タイトル未定2026/02/25 15:28
ハクビシン
兄妹
ハルンとクルンは仲の良いハクビシンの兄妹だ。木の香りが漂う、薄暗い、でも暖かい家に棲んでいた。二人はまだ小さくて、この家の中で走り回ったり、暖かい光の下でのんびり昼寝をしたりする毎日で、まだ家の外に出た事はなかった。この日も母さんが食べ物を探しに出かけた後、二人で駆けっこをして遊んでいた。すると、
ギシ、ギシ、ギシ
聞いたことのない音が聞こえた。
ギシ、ギシ‥‥
音がだんだん大きくなってきた。
ハルンは言った。
「何だろね」
キルンは言った。
「何だろね」
次の瞬間、二人は凍りついた。大きな生き物が入ってきたのだ。母さんが話してくれた人間というやつかもしれないと二人は思った。目を見合わせて、二人してそいつの方をゆっくりと見た。
「このまま隠れてじっとしていよう」
ハルンは言った。
「そうしよう」
クルンは言った。
その大きなやつは、周りを見回して、あの暖かな光の差す方へ向かい、何やらゴソゴソやっていた。暫くすると今度は、
ガンガンガン、ガンガンガン
グギギギ、ガンガン
と、大きな音を立て始めた。
「何だろね」
ハルンは言った。
「何だろね」
クルンは言った。
また暫くすると、その大きなやつは帰って行った。
二人はホッとして、そいつがいた方に行ってみた。すると、家の出入り口が塞がれていた。母さんなら何とかして入ってこれるかな。どうかな。二人には分からなかった。二人とも寂しくて、怖くて、母さんが早く帰ってくるといいなと思った。
でも、いつもならとうに帰ってくるはずなのに、辺りが薄明るくなっても帰ってこない。
「帰ってこないね」
ハルンは言った。
「帰ってこないね」
クルンは言った。
「クルン」
「え?」
「兄さんは、母さんを探しに行ってくるよ。クルンはここで待っていてね。きっと探して戻ってくるから」
「きっとだよ」
ハルンは、家の隅っこに、深い穴があって、そこから家の外に出られることを知っていた。遊んでいるうちにそこへ落ちないようにと、母さんから教わっていたのだ。
「えー。ここから行くの?」
「ここしか外に出られないからね。じゃあクルン、行ってくるよ」
ザザザザ、ザーー
ハルンは落ちて行った。クルンはとても寂しくなった。不安になった。お腹が空いた。
とってもとっても待った。でも、母さんも兄さんも帰ってこなかった。とても寒くなった。クルンは暖かい光の差すあのお気に入りの場所に行って、じっとしていた。みんなの匂いは薄らいでいて、何やら強い匂いが立ち込めていたが、それでも暖かいので、うとうと、うとうと、気持ち良く寝入った。
少し外が明るくなってきた頃、クルンは目を覚ました。
「お兄ちゃん!‥‥」
誰もいなかった。クルンは寂しくて、お腹ぺこぺこで、とても悲しかった。しかし、こうしていてもお腹は空いたままだし、こうなったらあの穴に飛び込んでみようと思った。
ザザザザ、ザーー
クルンはとても柔らかいものに何回かぶつかりながら落ちていって、何やら冷たい硬いものの上にドスンと落ちた。どうやら外に出られたようだ。でも、とても寒いし、みんなの匂いもしないし、あのままあの暖かいところでずっと待っていた方が良かったのだろうかと思った。
「お母さーん、お兄ちゃーん」
クルンは、何度も何度も、みんなのことを呼んだ。でも、誰の声も帰ってこない。
ジャリ、ジャリ
大きな音が近づいてきた。大きな生き物がやってきて、クルンを覗き込んだ。
「お母さーん、お兄ちゃーん」
クルンはありったけの声で叫んだ。
その大きなやつは、少しの間クルンを見ていたが、どこかへ行ってしまった。餌をくれたら良かったのにと、後から思った。お腹がぺこぺこで、寒くて、もう、動けなかった。もう、大きな声も出せなかった。ただただ、みんなに会いたい、そう思い、声を振り絞った。
「お母さ‥‥」
真っ暗になった。
異変
アキラとミイは郊外の一軒家に住んでいた。築40年の木造平家だが、キッチンは、数年前ミイのお気に入りの仕様にリフォームしてあった。ミイはキッチンを大切にしていて、毎日、使うたびに綺麗に磨き上げていたので、今でも新築のように綺麗だった。
ある日のことだ。
「なんか、あのダウンライト、天井との間にあんな隙間あったっけ?」
「なかったよね。アキラ、後で直してね」
「うん。でも、今日は疲れちゃってるから、そのうちね」
と言ってから暫く経った夕方のことだ。
バシャバシャ
「あー」
ダウンライトの隙間から、何かこぼれ落ちてきた。
「臭い臭い!なんてこと!」
誰がどう見ても、動物の尿だ。ミイは狂ったように掃除を始めた。二人で掃除を終える頃には何とか冷静さを取り戻し、駆除業者を呼んだ。
業者はすぐ来てくれた。
「ハクビシンですね。民家の天井裏に棲み着くことが多いんですよ。暖かいので。ダウンライトの周りとか、掃除して消毒してきました。それと、ハクビシンの姿は見えなかったので、とりあえず出入口になりそうな所を塞いでおきました。それと、庭に箱罠を設置しておきますね」
早い対応のおかげで、その日のうちに何とかいつもの生活に戻ることができた。
次の日の朝、4時頃だっただろうか。
タタタタタタ
ザザザザ、ザーー
小さな動物が走り回って、壁の内側をつたって落ちていったような音がした。
「なんか落ちたよね」
アキラは言った。
「落ちたよね。ハクビシンの出入口は塞いだと言ってたけれど、まだいたのかな」
ミイは言った。
「ちっちゃいのが、いたんかもね。壁の隙間から落ちたんかもね。壁の中には断熱材剤が入ってるけれど‥‥、まあ、落ちることはできてもても、上がれやしないかな。希望的観測でしかないけどね」
アキラは言った。
その日の朝、ハクビシンの成体1頭が箱罠に掛かっていた。念のためもう二、三日箱罠を設置しておくとのことだったが、その日はもう何も起こらなかった。
次の日の早朝だった。
タタタタタタ
ザザザザ、ザーー
昨日と同じ様な音がした。
「まだいたのか」
アキラは言った。
少しすると、
ピー、ピー、ピー
今度は、高音て長い、けたたましい鳴き声が表から聞こえてきた。「うるさいなあ」
アキラはさっき落ちて行ったやつに違いないと思い、鳴き声のする方へ行ってみた。家の裏の敷砂利の上に、体長5cm位で黒い、丸っこい哺乳類がいた。ハクビシンの幼体に違いないと思った。何ともやかましい。でもまあ、駆除業者が今日も来てくれると言っていたし、勝手に補殺したら違法だというのだから仕方がない。放っておくか。
アキラは寝床に戻った。あれは昨日、同じように落ちて行った奴の兄弟なのだろうか。家族がバラバラになっちまったってことか。不憫にも思えた。
いや、違う違う。ミイを半狂乱に陥れた憎き害獣なのだ。駆除されて当然なのだ。そう、あれこれ思いを巡らせているうちに鳴き声が止んだ。また眠りについた。




