、得意なことも」
「中谷さんは営業やりたいんですか」
「僕は好きだけど、向いてるとは思いません。成績がいいわけでもないし……」
中谷さんは笑うけど、自嘲を含んでいない爽やかさがあった。
「周りには向いてないと言われても、僕は担当している企業が喜んでいる姿をみるのが好きなんですよ。大きな目標じゃなくても、それだけで嬉しいです」
「私もそう思えますかね」
「幸せの形はたくさんあるし、手に届く範囲で出来ることもあると思いますよ。それは特別なことじゃなくても」
「そう、ですよね」
中谷さんは頬をかいてから、少し頭をさげる。
「すみません、えらそうなことを」
「いえ、ありがとうございます。私は少し目標が大きすぎたのかもしれません」
中谷さんの包み込むような優しさがあたたかかった。そして同時に中谷さんに惹かれるひとが多いのもわかる。
「そろそろお開きにしますかー!」
課長の声で皆帰りの支度を始めたところで、男性社員に話しかけられた。
「丸岡さんってどこに住んでたっけ?」
「私は目黒です」
「じゃあ無理か。サワが潰れちゃってさ」
「サワは荻窪なんだよね」
男性社員が差す方にはテーブルに突っ伏している沢田さんがいた。
「僕が送っていきますよ。中野だから方面が同じなんだ」
中谷さんがやってきて、沢田さんをひっぱりあげる。
「立てますか?」
「あー、なかたにしゃんだ〜」
自然な流れで二人で帰る、というのは付き合っている男女なのかもしれない。
「関ちゃんは小岩だよね。同じ方面だから送っていくよ」
中谷さんの真似をして、関さんを送って行こうとした男性社員がいたけれど、関さんは沢田さん騒ぎのうちに姿を消していた。
男のあしらい方がうまい……っ!




