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「はじめまして。今日からお世話になる丸岡幸です。研修といった形で各部署を回っています。ここでは二週間お世話になります」
頭を下げると、二十名ほどに拍手で迎え入れられた。
翌週の月曜日。私は本当にEC事業部・営業部一課に二週間配属されることになった!
「僕についてもらうことになったからよろしくお願いします」
打ち合わせスペースで、柔和な笑みを返してくれるのは中谷さん。
善さん、人事にコネがあるって言っていたけど……。実際に研修指導担当として中谷さんとペアにされると驚いてしまう。
私の配属だってすぐに手を回していたし、何者なんだ……?
今回は、所属部署を決めるために各部署を何週か経験するという設定だ。実際ROの新人社員は各部署の研修を経て所属部署が決定される。関東支部で本社勤め経験のない私は、疑われることはない。
「式場で働かれていた方は本社もほとんど使ったことがないんですよね。午前はいろんなところをまわりながら説明します」
えくぼをへこませて中谷さんは笑った。
色白で少しふくよかでほんわかした雰囲気の男性だ。柔らかい髪の毛はセットしておらず、バリバリの営業マン!という印象はない。むしろマイナスイオンが出ているような癒しのオーラがあって安心する。
中谷優吾。二十九歳。営業担当。善さんが事前に調べた情報を頭の中に浮かべる。
まわりの評価は「とにかく優しい人」。
彼が怒っているところは見たことがなく、控えめで穏やか。営業成績は普通で、同期が役職につき始めているなか今のところ予定はない。まじめが取り柄というのが社内評価。
志藤さんと付き合っていることは有名だったそうで「美女と野獣ペア」と言われていたそうだ。野獣という感じでもないと思うけど……それでも別れたときはちょっとした噂になったそうで、志藤さんを誘う男性社員が続出したとか。
そういえばなんで二人は別れたんだろう?
「丸岡さんはCENOTEを使ったことあります?」
中谷さんは、サイトを見せながら説明してくれる。
「はい、ヘビーユーザーです!」
「うれしいな。それなら説明もしやすいです」
EC事業部はいくつかの通販サイトを運営していて、営業一課が担当しているのは「CENOTE」というファッション通販サイト。
「この二週間は僕がやってる業務を手伝ってもらう形になります。営業担当は新規ブランド獲得と掲載しているブランドに掲載料をアップしてもらう二つの軸があって、僕たちは掲載料アップのチームです」
「ふむふむ」
私が真面目にメモを取っていると、
「あっ、新人さんですかー!」
明るい声が聞こえて振り向くと、外出先から帰ってきたらしい若い社員がこちらに駆けてきたところだった。
「彼女は沢田亜里香さん。同じ営業メンバーだよ」
「おはようございますー! すみません。今日直行したんで、朝の定例出れなかったんです。沢田です、よろしくお願いします。私より新人さん初めてだから嬉しいーっ」
人懐っこい笑顔を浮かべた彼女は、今カノ候補の一人である。
パーマをかけた髪の毛をゆるめにまとめていて、大ぶりのピアスが似合う。アパレル業界で働いているのがぴったりな印象だ。
沢田亜里香。二十三歳。今年新卒で入社し、夏頃から中谷さんがペアを組んで面倒を見ている。まだまだ発展途上だが、誰とでもうまくやれ営業成績もまずまずということで期待されている新人社員だ。同期とも仲がよく、陰湿なところからは遠い。というのが社内の人間の印象らしい。
「丸岡幸といいます、よろしくお願いします」
「何歳ですかっ?」
「二十五歳です」
「わー、年も近い、やったー!」
人の懐に簡単に飛び込んでいける、人懐っこい笑みを向けられる。
「というわけで新人が入ったので、沢田さんもしっかり独り立ちしてくださいね」
「えーっ、そんな! 私はいつまでも中谷チルドレンなんですよ!」
「今日だって一人で行けたじゃないですか」
「それはそうですけどっ!」
頬を膨らまして沢田さんは中谷さんの肩を叩く。
二人の仲はよさそうだ。これが男女の関係かはわかんないけど……。
まったく自慢にならないけど、私は人の細かな感情に敏感な方ではない。
スーツの胸ポケットに挿しているボールペン型マイクに思わず触れてしまう。こちらの声はこれで善さんにも共有されているけど、不安しかない。
「中谷さん、すみませーん。パレットクローゼットさんからお電話です」
「はい、ありがとうございます、出ます」
前の席から声をかけた女性社員が、もう一人の候補。
関結那・二十六歳。
ゆるやかにウェーブしたセミロングヘア、ベージュでまとめたオフィスカジュアル。鼻にかかった甘い声に合う可愛らしい顔立ち。ナチュラルだけど華やかな印象がある。
彼女は一年前に中途入社した営業事務。中谷さんのチームの事務担当なので、もちろん中谷さんと関わりも多い。
仕事の評価は特筆することはないけれど、それ以外は正直悪評が多い。
社内の彼氏を取られたとか、専務と不倫をしているとか、男性社員としかランチをしないとか。……ようするにモテるってことかな?
私が男性でもつい目で追ってしまうような透明感がある。
「すみません、お待たせしました」
電話を終えた中谷さんが戻ってきたので、あわてて笑顔を作った。
女には直感というやつがある――はず……だった。
二人を見たら彼女はわかる!と思っていたのだけど、全然! わからない!
あれだけ仕事ができそうな志藤さんでも二人から絞れないのだから。
善さんは潜入向きだと言ってくれたけど、私が突き止められるのだろうか?
不安しかないまま、営業一課での潜入が始まったのだった。




