守るために
その頃。
リビングのテーブルの上、充電器につながれたままのスマホが一つ。
風呂から上がった千沙は髪を拭きながら「漫画読んでていいわよ」と声をかけ、寝室へと引っ込んでいった。
残されたスマホを手に取った中学2年生になる愛生は、何気なく画面を開いた。
その瞬間――視界に飛び込んだ文字。
『久しぶり。元気にしてるか? もし時間あれば、昔話でも』
差出人の名前を見て、愛生は息を呑んだ。
―――光浩
(……母さんが言ってた。昔、浮気されて泣いたって。その相手……こいつか)
胸の奥が一気に熱くなる。
「ふざけんな」
声に出たのは怒りだった。
母はもう別の人生を歩んでいる。父に愛され、家庭を築き、自分が生まれた。
そんな今さらの“昔話”に、何の意味がある。
母にまた悲しい思いをさせるくらいなら――
指が迷わず走った。
『ばーか。クソが。くたばれ!』
さらに追撃。
『浮気する男とか、マジ無理だから』
送信ボタンを押す。
愛生の胸はドクドクと脈打っていた。
画面を伏せ、ソファに身を投げ出す。
「……止めてやった。母さんを守ったのはわたしだ」
悪戯っぽく口の端を上げながら、愛生は心の中で付け加えた。
(感謝しろよ、親父)